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グッバイ・ユーテラス



(4)

困った。
どうしてこんな時にこうなってしまうんだろう。背中合わせに立っているのはマシュ・キリエライトだ。面識はあるが直接話す機会はとても少ない為お互い面識がある程度だろう。
藤丸が来たことによって挨拶程度なら交わす仲になったが仲がいいとはお世辞でもいえない関係だった。

休憩時間だったは図書館で習慣にしている魔術の勉強をしているのだがこの時間にキリエライトと遭遇したのは初めてだった。
特殊な環境の彼女もまた知識を深める為に大量の本を読んでいるとDr.ロマンから聞いたことがあるが今日は何を探しているのだろう?

少し気になるが前置きした通り気軽に話しかけるには躊躇する間柄だったので大人しく目の前の本を抜き取った。

「(そもそもあんなことをいわれなければ…)」

先程第7特異点のレイシフト先の座標計算を終えたのだがそこでとんでもないことをDr.ロマンから言い渡されたのだ。
思い出すだけで頭痛がするのは気のせいではないだろう。なにせ、

『今回は君にも同行してもらう』

なんていわれたのだ。平常心でいられる人がいるなら見てみたい。
人手は足りないしこれから更に過酷を極めるのだ。手伝えるものならばそうしたい。そうしたいのだけど。


「あの、」
「は、はい!」
ぎゅっと持っている本を握りしめると後ろから声が聞こえ肩が跳ねた。振り返れば背を向けていたキリエライトがこちらに向いていて真っ直ぐを見つめていた。

「ドクターから聞いたんですが次のレイシフトには…さんも同行すると」
「え、ええ…そうらしいわね」
不満というには表情がない顔でこちらを見るキリエライトには居心地悪く視線を逸らした。そうらしいも何もそうなのだけど出てしまった言葉は取り消せない。

「お邪魔だったかしら?ずっと"マスター"と2人で旅をしてきたのに私がいきなりしゃしゃり出るなんて」
「いえ。さんは魔術師だと宣告されてからずっとトレーニングをされていましたし、数値を見てもB、Cチームに入れるくらいの能力は備わっています。
ただ、実戦での経験は皆無なのとほぼぶっつけ本番でレイシフトするのでそれが懸念材料になるかと。あ、それと、フォウさんもいるので正しくは2人と1匹です」
「正直なご意見どうもありがとう」

淡々と、本当に淡々とキリエライトが事実を述べる。その言葉は裏もなくただの事実で(無意識の嫌味は混じってたけど)、は緊張している筋肉を解すように息を吐いた。むしろ、私の方がピリピリしているわね。と心の中で反省した。


「そうね。戦えない癒しもない私は"お荷物"よね。平常時であればこんな作戦誰もOKしなかったわ」
「そうかもしれません。ですが、今回はさんの力が必要になると思います」
「!……聞いたのね?あの話…」

お喋りロマンめ、とムッとした顔で声を低くすればキリエライトが少し緊張した面持ちで持っていた本を両手で抱えた。
見かけた当初はもっと表情がなくて能面かロボットそのものだったけれど、藤丸と出会い、旅をしてきたことで人間らしい表情がたくさん増えた。感情の起伏もとても人間らしく見えてきた。

この何とも言えない感情は親戚の姪っ子の成長を見ている感覚に近いのだろう。
ただ画面越しに見てきただけだけど微笑ましくて、緩みそうになる口許に気づいたは慌ててそれを引き締め眉をひそめた。


魔術回路が開いてから実は数か月以上経っている。使いこなすにはまだ不安が残ってるけど投入できる機会は何度かあった。

それが今回に限り枠が設けられたのはの夢に他ならない。
ここ最近になって急かされるようにあの時代の夢を頻繁に見るようになり、あまりの多さにノイローゼになりかけたこともあった。
そこで気を利かせた(というよりも面白がった)ダ・ヴィンチちゃんがの祖先を辿ってくれ、その結果とが見る時代背景を鑑みて打診されたのはいうまでもない。

「正直、実感ないのよね。自分が夢で見ていたのは"メソポタミアの時代"だなんて。
夢っていうのは脳が記憶情報を処理する為に今迄視覚で得た情報を元に構築されたつぎはぎの偽物なのよ?私が映画や何かで見た情報の産物である可能性の方が高いわ。
それなのにこんな不確定要素ばかりの状態でレイシフトさせようだなんて…ドクターは何を考えてるのやら…」

わざとらしく嘆息を吐き、腕を組んだ。
Dr.ロマンに不満を持っているのは確かだ。今回の采配は妥当ではない。なんせ自分にはサーヴァントがまだいないのだ。相棒がいないマスターはただの的でしかない。

魔術もろくに使えず使役するサーヴァントもいないがついて行ったところでどのくらい役に立つのかわからない。足を引っ張ってしまうのは確実だ。全体の生存確率だって下がるだろう。
人類最後の魔術師を、人らしい楽しみをやっと知ったこの子を失うようなことになったら、私はどう責任を負えばいいのだろう。そればかりが頭を回る。


「だとしても、私はドクターの意見に賛同します」
「……」
「紀元前の存在証明は不安定だと聞いています。さんの夢も本当の確証には至らないかもしれません。
ですが、さんが私達と一緒に来てくれることで存在証明の確率が少しでも上昇し、目印になってもらうことで先輩を守れるなら…私はあなたも守ります」

ここに帰ってくるために。

初めてキリエライトの目を見た。真っ直ぐ向けられた大きな瞳はガラスのようでいてとても強い意志を感じた。眩しい。眩しくて目が眩みそうだ。
真摯に向けられた言葉には目を細めると瞼を閉じ顔ごと逸らした。

自分が存在証明の目印になるかは行ってみないことにはわからない。ダメだったから、といってすぐには引き返せるものでもない。
自分が死ぬことに対して今は恐れを感じていないけど死なせてしまうリスクは怖いと感じていた。

けれど、そうか。と思う。
キリエライトは守ってくれるのか。藤丸も、私も。

2人を守ってられるほど敵は弱くないだろう。戦って戦って傷つくだろう。それでも彼女は、その事実を知っても尚も守ろうとしてくれるのだろう。身の丈よりも大きな盾を使って。
それが安易に想像できてしまって苦笑交じりに噴出してしまった。この子も藤丸も優し過ぎて困ってしまう。


「私は"オマケ"ってことね」
「え?いえ、そんなつもりは…」
「いいわよ。それで」
オマケでもなんでも。むしろこの子達を失った時のことを考え逃げようとする自分よりはとても建設的で好ましい答えだろう。

挑発的でもなく、かといって信頼でもなかったが自然と笑みを漏らすと、キリエライトが驚いたように目を見開き、それから「はい。頑張ります!」と柔らかく微笑んだ。