# 10

「え、パーツ売買ですか?」
食事を終えた後コーヒーを飲みながら沖矢が持っている情報を教えてくれた。

どうやら自分がいた会社は裏で高級車のパーツを抜き取り外部に高値で売っていたらしい。普通に考えたら気づかれそうな気もするがランクを下げても気づかれない客のみ狙っているのだという。

確かに工場内に並んでいた車はどれも値が張るものばかりだった気がする。
そこでふと青月さんの顔が浮かんだがあの人は大丈夫そうかな、と思った。見張るように仕事を観察していたからなあの人。こっちとしては気が気でないというか、作業の邪魔だったけど。


「それから、そのパーツを海外の裏社会にも流していたそうです」
「ああ…それは…」
「それで"公安"辺りが犯人を確定後即捕獲解体させた、というところでしょうか」

マグカップを持ち上げた沖矢は一口飲み「さん達平社員は何も知らずに加担していた、ないし無関係だと踏んだのでしょう」と解雇された理由をそう締めくくった。

「無関係でも加担してたら何かしらの罪に問われそうですけど…後から何かいわれませんかね」
「新たな情報が出れば取り調べもあるでしょうが、バイヤーの一斉検挙が目的ならば知らずに加担していた社員よりも横流しをしていたブローカーと取引先を押さえた方が利点があると判断したのでしょう。それに、あそこの取引先の中にはかなり危ない組織も関わているようですし」
「危ない組織…」

これは推測ですが、と肩を竦めた沖矢はコーヒーを飲み話をきった。も同じようにマグカップを持ち上げ中身を見つめる。
揺れる液体と鼻を擽る温かな匂いにぼんやり考えたが思ったよりもヤバいところに就職してたんだな、ということしか浮かばなかった。


「結果として逮捕されずに済んで安心しましたが、事前に不審な点は見つからなかったんですか?」
「……私が調べた程度でわかるような綻びなら最初から就職しませんよ」

さも当然に聞かれたがは耳が痛い、という顔で返した。これでも安全かどうかくらいのことは調べたのだ。サイトを見る限り安全そうだったし資産も噂話もまともだった。全部ロスにいた時に調べたことだけど。

「即採用が不味かったのかな…」
「……まあ、いい機会ですからこの家でゆっくりしてください。家事手伝いとはいえ、ずっと両親のサポートをしてきたのでしょう?」
「はい。でも、なければないで暇なんですよね…」
「書斎の本を読んでみてはいかがですか?本のラインナップはさることながら書斎の作りもなかなかですよ」

苦笑する沖矢には肩を竦めると「そうします」と力なく返した。特に出掛けることも行きたい場所もないのだし優作さんのコレクションでも読み漁るか、と時計を確認すると端末が震えた。

「どうかしましたか?」
「ああいえ、」

『非通知』という文字に眉をひそめたが沖矢が声をかけてきたので席を立った。ダイニングキッチンを出てそのまま自室へ戻りつつ応対すると電話の向こうでホッと息を吐く音が聞こえた。


君か?』
「…青月さんですか?」

驚き思わず携帯の液晶を見てしまったが相手は了承と一緒に『良かった。繋がった』と安堵の声が聞こえる。

「どうして?というか、電話番号って…」
『すまない。キミのことが心配で"伝"を使って番号を教えてもらったんだ』
「は、はぁ…」
『…声が少し違うように聞こえるけど、風邪でもひいたのかい?』

思ってもみない人物に驚き過ぎて声を変えるのを忘れていたは慌てて「そ、そんな感じです。ゴホゴホ」と三文芝居をしてしまった。恥ずかしい。

元々声がハスキー寄りだったので意識して低くすれば、男性にしては少し高めの声としてそこそこ通用した。有希子さんにもOKをもらってるから少し自信にもなっている。ただ変声機みたいに完璧に変えられないからこういう時不便なのだけど。

正直青月さんや工場の人達と元の姿で会う予定はこれっぽっちもなかったからうっかりとしかいいようがない。しまったな、と内心舌打ちしつつ取り繕いように「寝てたんで」と付け加え声色を変えた。


『工場があんなことになっただろう?あの後キミの家に行ったけど引き払った後だったからちゃんと食べているか心配になってね』
「ああはい。何とか大丈夫です」

そういえば家飲みした時にもう少し筋肉をつけた方がいいとか食事がどうのとか心配されたなと思い出す。結構面倒見がいい人なのだろうか。

数えるくらいしか顔を合わせてないのに気に入られたのだろうか?と思うくらい親身になってくれる彼にはかしこまって今は実家にいて落ち着いたらまた就職活動をする旨を伝えた。全て未定の話だけど。


『そうか。実家なら問題ないな…ああ、僕の電話番号はまだ手元にあるかい?』
「はい。持ってます」
『なら後で登録しておいてくれ。次はそっちでかける』
「は、はい…」
『特にないだろうけど、何かあったら電話してほしい。時間は気にしなくていいから』

話せてよかった、と微笑む顔が目に浮かぶくらいホッとした声にぶわりと肌が粟立つ。心なしか心臓もドキリと跳ねた。
何だろう。なんか、とても、ドキドキしている。青月さんは心配してくれただけなのに。

胸に手を宛て深呼吸をしたはどもりながらも礼を述べ通話を切った。ただの小さな機械になった後もはしばらく端末を見つめていたが、ふと視線を感じ振り返る。
視線はダイニングキッチンの方からだったがドアは少し開いていたものの、沖矢の姿はなかった。