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グッバイ・ユーテラス



(8)

「衣服が汚れていたとはいえ、何も考えず来てしまいました」
「汚れた服を着て帰ることにならなくて良かったわ」
身体を清めた後、泥だらけの服を見てこれを着て帰るのか?と固まっていたら気を利かせた巫女の人達がウルクの衣服を貸してくれ難を逃れた。
替えの服もなかったから借りれて良かったのだけど互いの格好を見て苦笑したのはいうまでもない。

魔力にあてられないようにマフラーだけ巻き、分けてもらった水がめをマシュと大小ひとつずつ持って2人で歩いているとの足が止まった。

ジグラットから程近い産業区域を歩いていたのもあるが目の前の建物には見覚えがあった。
連なる建物を繋ぐロープには大きな布がかけられ、模様や色がついたものも干してある。聞こえる音も少し独特で話し声も聞こえた。


さん。どうかしましたか?」
「…少し、覚えがある場所よ」
「夢に出てきた場所ですか?」

伺うマシュには神妙に頷くと入り口に近づき少しだけ覗いてみる。中では女性達が布を色がついた液体に浸したり穀物や草を磨り潰している姿があった。
聞いてみればここは染料を作ったり布や物に色付けをしているところらしい。見ていた夢よりも仕事内容が細かく増えた気もするが大まかには間違っていないらしい。

試しに3代目が女性の王直属の同業者がいるかどうかと聞いてみたら、世代が続いている者はそれなりにいるが王直属の仕事をしていて3代目が女性、という人はいなかった。多分もう亡くなっているんだろう。

『ギルガメッシュ王の王政は長いからね。"普通"の市民なら入れ替わっていてもおかしくない』
の考えに同意する形でDr.ロマンが付け足すと「そうですか」とマシュが少し寂しそうに俯いた。

「マシュ?」
「いえ、さんが会いたそうにしていたので、少し残念だなと」
「そんな風に見えた?」
「はい。夢の話をしている時のさんは"懐かしい友人"との思い出を話しているように見えました」

もしかしたら会えるんじゃないかと期待してました、と零す彼女には驚いた顔をしたが少し照れくさい顔ではにかむと「そうね」と同意した。

「あの、その粘土板?は何ですか?」

好意で少し彼女達の仕事を眺めているとマシュがあるものに気づきもそちらに目を向けた。
壁に立てかけられている粘土板は通常の物より厚く大きく、外壁や舗装に使うもののように思えた。も不思議に思いつつ粘土板を見やると微かに魔力を感じ隣にいるマシュを見やる。

詳しく聞いてみると色を染める手順や使用材料等のレシピが記されているらしい。
しかし、ここにいる女性達はこの文字を読める者はおらずこのレシピを口伝で覚えたため特に必要としていなかった。ただ、以前から置いてあるレシピである為立てかけてあるのだという。
そこでピンときたは交渉をして自分が持っていた小さな水がめと交換することでその粘土板を手に入れた。


急いで大使館に戻ってきた達はテーブルに粘土板を置き手を置いてみる。やはり微かに魔力を感じる。

「ドクター。どうですか?」
『こちらでも数値を感知したけどあまりにも低くてどうにも…誤作動といわれたらそれまでなんだけど。本当に魔力を感じるのかい?』
「ええ。触れる感触は悪いものには感じないけど…」
「じゃあ中を見てみれば?」

元々不安定な状態でレイシフトしているのだから、こんな微弱な力を読み取るなんて無理なのかもしれない。
だからといってこのままにしておくのも…マーリンに聞くべきか?と考えたところで藤丸がひょいっと顔を出しと同じように粘土板に手をあてた。

意見はと同じで尚且つこの厚みが気になるらしい。指でノックしここずっと触っている粘土と微妙に違う音に「中に何か入ってるかも」といってを見た。

「マシュ。何かあったらお願い」
「はい!」
『え、おいまさか!ちょ、ちょっと待った!』

盾を具現化させたマシュとアイコンタクトをとったはDr.ロマンの制止の声も聞かずに大きな粘土板を頭の上まで抱え上げそのまま床に叩きつけた。
それを近くで見ていた藤丸は「は時々物凄く豪快で無茶なことするよね」と感心してるのか呆れてるのかわからない顔でのたまった。

まったく!と通信機越しにおかんむりのドクターの言葉も肩を竦める程度にスルーして足元に視線を落とせば粘土板に紛れて赤い布が現れた。


「布…ですね。しかもこの時代でもかなり高等で繊細な生地です。そして鮮やかな…」
「鮮やかで、夕焼けよりも赤い、"真紅"だね」

脳裏に彼が呟いた『真紅』を重ねその布を拾い上げた。視界には藤丸もいて大丈夫そう?と目で聞いてくる。
それに頷き両手に持ち広げれば赤い布がムラなく染め上げられ、その赤もくすむことなく瑞々しささえ感じた。色落ちしないのは纏わりついている魔力のせいだろうか。
触れてみても特に拒絶するものは感じない。少し違和感はあるが悪意がないことは十分にわかった。そして、

『100年後も、1000年後も、このウルクが、ギルガメッシュ王が栄え続けますよう』

いきなりフラッシュバックが起こる。あの作業部屋で1人、この布を愛しそうに抱きしめる。
脳裏には凱旋で大通りを闊歩するギルガメッシュ王の姿がある。勇敢で雄々しく威風堂々とした姿に崇拝に似た気持ちを感じ、は目を細めた。


?」
「これ、王様に返してくるわね」

生地を見ても色を見ても間違いなく王様に関する何かだと話し合っていた藤丸に引き止められたは少し振り返り赤い布の埃をはたき畳み直した。
これから向かうんですか?というマシュは空を見て立ちあがる。そろそろ謁見時間も終了になる頃合いだがシドゥリさんに渡せれば彼の元に届くだろうと思い「門までだから」といって大使館を後にした。