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グッバイ・ユーテラス



(5)

ほぅ、と息を吐く。長時間歩く足は既に棒になっている。
体力はそこまでないわけではないが、緊張の連続で意識が朦朧としてきているのは確かだ。ダ・ヴィンチちゃんのマフラーと礼装がなければ来て数時間もしないところで干上がっていただろう。

「マスター。さん。あともう少しです」

無事ウルク内に入ると活気が溢れ賑わう声や行き交う人達に目を奪われた。まるで塀の向こうのことなどささやかな戦争に思えるくらい街の人達の顔が生気で満ちていた。

足を踏み入れた達はウルクの人達や街並みを驚きながらも眺め歩いていく。戦争があり兵士もたくさん闊歩しているのだからそれなりに緊迫しているのかと思ったが思った以上に平和だった。
平和、というのも少し違うのかもしれない。けれど、ウルクの人達からは嘆きに似た負の空気は一切感じられなかった。

これがギルガメッシュ王の力の賜物か…と感心していると、ふと視線が止まった。
記憶がないはずなのにどこか懐かしい道なりを見つけ、目が釘付けになる。ぞわりとする感覚に嫌な気はしなかったが違和感はあった。


「何か面白いものでもあったかい?」

ふわりと花のいい匂いを纏わせた声が鼓膜に響く。ドキリとして横を見れば少し屈んだ白装束の彼が柔らかく微笑んでいる。人好きするような、でもどこか胡散臭い笑みにはついっと無表情に顔を逸らすとあっちには何があるのか聞いてみた。

「ああ。あそこは産業区画だ。武器や防具等の兵器以外、生活必需品を主に作っている……気になるかい?」
「…いえ、」
少し、探るような目つきで見てくる色素が薄い髪を揺らしたマーリンには素っ気なく返すと先を歩く藤丸達の後を追った。

夢に出てきた記憶はない。けれど恐らく私はこの道を歩いた。この強い日差しも、土埃が舞う空気も、活力に満ちたこの街も酷く懐かしく心が締め付けられた。
『帰ってきたんだ…』なんて言葉が浮かび、は眩しそうに目を細めジグラットを見上げた。


歴史建造物として最たる、長すぎる階段に若干眩暈を覚えながらも中へと入るとこれまた豪華絢爛な歴史的内装が視界に入り感嘆の声を漏らした。
藤丸やキリエライトはこれまでの旅でこういうものにどこか慣れてしまっていたのか程は驚かず淡々と歩いていく。

カルデアでモニターと数字ばかりを見ていたにとっては全てが新鮮だったからその温度差に少し恥ずかしくなった。

「(ここは記憶にないんだ)」

街には感動に似た感慨深さを感じていたがここにはそこまでの感情は溢れてこない。夢を散々見てきたが確かにここでの記憶はなかったと思った。

恐らく目の前の王様を見たのもここ以外なのだろう。そう思いつつ玉座にふんぞり返る金髪の王様をを見上げればバチン、と目が合いドキリと肩が跳ねた。どうやら戦闘になるらしい。
会話がポンポン跳ねていき王様の背後から金色の波紋が現れる。

、キミは私の後ろに隠れていなさい」
「は、はい」

知ってか知らずか、マーリンは固まって動けないの肩を抱き自分に引き寄せると自分の背に隠した。
サーヴァントがいないが戦えないのはその通りなのだけど、事情も説明していないのにこうもあっさり看破されるとソワソワとしてしまう。と、思っていたらマーリンの足元から金色の波紋が現れ、そこから金色の光線が飛び出しマーリンの前髪を掠っていった。


「マ、マーリン!」
「手を出すなといったクセに自分は攻撃するなんて酷いじゃないか」
「フン!我の間合いにいるのが悪い」
「…やれやれ。もう少し下がっていた方がよさそうだ」

を庇う形で彼の髪の毛がはらりと落ちる。そのことには驚き声を上げたが当の本人と王様は日常会話の如く交わして後ろへと下がる。
も倣い後ろから伺い見れば激しい戦闘が繰り広げられ、間近に聞こえる戦闘の激しさに身体が震えた。勿論辿り着いた早々に遭遇した魔獣ほどではないがやはり人と人の戦闘は気が気でない。もしくは相手があのギルガメッシュ王だからか。

は両手を胸の前でぎゅっと掴み恐怖に耐える。
後方にいるとはいえ自分よりも近い距離でこの戦闘を見守る藤丸に、自分との経験値の差をまざまざと見せつけられた気がして唇を噛んだ。
しかしそれもすぐ近くて展開された金色の波紋とそこから出てきた武器の風が肌を撫で視線を上げる。
まるでこっちを見ろ、といわんばかりに呼ばれた気がした。

チラリとこっちを見た気がしたけれど戦闘しているので彼の視線は前を向いたままだ。さっきよりも少し不機嫌そうな表情にごくりと息を呑む。

それでも尊大で余裕の塊の王様は初めて見る人のはずなのにやはり懐かしさが胸を占め、不思議とあの夢のような恐怖感は襲ってこなかった。