# 14
「えええ〜っちゃん全然服増えてないじゃな〜い!」
とある昼下がり、帰ってきた家主の夫人は娘のクローゼットを開けるなりそんな不満の声をあげた。
先日有希子さんが前乗りで帰国し、その足で名古屋に向かったのだが乗っていた特別列車は走行途中で破損し運行不能になった。
しかもその列車内で殺人事件、及び爆破事件も起こりその日から今日までニュースは大賑わいになっている。
その渦中にいて事情徴収を受けてきたというのにの母親は家に入るなり熱烈な抱擁と挨拶のキスをすると爛々とした足取りで娘のクローゼットを開き悲鳴交じりに嘆いた。元気だ。
「秀ちゃんと一緒に買い物に行ったりしてないの?」
「秀…?……ああ。基本彼とは別行動なので」
秀ちゃんって誰?と思ったが沖矢の名前がそんなだった気がする。本名か偽名かは知らないし興味もないけど。
部屋を調べたら本当に盗聴器がついていたので今彼の扱いは底辺だ。キャンプで哀に荷物を届けてから一切会話をしていない。
沖矢を捕まえた有希子さんは「週一でちゃんを買い物につれてってくれるって約束したじゃない!」と耳を疑うようなことをのたまい瞠目したがすぐさま聞こえなかったことにした。
「よし!じゃあ今日は私と買い物に行きましょう!みんなで!」
微笑んで誤魔化す沖矢を見て事実だったのか、と戦慄したが、天真爛漫な義母は手を叩くとさも当たり前のように明るく死の宣告を言い渡した。
米花町のビル内にあるレストラン入った達は持っていた大量の荷物を両脇に置きテーブルについた。有希子さんの指定で沖矢の隣に座らされたのが辛い。
メニューもわざとなのか混雑のせいなのか2冊しかもらえなかったから否が応でも話さなくてはいけない状況になってしまった。
「新…コナン君は何にする?お子様ランチ?」
「(嫌味かよ…)」
嬉々としていじりに行く母親に義姉は不憫そうに我が弟を見やった。
買い物に出掛ける途中でコナンから連絡があり、列車の件で話がしたいといわれて落ち合ったのだが、案の定有希子さんに捕まり話すどころか買い物に連れ回されて現在疲れきった顔をしている。
そうでなくても小学1年生の体力では少々辛く長い苦行を強いられたのだ。母親の重い愛情を跳ね除けることもできない。
も少々うんざりした顔になっているのだが隣の誰かさんは平然としていてこういうの慣れてるんだ、と素直に驚いた。まあ、隠してるだけかもしれないけど。
「今日はいい買い物が出来て良かったわ!久しぶりにちゃんと買い物を満喫できたし!それにボディーガードが2人もいるもの!」
「荷物持ちの間違いじゃ…いで」
「あら〜コナン君のほっぺは柔らかいわね〜」
「イテテテ…!」
「あ、そういえば列車事故で紛失した有希子さんの荷物回収しておきましたよ」
お気に入りのワンピースも無事です。と戯れる母子に割って思い出したことを報告すれば驚いた2人がこっちを見やった。
「ええ!嘘!どうやって見つけたの?」
「それが、ニュースを見て家を出たら郵便受けにこんなカードが入ってて…」
鞄から取り出したカードを見せればコナンはすぐに分かったみたいで「あの野郎〜!貸し増やしやがった!」と頭を抱えていた。
白いカードに大まかな地図と『お探し物はここです』という文字にシルクハットと不敵な笑みのマーク。知らない人の方が少ない奇術師のトレードマークだ。
まあ、これが有希子さんの荷物だとわかったのは見つけた時だったし、住所も書いてなかったから列車と結び付けて探しだすまで大分時間がかかったけど。
今回はコナンが関わっている危険な組織が絡んでると聞かされていたので無関係な物でも回収しておいて正解だったと今なら思う。
「…それで、顔の至る所に小さな傷があったんですね」
「っ!」
怪盗キッドも粋なことをするなぁ、とカードを見ていると不意に頬を撫でられビクッと身体が反れた。見れば沖矢が中途半端に手を掲げていてこちらを見ている。バチンと細い目とかち合った気がしたは無意識に立ち上がった。
「ちょっとお手洗いに行ってきます」
眉をひそめ、静かに告げるとはそのまま一心不乱に足を動かした。沖矢に触れられた場所を手で隠す。顔がじわじわ熱くなっていくのがわかる。
なんなのアイツ。今迄そんな触れ方したことなかったのに。あんな、労わるような…そこまで考え頭を振った。
「秀ちゃん…もしかしてあの子とケンカした?」
無表情のまま立ち上がったはこちらに見向きもせずレストランを後にした。その背を眺めていれば有希子さんが心配そうにこちらを見てきて曖昧に肩を竦めた。
怒っている雰囲気はなかったはずだ。自分はただ、あのわかりにくい地図でよく有希子さんの荷物だと特定し探し当てたものだと感心して声をかけたに過ぎない。
表情も少し驚かせたようだがいつもとたいして変わらない無表情だ。感情などわかるはずもない。
けれども母親である有希子さんにはわかったのか「ちゃん怒ってたわよね」と隣にいるコナンに話しかけている。
「盗聴器、」
「……」
「姉ちゃんがさっき教えてくれたんだけど部屋に盗聴器つけて会話を聞いてたんでしょ?」
「え、そうなの?!」
それはさすがにダメよ、と眉を寄せる有希子さんに沖矢は彼女が住む前からつけていて取り外すのを忘れていただけだと弁明した。多少無理はあるが有希子さんには通じたらしい。そう、と眉を寄せながらも腕を組み何やら考え込んだ。
「けど、そのせいで"昴さんを信用してもいいのか?"って聞かれたよ?灰原にも似たようなこと言われてるし…」
もう少し何とかならないか?といわんばかりの視線でこっちを見てくる小さな名探偵に沖矢は何も言えず肩を竦めるしかなかった。
どうやら自分は年下の女性達をことあるごとに警戒させてしまうらしい。彼女らの判断は間違っていないがその度にこの微妙な空気になるのは少々問題があるなと思った。
「こんなに格好いいのに…何故かしら?」
「見た目の話じゃないと思うよ、それ…」
「そうなの?……でも残念ね。秀ちゃんにはちゃんと仲良くなってもらってあの子の表情をもっと引き出してもらおうって思ってたのに」
はぁ、と悩まし気に溜息を吐く夫人は沖矢のどこがダメなのか見当もつかないようだった。