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グッバイ・ユーテラス



(2)

「最低な気分だわ…」
どこの誰かも確認していないのに、こちらが何か失敗をしたわけでもないのに平伏するなんてとてもじゃないが理解できない、そう思った。
そのせいで起き抜けから気分は最低ラインを越えていて機嫌も悪い。

何で夢でストレスを抱えなければならないのか。まったくもって遺憾だった。

外はいつも通りの猛吹雪だ。
部屋を出たそんな気分のままは1人ごち、溜息を吐く。足取りは重いがルーティーンになっている医務室へと向かった。

ここは人理保障機関カルデア。世界の中心にあたる標高6000mの雪山に作られた施設だ。縁あってカルデア職員になったまでは良かったがカルデアスの異常、仲間との死別、人類滅亡をつきつけられた。
ただ自己を満たしキャリアを高める為にここへ就職しただけだったのに、何がどうなったらこんな悪夢の世界に辿り着くのだろう。

しかし考えたところでここで動かなければ未来もないのだ。その堂々巡りの問答をして溜息を吐く。


「おはよう、
「おはよう、ございます」

ストレスが溜まるだけだとわかっていても考えてしまう脳にまた溜息を吐くと目の前から声が聞こえ顔をあげた。
目の前には2人の同僚がいて片目を隠した女の子が「おはようございます」と不審な顔で会釈している。も表情を硬くし会釈をして横を通り過ぎようとすると「溜息吐いてたけど悩み事?」と聞かれ足を止めた。どうしてこの人はこうも親切なのだろう。

「夢見が悪かっただけよ。あなたが気にすることじゃないわ」
「そうかな?少し顔色も悪いし…」
「ご親切ありがとう」
誰かに相談してみれば?と助言されたがはニコリと愛想笑いをしてあしらい、そのまま2人から離れた。


「…しまったぁ……!」

ずかずかと歩きに歩いて彼らが見えない場所まで来たは頭を抱えしゃがみこんだ。
何やってんのよ私!優しくしてくれたのに何なのあの態度!性格悪く見えるじゃない!キリエライトが不審な目で見てたのに何であんなこといったの!!これじゃまた彼らとの距離が離れていくじゃない!!
「うぅ、」とくぐもった声を漏らしたは泣きそうな顔で目を瞑った。

の出自はそれなりだった。両親がそこはかとなくお金を持っていて、溺愛されて、箱入り娘で、やたらとプライドが高かった。学校に通っていた時も不自由なことはなかった。むしろ好き勝手に過ごしていたかもしれない。

そのせいで今シワ寄せが来ている。

人類最後の魔術師は年が近い自分に興味がある様だった。それ自体は嬉しかったと思う。ただ自分は友達の作り方を知らなかったのだ。いや、厳密には知っている。知っているけどタイミングを完全に逃した。
そして極めつけに私は他の魔術師を軽んじていた。片親が魔術師なのだ。そのお陰で一般人でも知識を持っていたしカルデアという特殊な職場にも就職できた。

就職した当初私は驕っていたのだ。自分はここにいる誰よりも魔術を理解していると。あわよくば魔術回路が開き、自分も魔術師になれると。
魔術師になりたいかどうかと問われればそこまで固執していないが、その時の私は自分に膨大で素晴らしい魔力が眠っていて、いとも簡単にマスターになりサーヴァントを従えることができるだろう、そう浅はかに考えていた。


しかしそれはあの爆発で全て焼けて灰になった。私は無力だったのだ。
アクシデントに身体が固まり震えることとしかできなかった。倒れた仲間をただ見ているしかなかった。

藤丸が助けに来てくれるまで死に怯えることしかできなかった。

「(感謝してるのに、そのお礼もいえないどころか、冷たくあしらうしかできないってどんだけよ…)」

最初に挨拶した時は恐怖で気が動転していた。2度目は周りの目があった。3度目は元は自分と同じ土俵だったことに気がつき嫉妬で素直になれなかった。
そうこうしていくうちに職員と同じ『プライドが高くて近寄り難いちょっと変な人』という位置に定着してしまったらしい。

藤丸は臆することがないのか気にしないのかああやって挨拶してくれるけど話す機会が多い職員ですらキリエライトのように様子を伺う表情で見られることの方が多い。
別に突然キレて怒ったりしないし、奇声も発狂もしないのにどれだけ怖がられているのだろう。

本当はちゃんとお礼をいいたいし、ちゃんと普通に話したい。藤丸を見て魔術師は凄いのだと、自分には成しえない素晴らしい偉業をなしているのだと伝えたいのに。

普通の人間だけど藤丸を全力でバックアップしていきたいと伝えられたらいいのに、と半ば諦めたように溜息を吐き立ち上がったはノロノロとした速度で医務室へと向かった。


「やあ、来たね」
「あれ?ダ・ヴィンチちゃん」
ノックし、医務室に入れば椅子に座ったDr.ロマニとベッドに座っているダ・ヴィンチちゃんがこちらに気づき手招きした。
ダ・ヴィンチちゃんも用事だろうか?と思い近づくと同時に診察が始まったので視線をドクターに合わせる。

「今日も7度台の微熱だね。気分はどうだい?」
「特に悪い感じはしませんが、夢を見てて」
「夢?」
「同じ、というか、ある時代の夢を何回も見ていて…」
「ある時代…?それっていつ頃の」
「ロマン。先にいうことがあるんじゃない?」

夢は大体覚えている。メモもとってるから忘れかけたものも詳しく話すことが出来るだろう。自分自身も何故ここまで似たような夢を見ているのか気になってならない。
Dr.ロマンに聞かせられるように話を順序だてているとサッとダ・ヴィンチちゃんが割って入り、彼も「ああ、すまない」といってこちらに向き直った。

「先日診察した時に色々調べただろう?その結果が出たんだ」
「あ、はい」

そういえば体調を確認するだけなのにキリエライト並の大掛かりな検査をされたな、と思っているといきなり横から『パン!』と何かが弾ける音が聞こえた。

見ればダ・ヴィンチちゃんの手にはクラッカーが握られている。
にっこり微笑む姿はモナ・リザそのものだがDr.ロマンに「誰が掃除すると思ってるんだい?」と睨まれても響かない微笑は本当の絵画みたいでちょっと怖かった。


「おめでとう!きみも今日からカルデアの魔術師だ!」
「………は?」
告げられた言葉に私はただ茫然と彼女を見返すしかなかった。