# 13

ピンポンと呼び鈴が鳴ったので丁度1階にいたがドアを開けるとそこにいたのは小さなお客さんだった。

「こんにちは灰原さん」
「こんにちは。鍋を返しにきたわ」

こちらを探るような視線と冷たい対応は相変わらずだ。話しかけてくれる分だけまだマシかもしれない。
差し出された空の鍋を受け取り『ああ、沖矢さんが押し付けた鍋か』と思った。そしてそのまま帰ろうとする哀を引き留めたは急いで部屋に戻り玄関へと走る。

「はいこれ」

目線を合わせるようにしゃがみこみ小さな彼女に袋を手渡した。


「散歩した時に見かけたお店のクッキーと紅茶なんだけどよければ食べて。食物繊維多めでダイエットにも効果あるみたいだから」
「…何でそれを私に?」
「あー、あなたにっていうか、博士に、かな」
「……」
「毎回作り過ぎたっていって大量にそっちに持って行ってるじゃない?順調に博士のことを肥えさせてるみたいで…ちょっと心配になって」
「そう思うなら自分達で食べてほしいんだけど」
「うん。でも沖矢さん大量に作るのが癖みたいで」

ごめんね、と謝れば哀は心底呆れた顔で溜息を吐くと「一応貰っておくわ」と袋を受け取ってくれた。大分修正したとはいえ濃い味を難なく食べていた博士だ。恐らく肉も油も大好きだろう。

コナンのこともあるし阿笠博士にはできうる限りいつまでも健康体でいてほしい。もしかしたら持たせたクッキー達は帰って捨てられるかもしれないが協力は惜しまない、という態度を見せるのは必要だろう。
そう思いあまり動かない表情筋を駆使して笑みを浮かべて彼女を見送った。


「そんなに僕の作った料理は阿笠博士に悪影響なのでしょうか…」
「わっ!」

ドアを閉め振り返ればまたもや鍋を持っている沖矢がいて思わず声が漏れ出た。また持って行く気だったのかこの人。
少ししょんぼりしてるようにも見えなくない顔にはなんとなく罪悪感を抱き「美味しく食べてると思いますよ」ととってつけた言葉を吐いた。

「味も大分まろやかになりましたし」
さんの舌を唸らせるにはもう少し時間がかかりそうですね」


そもそも他人の為に作っているというが驚きだったが自分も食べれるように味付けを変えてくれているのは確かなので「沖矢さんの料理美味しいですよ」とこれまた身も蓋もないフォローを入れてしまった。

その晩、小食だというのに作り過ぎた誰かさんのおかずを無理して食べてお腹を痛めたのはまた別の話。



*



コソコソと何かしているのは知っていた。けれども彼が自室にしたのは1階で自分は2階。書斎に行く時に通るがしっかり鍵がかけられていた。
開けるつもりはないが安易に踏み入れるなというサインが禍々しくていただけない。そんなこともあり彼への詮索も情報に触れることもしないようにしていたけど、とある週末にコナンから連絡が入った。

『悪いんだけど、が持ってる防寒着を見繕って今から群馬まで来てくれねぇか?』
「え、今から?」
『地図は後でメールするから、頼む!こっちでなんとかしたかったんだけど手が回らなくてさ。今晩だけ灰原が別行動でテントに泊まるんだ』

多分今持ってるものじゃ寒さ凌げないから。そういって申し訳なさそうにお願いしてきた義弟の声に短く息を吐くと「わかった」と了承しクローゼットを開けた。
厳密にはその中にあるスーツケースを開け、防寒になりそうな上着を引っ張り出す。懐中電灯と動きやすい服装に着替え帽子を被ったはついでに毛布を脇に抱え部屋を出た。

荷物を一旦玄関前に置き、キッチンに入るとお湯を魔法瓶になっている水筒に注ぎ手早く閉める。1つずつ包装された角砂糖を何個か掴みバッグに一緒に詰めて肩にかけると同居人に呼び止められた。
いる気配全然感じなかった、と驚き振り返れば「これもどうぞ」と2段弁当を手渡され少し顔が引きつる。


「いえ、遠足じゃないので…」
「大丈夫です。中は温まるシチューですから。数時間は持ちます」
「…話聞いてください」
「あとそれから、これもお願いします」

既に両手は塞がっているというのに持っていた携帯端末をポケットに仕舞わせるとお弁当を手首にかけ、ついでに小さな機械を握らせた。

用意周到だなこの人、と呆れつつ掌の中を見ると外部充電器のような大きさのUSBだった。
ああこれ知ってる。他人のデータ盗むやつだ。しかもこれから会う人が哀だとわかってて寄越したのだろうか。
精一杯嫌そうに顔を歪めて彼を見ると、そんな警戒はものともしない顔で微笑んだ。


「これから彼女に会いに行くのでしょう?でしたらそれを彼女の携帯に刺してデータを入れてきてもらえませんか?」
「…はいそうですか、ってすんなり受け取ると思います?」

顔を歪めたままつき返すように手を差し出せば「僕の荷物を届けていた時と同じですよ。ただ持って行って彼女の携帯に刺してくれればいいんです」と平然とのたまうのでムッとした。

「あなたがお隣さんを気にしてるのは知ってましたけどこれはさすがにやり過ぎじゃないの?相手は小学生よ?それに、私がやってることはあくまで"手伝い"であって"犯罪"でも"犯罪のほう助"でもないわ」
「おや、有希子さんから"その程度"の情報しか聞いていないんですか?…ふむ、なるほど。だったら僕の見込み違いか……ボウヤが電話をかけてきたからてっきり事情を全て把握してるのかと思いましたが」
「……帰ったら部屋を隅々調べるわ」

コイツ盗聴してたな。最悪だ、と隠しもせず軽蔑した目で睨むと手の中のものをもう一度見て、彼を見上げた。


「これのせいで彼女の身に危険が迫ったりしない?危険に晒さないって約束してくれる?」
「勿論です。その為に僕がいるんですから」

詳しい関係はさすがに聞かされてないけど、この人が哀を見守っているのはそれとなく知っていた。その守り方が不器用で見てるこっちの方がヒヤヒヤすることもあるけど、多分守りたいっていうのは本当だろう。

不遇な環境に身を置いている哀に少なからず親近感があったは彼女を想いそう口にすると、沖矢は細かった目をスッと開き、初めて見る様な視線で真っ直ぐを見据えた。
その視線は真摯で嘘偽りなく思え、彼の手によって握らされた手を開くことなくはそのまま工藤邸を後にした。