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グッバイ・ユーテラス



(10)

とりあえず、これで一区切りついたとホッと一息つくと急に空腹になり喉も乾いた。
1つくらい果物を貰ってもいいだろうか、と視線を彼から外すと「しかしまぁ、」との目を引き戻すように声が発せられ彼を見やった。ジロジロと査定するかのようにを見る赤い瞳に肩が強張る。

「カルデアの魔術師と名乗る割に随分と貧相な魔力だな。もう片方の雑種の方がまだマシだぞ」
「うぐ、」
「しかもこの布の魔力を無効化にした程度でほぼほぼ底を尽きるとは…呆れてものも言えん」
「……っ(いってるじゃない!!)」
「貴様は本当に女神達と戦うつもりがあるのか?」


今もれなく1番気にしていることをズバズバ切り付けられ顔が真っ赤になったが、聞いてほしくないこともいわれ押し黙った。
にとっては逃げたい話だけど、その疑問は王様じゃなくても考えていることだろう。なにせいわれた本人も図星で、聞きたくないと叫びたい気持ちになるくらいだ。

相手がギルガメッシュ王でなかったら、バカにしてるのか?!と叫んで1発引っ叩いていたところだけど、目の前の男の魔力は先日のマシュとの手合わせで十分知っている。


唇を噛んだは大きく深呼吸をする。藤丸達と旅を共にすると決めた以上、覚悟はできているつもりだ。心も少しずつだけど頭に追いついてきた。

「確かに、サーヴァントがいない魔術師は非力で何の役にも立ちませんし足手まといだと思います。でも、死ぬ為にここに来たつもりもないです。前戦に出る時は私も戦います」

元々私は藤丸の保険だ。藤丸が魔力を枯渇した時に魔力を分け与える。その準備と知識を事前に叩き込んだ。最悪自分の魂までも魔力変換して彼に与えることもいとわないつもりでここにに来ている。
それはDr.ロマンやダ・ヴィンチちゃんや他の誰かに言われたからじゃない。力がないなりに考えに考えて出した答えだ。


「逃げまどって、ただ殺されるつもりはありません」


ただ弱いだけで、使い物にならないだけで蔑まれるのは悔しい。藤丸を存在させる為のただの目印だとわかったあの時から決めていた。
プライドなんてとっくの昔に粉々になったと思っていたけど、でもやっぱり傷ついた。自分には魔術師の才能がないのだとわかっていても辛かった。だから、だったら、やれるだけのことはやろうと思った。

藤丸を蹴落とすことができないのなら、人類史を救える手段が藤丸だというのなら最も確実な方法をとる、それだけだ。

死ぬ時だってただで死んでやるものか、と不躾にも王様を睨み上げれば彼は何故か大笑いを始めてしまった。私は彼のどのツボを押してしまったのだろうか。そんな呆気にとられた顔で屈託なく笑う彼を見つめる。


「ククク。雑種なりに足掻くか…それもまぁよい」

笑いを収めたと思ったらえらくご機嫌になりお酒を煽る。差し出されるグラスにまたお酒を注げばそれを一気に飲み干し、転がすようにグラスを放った。

「気が変わった。我が直々に貴様の魔術回路をこじ開けてやろうではないか」
「はい?」

転がる豪奢なグラスを目で追っていたら視界の端でギルガメッシュ王が動き、視線を戻した途端は絨毯の上に組み伏せられていた。
こじ開ける?と首を傾げそうになったがハッと我に返った。そういえば、以前マシュに能力はB、Cチームクラスといわれた。

もしかして私の魔術回路はまだ開ききっていなかったのだろうか。もっと上の、Aチームにも見合うレベルになれるのだろうか。
いきなりの提案にドキリとする。それは至近距離で異性に押し倒されているこの状況のせいかもしれないが逸る心臓に喉を鳴らした。


「案ずることはない。我の魔力を貴様のナカに注ぎ込み、まだ眠っている魔術回路を強制的に起こすだけだ」
「きょ、強制的に、ですか?…えと、それって」

私の身体が耐えられるのだろうか?Dr.ロマンにもダ・ヴィンチちゃんにも今迄提案されなかったことだけに少し表情が強張った。
凄く魅力的な話だけど、負荷とか後遺症は大丈夫だろうか?と考えだすとその沈黙が気に障ったのか王様の眉間が少しばかり不機嫌に寄った。

「ほう?我に逆らうというのか?…その貧弱な魔力で女神達とまともにやりあえると?ほとほとお気楽な頭をしているな」
「うぐ、」
「餌になりに行くつもりなら止めんが、そのままではいずれ死ぬぞ」

挑発するように口許をつり上げる王様には苦い顔になった。見透かされている。気持ちの上ならどうにかなると、他は考えないようにしていたけど、現実はそうではないと頭の片隅でわかっていた。
今の自分では本当は藤丸の保険にすらなれない。役不足、という文字が頭に浮かんで唇を噛んだ。

「魔力をまともに扱えるようになるなら欲しいです。でも、正直、ギルガメッシュ王の魔力に私が耐えられるかどうか心配です。それにウルクを支えているあなたに力を使わせてしまうのも心苦しいというか…そのせいで体調を損なったら困りますし」
「貴様に心配される程我の体力は落ちてはおらんわ。…まぁそれも事が始まれば自ずと知れよう」
「で、でも」
、といったな。これ以上の戯言は不敬であるぞ。…わかったなら、大人しくその身を差し出すがよい」

顔横に手をつき、片方の手はの顎を捉え赤い瞳とかち合う。その視線の強さに心臓が跳ねる。一切の言い訳も冗談も言えないような圧力にコクリと息を呑む。

これはもう腹を括って従うしかない。ギルガメッシュ王もこういっているんだしただ身を預ければ上手くいくのかも。
そんな楽観的な希望を抱き、そしてどこか気恥ずかしくも身体の芯が燃えるような熱さを感じ口を開けばそれを遮るようにどこからともなく声が響いた。


『ちょっと待ったああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!』
「?!、ど、ドクター?!」

ビックリしてさっきまで外したくても外せなかったギルガメッシュ王の視線から逃れ手首を見るとDr.ロマンが今世紀最大の声を張り上げストップをかけてきた。

『ギルガメッシュ王!それだけは!それだけは止めてくれ!送り込んだのは僕だけど君の身の安全を守る義務があるんだ!そして彼女はこれからもカルデアの仲間としてずっと続けてもらいたいと思ってる!
それにこんな時にそんなことをしている暇なんてないはずだろう?!』
「…黙れ、カルデアの」

一気に捲し立てるDr.ロマンに呆気に取られていれば音声が出ているブレスレットを隠すようにギルガメッシュ王の手が覆い、そしてピキッという嫌な音が聞こえた。この人、通信端末を壊すつもりだと瞬時に理解した。

「これは我との話だ。部外者が口を挟むな。首を撥ねるぞ」
『だけど!』
「これ以上戯言をぬかすならこれを壊すかこやつの手首を落とす」


焦っているのが声だけ十分伝わってきたが、現場の空気の温度が一気に下がり圧力という負荷が大きくなったことで思考は一気に引き戻されギルガメッシュ王を見た。そして脳裏に"死"という言葉が浮かぶ。
逆らうこともあがなうことも絶対にできない。組み敷かれている時点で詰んでいる。手首どころか自分の首も撥ねられそうだと思った。

小さく深呼吸をしたは彼を見上げたまま手首を握りしめる手の上にもう片方の自分の手を乗せ壊さないでほしいと懇願した。
魔術回路を起こすことは、拡張することは危険なのだろうか?自分の身体には見合わない多大な負荷がかかるのだろうか。後ろ向きな考えが止まらない。
ただ腕の痛みだけははっきりとわかって、「あなたの言葉に従います」と言葉にすると掴まれた手首が解放された。

通信端末を確認すれば外装に少しひびが入ったものの中の本体は無事だった。そして掴まれていた部分には真っ赤な痕がついていて血の気がすぅっと引いていく。
しかしここで逃げることもできないは、まだ騒ぐDr.ロマンに「ゴメン。ドクター」を呟くとそのまま通信を切った。

ブレスレットを外すとギルガメッシュ王にやや強引に奪われ、それは金色の波紋の向こうへとぞんざいに投げ捨てられ波紋ごと消えていった。


「奴らとの交信手段はこれだけか?」
「はい。それだけです」

自分の存在証明には大きく関わらないものの、あの通信端末は連絡以外に自分のバイタルチェックも兼ねているから、ないと少し心許ない気がする。
後で返してもらえるのだろうか…そんな心配をしながらも彼の問いに頷けば、幾分か怒りを収めた表情での頬を撫でる。その優しい触れ方にピクリと肩を震わせればを覆っている彼がフッと笑った。

「覚悟はできたか?」
「……はい、」

神妙に、緊張した面持ちで頷くとギルガメッシュ王は口許をつり上げ肩口に顔を埋める。マフラーを引っ張られ蒸れた空気が逃げる中首筋にチクリと痛みが走った。
反射的に彼の腕を掴めば生暖かいものが首筋を撫であげビクッと肩が跳ねる。ぞわりとした感覚に息を呑むと今度は耳を柔らかく噛まれた。

そこで"あれ。魔力供給ってこういうことだっけ…?"と思ったが勿論時既に遅く、金色の賢王は赤い瞳を細めの唇ごと食べた。