# 09

『1ヶ月経ったら母…おばさん達も旅行から帰ってくるんだから、残りは大人しくしててよ』

インターン気分で働きに出たのだと思われてそうな口ぶりで義弟に言い含められたは、いう通り大人しく工藤邸に住まうことにした。
沖矢にも『ここはあなたの実家でもあるんですから』と薦められ逃げ場がなかったというのもある。

「めぼしい情報はない、か」

自室で新聞とネットのニュースを広げて調べてみたが工場の話はほとんど出てこなかった。公には横領が見つかった、とのことだったがそれにしたって説明がなさすぎる。

代わりに小栗は小さい記事の中で強制わいせつで逮捕されていた。私以外にもやってたのか小栗、とつっこみつつ、試しにも工場閉鎖の理由を問い合わせてみたが工場関係者が出ることはなかった。
そして次にかけた時には不通になり情報源がニュースだけになってしまっている。


「うーん、」
「おや、まだその事件を追っているんですか?」

アメリカで巻き込まれた時は優作さんや何度も顔を合わせる内に仲良くなった刑事に話を聞けていたからここまで悶々せずにすんだんだけどな、とパソコンの液晶を眺めていると後ろから声が聞こえビクっと肩が揺れた。

振り返ればエプロン姿の沖矢がいて目を見張る。何故エプロン?と思ったが時間を見れば夕食の時間だった。

「僕が調べたことでよければお話ししますが」
「え、調べたんですか?」

またもや驚けば、その手の端くれなもので、と微笑んだ。
「丁度夕食も出来ましたし一緒に食べませんか?」と誘われ、断る理由もなかったは同席するべく1階に降りたがテーブルに広げられた夕食は思った以上に豪勢だった。


「…沖矢さんはいつもこんなに食べるんですか?」
「そういうわけではないんですが、量が多いと何かと役に立つので」

後日、作り過ぎたと隣の阿笠博士宅に乗り込む口実に使っているのだと知るのだが、食べるの好きな人なのかと勝手に解釈したは席に座りパンと飲み物だけ手に取った。

「食欲がないんですか?」
「ああいえ、さっき少し食べたので」

少し前に携帯補給食であるゼリーを口にしたので今はそれほどお腹が減っていないと返したら、眉をひそめた沖矢が「ここ数日姿を見ていなかったんですがずっとこもっていたんですか?」と聞いてきたのでコンビニには行ったと報告した。


「日本のコンビニって凄いですね。なんでも揃ってるし、ゴミ箱も綺麗だし」
「…それで、食事の時間になっても降りてこなかったんですね…」

道理で、と溜息を吐く沖矢に首を傾げれば「カーテンはいつ開けましたか?」と問われ、また首を傾げた。

「こっちに来た夜に閉めてから開けてないですよ」
「……」
「あれ。それはそれで変ですか?」

もしかして逆に変だったのかな?と彼を見返せば言い難そうに眉尻を下げた。

「前にも言いましたが、ここはあなたの家なんですから。僕に合わせて隠れなくていいんですよ」
「そういわれても…ここに住んだことありませんし」
「住んだことがなくても『工藤』と名乗れるあなたはこの家の居住者です。居候の僕に気兼ねしなくていい。靴も玄関に置いてください。あなたは悪いことをしてるわけではないんですから」


何故自分がへりくだって懐柔しなくちゃならないんだ。そう思った沖矢はのほほんと殆ど表情の変わらないを見やり吐き出しそうになった溜息をすんでで飲み込んだ。

「軟禁したいわけではないので、もっと自由に過ごしてください」

この無表情の娘と口裏を合わせ、別れたその夜に早速有希子さんから義理の娘について聞かれたが、今思えばフラグでしかなかった。

特に問題ないと伝えたにもかかわらず、有希子さんには『定期的に構ってあげてね』なんて言われどこぞのペットみたいだな、と思ったがそういうことか…と今になって合点がいった。
持っているパンすらどういった感情で食べているのかわからない娘を見ていると手がかからない分放置は死、を予感させた。

放って置いても生きていると思うが人身売買で拉致された経験と記憶の欠落、表情の幅のなさは生命力の薄さを感じる。
ただの他人ならばどうなろうと気にもしないが、恩人である『工藤』の娘である彼女に不便や野垂れ死にさせては立つ瀬がない。


「とりあえず、食事や掃除は僕がやりますから決まった時間に一緒に食べましょう」
「え、はい。あ、でも、食事なら私もできますよ……凝ったのは無理ですけど」

沖矢が作ったスープを無言で差し出し、受け取るしかなかったは黙々と口をつけていたが食事も掃除も当番制で構わないと申し出た。協力するつもりがあることに沖矢は少し驚いたがおくびにも出さず頷いた。

打ち解けるつもりはないがある程度共同生活者らしく情報を共有する必要はあるだろう、そう思い沖矢はもう一度頷き自分も食事に手を付けた。