グッバイ・ユーテラス
(7)
1日の終わりに藤丸達はギルガメッシュ王に仕事の報告に行っている。
もついて行ってはいるが、報告は藤丸とマシュがしてしまう為いつも手持無沙汰だ。ギルガメッシュ王も後ろにいるについてつっこんだことはなく、認識されているかどうかは未だ不明。
「(視界には入っているんだろうけど…)」
「今日もお疲れ様でした!マスター!さん!」
「マシュもお疲れ」
互いを労う前の2人を見ているとフォウも自分も頑張ったよ!と声を上げていてマシュが労っている。その姿をぼんやり見ていたら藤丸が振り返りを見るなり可笑しそうに噴出した。
「もお疲れ様」
「…その顔で労われても嬉しくないんだけど」
「だって、泥まみれだし」
「それはそっちもでしょ」
今日は煉瓦の壁を作る手伝いをしていたのだけど途中で猫が現れ、片っ端から足跡をつけていくのでその犯人…ならぬ犯猫を捕らえるべくてんやわんやだったのだ。
お互い顔にまで泥をつけた顔で王様と謁見していたのかと思うと不敬かもしれないなぁ、と今思ったが藤丸の嬉しそうな顔を見たらそれをつっこむ気が起きなかった。
まさかギルガメッシュ王もそうだとは思ってないけど彼を見てるとどうしても張り詰めた気が削げてしまう。
「では、身体を清める水を分けてもらいましょう。シドゥリさんにその場所を教えてもらいました」
あ、やっぱり汚いって思われてたんだ。ですよね、と肩を竦めるとマシュに手を取られ首を傾げた。いつも水を分けてもらっている場所とは違うらしい。
「沐浴もできるとのことでしたのでさんと2人で行って来ても良いでしょうか?」
「ああ。行っておいで」
こっちは後でいいから、と手を振る藤丸にマシュは「すぐ戻りますね!」との手を引き宿にしている大使館とは別の方へと歩いていく。
ジグラットのすぐ傍には巫女達が集う就業区域があり、そこに身を清める井戸もあった。そこを使わせてくれるなんて破格の待遇では?と思ったが自分達の格好を見てそこまで汚かったな、と思い出した。
「髪を洗えるのは助かったかも」
「生活で使うだけでは足りませんしね」
目隠し替わりにある木々と建物に囲まれ衣服を脱いだが、日が高い中で肌を晒すのはいささか戸惑いがあり下着は残した。
杯で水を汲むと先にマシュの背中からかけて泥を洗い流す。サーヴァント時の彼女の格好は肌面積が大きいから泥も落としがいがあった。
そして露わになってる白肌はあの大盾を振り回してるとは思えない程華奢で細い。ちょっと羨ましい、と思いつつ自分の二の腕を見て眉を寄せた。
「では今度はさんですね」
「頭からお願い」
軋む髪を濡らしてもらいながら滴り落ちる水を見れば案の定茶色で顔が歪む。
水辺があれば心置きなく洗いたいところだけど今は非常時、あまり使ったらダメだろうと思いある程度までで我慢することにした。
マシュを伺うと顔を洗い頬に張り付いた髪を整えている。も顔や身体を濡らしながら泥を布で落とした。日差しは相変わらず強い。これなら自然乾燥で髪も乾きそうだ。
濡らしても濡らしても茶色い水が出る髪に悪戦苦闘しているとふと藤丸を思い出した。あっちの方が髪の毛ドロドロになってそう。少し多めに水を持って帰らないとな、とマシュを見やった。
「…私が離れて藤丸の存在証明が消えたりしないわよね?」
「それは大丈夫だと思います。フォウさんも一緒ですしダ・ヴィンチちゃんも捉えていてくれてると思うので」
「ならいいけど…でもそうすると、」
私の存在いらなくない?と口にしようとして飲み込んだ。
薄々感じてはいたんだ。というか最初から。
人手は足りないからいることにこしたことはないのだけど、心の底から"役に立てた"という実感がまだなく物悲しい気持ちになる。
自分にもサーヴァントが居たら手分けして3女神を調べることも、ギルガメッシュ王を懐柔することもできたかもしれないのに。
そのどれをとっても自分1人では何もできない事実に、初歩で固まって藤丸を危険に晒した自分を思い出し濡らした髪をぐっと絞った。
空を見上げれば、見知った青い空と雲、そして因縁の白く輝く光帯が見える。
どこかにはぐれサーヴァントがいて私も契約できないだろうか。でなければアナとか…こちらは最初の最初に断られてしまったけど。
Dr.ロマンには今はまだ止めておいた方がいいといわれて従っているけど、藤丸が出会っている人達はクセはあっても悪い人達じゃない。
いいように操られ命をとられるかもしれない魔術師ならここにいてもろくに役に立たないのでは?と空を睨みつけていると、ふと視線を感じ目線を下げた。
そこにはジグラットがあり、何かがはためいているのが見える。外壁とは違う色合いが人をかたどり、はためいているのがターバンの端だと気づいて目を見開いた。
「?!どうしました?」
「…………ううん。何でもない…」
ばちゃん!と残り少なかった杯が勢いよく倒れ、驚き振り返ったマシュは何事だとこちらを見やる。彼女の場所からは丁度建物の影になっていてジグラットはあまり見えない。
もしかしたら自分も大して見えていないのかもしれないが一瞬目があったような気がして思わずしゃがみこんでしまった。
そろりと顔を上げジグラットを伺うと見かけた姿はもうそこになく見間違いだった?と首を傾げた。それにしては目があった、という感覚が色濃く残っている。
そのせいで心臓も早く恥ずかしさでしばらく立ち上がれなかった。