# 07

ビールも飲み終わり、冷蔵庫にあったペットボトルの中身もなくなったところではトイレに立った。

そろそろ寝ないとな、と鏡に映る自分を確認する。いつもはメイクを確認するための行為だが、今日はまじまじと自分の目元を見て、そして首を傾げた。見たところで彼の友人の顔がわからなければ比べようもない。

「あれ、」

トイレから出ると青月さんが腕枕をして横になっている。顔を覗き込めば瞼が閉じられていて呼吸も静かだった。

「あの、青月さん…?」

さっきまで愛車の部品の希少価値な話を楽しげに話していたはずなのに、寝る気配なんてこれっぽっちもなかったはずなのにこれはどういうことだろう。
というか、寝るなら帰ってほしいというかここじゃ身体が痛いだろう。

起こそうと肩に手を宛て揺すってみたが目を開ける気配すら感じない。お酒なんて当に抜けた、みたいなことをいっていたけど思ったよりも酔っていたのだろうか?
答えは謎のままだが揺すっても起きない青月さんには溜息を吐くとちゃぶ台を退け、空き缶やらゴミを片付けると毛布を彼にかけてあげた。

睫毛長いなぁ。なんて整った顔をまじまじと眺めながら肩まで毛布をかけると電気を消し、彼の足を蹴らない部屋の隅で布団をかぶり瞼を閉じた。


しかし、身動きは殆どしないとはいえ、近くに他人がいると思うと何となく神経が研ぎ澄まされ眠気が遠のいていく。
身体は疲れているのだけど、やっぱり気になるなぁ、と眉を寄せ秒針の音を聞いていればどのくらいか経ったところで青月さんが身じろいだのがわかった。

トイレかな?と思いつつ寝たふりをしていると少し間を空けてこっちに近寄る音が聞こえた。え?と思っていると肩の辺りが温かくなり少し揺すられる。
何かあったのかな?と目を開けようとしたがなんとなく目を開けてはいけない気がして黙っていると肩にあった温かみも消えた。

そして静かな足音が玄関に向かいドアが開く。ドアが閉まったところで身を起こせば毛布が乱雑に置かれていて青月さんの姿はなかった。


やはりセクハラ以外にも何か意図があってに話しかけてきたみたいだ。残念ながら自分に新一や優作さんのように謎を解明する能力はない。しかし優作さんの本や推理関係の本を読んでいたのも手伝って変な勘繰りだけは上手くなったと思う。

入りたてのが持っている情報はたかが知れているけど工場に入る鍵の場所や事務所の席順も流れで教えてしまっている。知ったところでセンサーがあるので外部の人間は入れないが青月さんが興味ありそう、というのはなんとなくわかってしまった。
だからといって彼の目的まではわからないし、もしかしたら帰っただけかもしれない。

単純に工場というものに興味があってどういうものか聞きたかっただけかもしれないからこれ以上は掘り下げず、寝てしまおう、と思い目を閉じた。



*



差し込む日差しと温かい匂いに意識が浮上し、そういえば鍵を閉め忘れたなと思い出す。青月さんが帰ったとしたら鍵は開きっぱなしだ。
盗られるものはないけど、さすがに危機感を感じてパッと目を開けるとキッチンの方から小気味よい音が聞こえがばりと起き上がった。

「ああ。おはようございます」
「え、あ、はぁ……え?」

が起きた目と鼻の先にキッチンがあるのだがそこに立っていたのは夜中帰ったはずの青月さんが調理をしていた。
お借りしてます、と不思議そうに見てくるを見てそう返してきた青月さんだったが、彼の行動をまだ理解できていない私は混乱したままぼんやり見上げていた。


「あれ?確か、帰りませんでしたっけ…?」
「ええ?何いってるんですか。帰ってませんよ。ああ、少し買い物に出掛けましたが…目玉焼きとスクランブルエッグどっちがいいですか?」

確かが寝ているか確認して部屋を出たはず…と口に出すと青月さんは笑って否定した。いや、外に出たのは否定してないか。時間が違うだけで。
もしかして夢でも見て勘違いしたんだろうか?と考えていると目の前のちゃぶ台にカップが置かれ仰ぎ見た。


「先にコーヒーをどうぞ」

眠気冷ましに、と微笑む青月さんに礼をいってカップを両手で包めば香しい匂いが鼻を擽った。

「いい匂い…」
「朝食ももう少しでできるのでそれ飲んで待っててください」

ポツリと零した声が聞こえたのか青月さんは笑みを深めると手際よくかき混ぜた卵をフライパンの上に流し込んだ。
ジュワッと弾く音が聞こえ慣れた手つきでフライパンと菜箸を操る青月さん。絵になるなぁ、なんて感心しながらコーヒーを飲むと少し熱くて舌先を火傷した。

その後出来上がった朝食がまるで喫茶店かホテルのような完璧さで出てきたのでそこでも驚く。口に入れたスクランブルエッグがこれまた美味しくてポーカーフェイスが仕事を放棄し頬がこれでもかと緩んだ。


「美味しいですか?」
「はい。とっても」

あんな簡易キッチンでこんな美味しいものを作れてしまうなんて凄いです、と目をキラキラさせて青月さんを見ると、コーヒーを飲んでいたカップを下ろし「喜んでもらえてよかった」と微笑んだ。

その笑顔がこれまた朝日に負けないくらい輝いていて、そしてとても嬉しそうだった。