# 16

パーティーといえば事件、ホテルといえば事件。
願っていないが案の定というかお約束というか、ホテルの客室で事件が起こり一時騒然となった。

なぜパーティーをしている達のところまで話が来たかといえば不運なことに殺人事件が起こったためだ。
パーティーの参加者ではなかったのでこちらに直接的な被害はなかったが、犯人とパーティー客を見分ける為に一時出入りが制限された。

この事件は達裏方のみで全員には至らずお祝いムードを壊さないよう続けよう、ということになったが、事件大好き義弟達はウキウキと事件解決をしに現場へと行ってしまった。

スタッフ一同が不安を感じながらも待つ間、同じように緊張感をもって待っていただったがどうしてもトイレに行きたくなってしまい、断りを入れて会場を抜け出した。
広間の外は事件があったもののそこまで騒いでなく廊下を歩く一般客は特に騒いでいなかったが、2人組の私服警官がインカムで話している姿を遠目に確認して少し気を引き締め直した。


「いてて、」

用を済まし戻る途中、踵に痛みを感じ見てみれば皮が捲れてピンク色が見える。爪先も大分感覚が麻痺してきていたので近くのソファに座りヒールを脱いだ。慣れないことはするもんじゃないな、というのが足に出ている。

ポーチの中を見てみたが生憎絆創膏やそれに代わるものはなかった。下は絨毯だしこのまま歩いて行きたい、と硬いヒールを睨んでいると携帯端末が震えだした。


ポーチから取り出すと液晶には『A』という文字。登録してくれといわれてしてみたがどの名前を入力すればいいのかわからずとりあえず頭文字だけ入れた名前だ。
周りを見回し、近くに人がいないことを確認して応対すると『やぁ』と通る声が聞こえた。

「あ、おつきさん…?どうしましたか?」

やはりどちらの名前をいうべきか戸惑ってしまう。
周りに聞かれないように端末に手を宛てて声を変えると、向こうは気さくに笑い『声を聞きたかった』と返してきた。遠距離恋愛の恋人同士みたいな言い草だ。


『元気かどうか気になってね』
「元気ですよ。ああ、近い内に海外に行こうかと思ってたところです」
『海外?』

何かあれば連絡してほしい、といわれていたがわざわざ報告する程でもないかもしれない、と思って連絡しなかった。
けれどこうやって声が聞けるならいってもいいかもしれないとそれとなく話すと相手は少し沈黙した後どこに行くのか滞在先を掘り下げてきた。

詳細はさすがに伏せたがロスのこの辺りだと伝えると『そうですか…』と考え込む声。

『変装は得意ですか?』
「え?」

心臓がドキリとする。まさかバレてた?と慌てたが彼が見た姿は変装したもので、得意かどうかを聞くのも変だ。それに返せず固まっていると彼はフッと笑って帽子やサングラス程度でいいといってくる。


『キミの顔は少し"目立つ"からね。注意するに越したことはない』
「………………男に狙われる、からですか?」

以前働いていた主任を思い出しうんざりした声で聞くと相手は声を出して笑い『まあ、そんなところかな』と平然と返してきた。

『キミの顔は恐らく女性よりも男の方が狙ってくる確率が高い』
「え、やめてくださいよ。行きたくなくなるじゃないですか」

彼が知っている顔で海外に行くことはないが、断定されると少々怖い。今は男の顔じゃないのに動揺して周りを伺っていると彼は笑みを含んだ息を漏らした。


『できれば日本に留まっていてほしいよ……そうすれば、守ることができるから』


ぶわりと毛が逆立つ。耳元で囁くような声色に後から心臓が跳ねドクドクと騒ぎだす。
この人は今なんていった?守る?私を?いや、彼が見ているのは私ではない。
違うと頭でわかっているのにまるで、告白されたみたいな気持ちになり顔を隠すように手を宛てた。

「…ロスは、そこまで危なくないですよ」

そういうのが精一杯だ。顔が熱くて仕方がない。そんなこと他人に言われたのは初めてだ。新一や引き取られた時も心を打つ言葉をいわれたけど、ここまで切なげに、渇望すら見える声色で囁かれたことはなかった。

どうしよう。心臓が口から出てしまいそうだ。
落ち着け、落ち着け。相手にバレないように深呼吸をすると向こうで『そろそろ時間か』という声が聞こえた。心なしか硬くなった声に耳を澄ます。

『くれぐれも自ら危険区域に行って事件に巻き込まれないでくれよ』
「そんな自殺志願者みたいなことしませんよ…」

脳裏に義弟を思い出したが肩を竦めるまでに留め、彼も小さく笑ってそれもそうだな、と柔らかく返した。


『可能なら女装をする、という変装方法もあるけどね』
「え………何いってるんですか」

ギクリと顔を引き攣らせると青月さんは本気なのか冗談なのかわからない声で『前々からキミなら似合うと思っていたんだ。身体も華奢だし』とズバズバ言葉を刺してきて気が気でなかった。

実はもう女だってバレてるんじゃ…?と焦ったが「俺、男なんですけど」と不満げに返すと相手は笑ってあっさり謝った。
それから日本に帰ってきたら連絡するように、と保護者みたいな約束を取り付けられ通話を切った。


しばらく端末を見つめ、何だったんだ?と吐息を漏らす。顔が熱いせいか吐き出す息も熱い気がした。知恵熱でも出てしまいそうだ。あの人は何がしたいのだろう。それとも変装した自分がそこまで男受けがいいのだろうか。

どちらにしろ、極力あの顔は変装しないようにしよう、そう思い踵の傷に視線を戻すと近くを通り過ぎる脚が見える。

綺麗に磨かれたスコッチグレインが鈍く光る。足に沿った美しいフォルムは艶めかしささえ感じ、デザインもユーモラスだ。パンツも落ち着いた色あいだが高級感があり、ボトム部分もダブルになっていてそこもお洒落を演出している。
スラリとした見合う長い脚に引き締まったヒップライン、少し腰周りが細身に見えなくもないがそれは色気を感じさせるバッグダーツのベルトのせいだろう。

そうやって視線を上げた先に見たブルーの瞳に息が止まった。


「どうかしましたか?」

サラリと揺れた金髪は室内の光に透けてプラチナから白に変わる。固まるとは逆に流れるように座り込んだ彼は足首を見るなり「ああ、靴擦れをしたんですね。痛そうだ」と整った眉を悲しそうに歪ませた。

「実は、こんなこともあろうかとこんなものを持っているんです」
「あ、…絆創膏」

どこからともなく、といってもポケットからだが…どうしてそんなものを持ち歩いているのかいささか疑問だったが…彼はにこやかに絆創膏を見せると「では、僭越ながら僕が手当てしますね」といっての足を優しく持ち上げた。

「ええ?いえ、じ、自分で…」
「やましい気持ちはありませんよ。といっても自分でいってしまったら元も子もないですが……でもこれも何かの縁ですから。僕に手当てをさせてください」

するりと撫でるように持ち上げられた足にゾクリとして慌てて彼の手を掴もうとしたが、その手は彼のもう片方の手に捕まってしまった。その手も壊れものを扱うかのように優しく握られ諭すように微笑んでくる。


待って。待ってほしい。見知らぬ相手にするような対応じゃないと思う。
いやでも会話を聞かれて正体がバレたからここまでしてくれるのかな?青月さんってそういう人なの??
折角落ち着かせようとした心臓がまた騒ぎ出して戸惑っていると、が空気を噛んでいる間にささっと絆創膏が貼られてしまった。

それだけでも頭の中はオーバーヒートなのに彼は傷に当たらないようにゆっくりとヒールを履かせてくれ、自分の手で支えるように私を立たせてくれた。
まるでお姫様のような扱いに足元がふらつく。優作さん以外に面と向かって女性扱いをされたのは初めてかもしれない。

「痛みますか?」
「…だ、大丈夫です。痛くないです」

包むように握られる手が汗ばむ。頭も熱さでふらつきそうだ。このまま昏倒してしまいたい気持ちを必死に押し込め、踵の具合を確かめ痛みが軽減したことを伝えると褐色の彼はとても嬉しそうに微笑んだ。

「悲しむあなたの助けになれたなら良かったです」
「は、い。ありがとう、ございます」
「この後、まだ予定があるんですか?」
「え、」
「いえ、歩く内にまた痛みがぶり返すとも限らないので。もし予定がなければ寄り道せずタクシー等で帰った方が良ろしいかと。それに……」

彼がいう言葉、言葉にいちいち反応して顔を上げると彼が迫るように顔を近づけ、ふわりと香る少し甘みを帯びる彼の匂いにまた心臓が跳ねた。


「こんな美しい人が歩いていたら"悪い狼"が狙わないとも限りませんから」
「っ……」


耳元で囁かれた言葉に背筋にビリっと電気が走る。その衝撃にヒュッと息を呑めば褐色の長い指が零れ落ちた髪を掬い、耳にかけた。
離れていく長くしなやかな指を目で追えば南国の透けた海を思わせるような青い瞳に自分が映った。

「ですので、早めのご帰宅をお勧めしますよ」

瞼を閉じればそのままキスをされるんじゃないか、と思わんばかりの視線に動けずにいると褐色の彼はパッと明るく好青年のような笑みを浮かべ「お気をつけて」と言い残しその場を去っていった。


「……こ、殺されるかと思った…」

彼が見えなくなったところでへなへなと再びソファに座り込んだはそうぼやき、額を押さえる。心臓はまだ煩く騒がしい。
まさかこんな意味で、視線や声で他人に殺される、と思うなんて初めての経験だった。