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グッバイ・ユーテラス



(14) ※Attention参照

薄暗い部屋の中、は寝台の上で上掛けを被り体育座りをしたまま宙をぼんやり見ていた。呼吸は落ち着いたがまだ安定していないのか気を抜くと身体がざわつきすぐ熱が出てしまう。
ギルガメッシュ王に眠っていた部分の魔術回路を起こされたが、未だに落ち着く気配がなくて溜息が出た。お陰で数日熱に浮かされ仕事を休んでしまった。

藤丸達には「治す方が先決!」といわれ休んでいるけど、いい加減食事くらい作らなくては申し訳がたたない。そう思い寝台から抜け出したが腰に違和感を感じまた座り込んだ。顔がじわりと熱くなる。

「ええい!これは夢よ夢!そこまでのことはなかった!」

夢はここ数日見ていなかったが脳裏に浮かぶ事柄が夢に出たくらい鮮明で艶めかしかった。思い出すだけで恥ずかしさのあまり顔を覆いたくなる。それを払拭しようと何もない頭の上を手で払いながら脚に力を入れて立ち上がった。


調理場に入り材料を確認したは腕を組んだ。料理はそこまで得意ではないが牛若丸達の分も作っておいた方がいいだろうか。
昨日会った時は特に遠征の話はしていなかったから今日もここで食べるんだろう。

だったら多めに作ればいいか、と思い準備を始める。たくさん作るのは大変だけど時間はたっぷりあるから1人でもなんとかなりそうだ腕を捲くった。

「おや、やっとお目覚めかい?」
「マーリン」
パン生地を捏ねていれば逆光を浴びたマーリンがいつもの胡散臭い笑顔を携えてやってきた。
やっと、という彼には微妙な顔になったが「それはここに帰ってきたのが数日ぶりだからでしょう」と返してやった。

そういえば帰ってこないマーリンの部屋をアナが占拠していたのを思い出す。部屋に入らないようにちゃんといっておかないと、とマーリンを見れば彼は読めない顔で「私も色々忙しくてね」と微笑んだ。


「それよりもどうだい?体調の方は」
「うん。そっちは大分良くなっ…ああ、あの時はありがとう。お陰でよく眠れたわ」
「それは良かった」
「あと、それから…」
「…ん?」
「あの時のこと、あまり覚えていないんだけど……できれば全部忘れてほしいの」

ギルガメッシュ王の元から帰ってきたは、帰ることは出来たもののまともではなかった。熱に浮かされていたし、体力の限界だったし記憶もおぼろげだ。
それでも寝かしつけてくれたマーリンのことは覚えていて、そしてとても恥ずかしいことをした気がしている。

は生地を一生懸命捏ねながら赤くなった顔で「迷惑かけたのは申し訳ないと思ってるけど、あまり思い出したくないの」と素直に告白した。しかし、相手は乗り気でないのか腕を組んで悩みだした。

「うーん。それは勿体ないな。あの晩のは大胆にも私を陥落させようと何度も誘惑してきたのに、それを忘れろだなんて」
「本当に忘れて!今すぐ忘れて!!」

マーリンを誘惑ですって?!そんな痴態した覚えなんてこれっぽっちもないんですけど!朧気の記憶ではマーリンに必要以上に甘えていたことしかなかったから大いに驚いた。

半泣きの顔で私ってばそんなことしたの?!と困惑すれば「あ〜ウソウソ。そこまではしてない」といわれろくでなしマーリンを睨んだ。人が折角愁傷に下手に出てるっていうのになんて男だろう!
最低、と心で罵りながら生地に力を込めれば両頬を捉えられ、無理矢理マーリンの方へと向かされた。


「いた!マーリン?一体何なの?」
「…うん。顔色は良さそうだ……でも、顔が少し赤いな」
「誰のせいだと…」

鼻先にマーリンの顔があるせいで無駄に緊張してしまい、緊張している自分が恥ずかしいやら情けないやらで悔しかった。 とにかく放してほしくてぞんざいに手を振り払うが、なぜかその手を掴まれ、近くにあった椅子に座らされた。

「ちょっと失礼」

今度はいきなりお腹を触られさっきよりも顔を赤くすると「…やっぱり」とマーリンが難しい顔をして離れた。私のお腹が何だっていうの?
なんだか乙女の恥ずかしい部分を覗き見られた気分になり混乱していると、マーリンに真剣な表情で大事な話がある、といわれますます混乱した。


「先日、ギルガメッシュ王に眠っていた部分の魔術回路を起こしてもらっただろう?それで気づいたことがあるんだが、お腹に違和感はあるかい?」
「え?…?いいえ。特には感じないけ、ど」

何で魔術回路を起こしてもらったことを知っているんだろう、と思った瞬間、もしかして、と蒼褪めた。
もしかしてあの時のこと見られた?というか、マーリンは全てを見通せる千里眼を持ってたはず。全部、見られたの?嘘でしょ?と今度は顔が真っ赤になり羞恥で泣きそうになる。

固まるにマーリンは視線を寄越すと淡々とした声で何をしていたか、詳細は見ていないから安心してほしい、と付け加えた。

「ただ、何をしたかはおおよそわかってしまったけどね」
「……っ」
「文句は私でなく王様にいっておくれよ。これみよがしに見えるところに"痕"をつけられては嫌でも目に入る。……ああ、そうそう。私は最中に噛み痕をつけるなんてことはしないんだが実際に見ると少し痛々しいね……はその方が感じるのかい?」
「黙って!そんな話をするならこの生地の塊をその口につっこむから!」


生地の塊を頭の上に掲げると大して怖くないはずなのにマーリンに平謝りされた。
羞恥心を煽られて鬼気迫る勢いで怒ったけど、そこまで怖かったのだろうか。

とりあえず謝られたので生地をテーブルに戻すと、マーリンは下ネタでニヤニヤすることも、母親に叱られる子供のようにビクビクすることもなく真面目な表情に戻した。


「率直に言うと、のお腹の中に魔力を感じたんだ」
「魔力…?それのどこが変なの?」
「それもただの魔力じゃない。ましてやの魔力でもない」
「え?」

私のでもないのに魔力を感じた?どういうことなの?と益々困惑してきた顔で彼を伺えば、つい先日のことを思い出しバッと両手で下腹部を隠した。

「と、留まってるなんておかしくない?しかも、お腹にだけ、なんて」
「そうだね。普通ならありえない。他人の魔力が同化せず吸収もされないなんてまずはありえない。でも、と混じり合った魔力なら話は簡単だ」
「え…」
「まだ形どってはいないだろうがキミの中に存在している」

お腹が出ているとか体型の話かと思ったら中身の話で、そして魔力の話になって頭が追いつかない。
ずっとギルガメッシュ王の顔がチラついてて、というかあの時の彼がフラッシュバックしてて気が気でなかった。マーリンに全部見透かされてる気がしてならない。考えたくないのに後から後からフワフワ出てきて眩暈がする。


「魔力が、あるのよね?」
「ああ、」
「ただの魔力、よね?」
「確かに今はまだそこに確立した意志はないだろうね」
「……」
「……」
「え……えと、は、早過ぎない?かしら。こういうの、て、わかるのもう少し後じゃ」
「それは千差万別だからなんともいえないが、主張が激しいのは相手が相手だからだろうね」
「……」
「彼の半分は人間じゃない」

驚いた顔のまま視線を落とした。両手をあてているこの場所にいるらしい。思ったところですぐに実感なんて湧かないけれど、でも何故か感慨深く自分のお腹を見てしまった。

「冗談とか、騙してる、というわけじゃないんだよね?」
「残念ながらこの手のことで人を騙したことはないよ」
「そ、そっか…」

まだ今なら勘違いとか冗談、といわれたらマーリンを殴るかもしれないけど納得はできた。けれどもマーリンの顔は至って真面目で、目が合うとふわりと花が咲くように微笑んだ。


「ひとまずは安心したよ。嫌悪は抱いていないようだ」
「あ、本当だ」
「ギルガメッシュ王に抱かれて絆されたかい?」
「……マーリン、」
またそういうろくでもないことを。

ぐっと拳を作り、本気で殴る準備をすると彼は顔を引き攣らせ「ほ、ほら!が傷ついていたらロマニ達も怒るだろうし、私にも火の粉がかかってくるかもしれないから色々聞いておきたかったんだよ!」とこれまたろくでもない告白をしてくれた。

1度、アナにボコボコにしてもらった方がいいかもしれない。もしくはマシュと一緒に足止めしてもらって自らの手で懲らしめた方がいいだろうか。
後で真剣に考えておこう、と心に決め視線をお腹に戻したは肩の力を抜くように息を吐いた。


「一応、眠ってる魔術回路を繋げてもらう、という名目もあったしね……でも、そうね。もしかしたら"彼女"のお陰かも。"彼女"は王様を凄く慕っていたから」

あれは恋慕だったのか、崇拝だったのか。夢の時は正確に判断できたけど起きた後はその感情もおぼろげだ。ただ、ギルガメッシュ王をとても信頼していて慕っていた。
もし彼女が剣をとれば立派に忠義を尽くしていただろう、そう思えるくらいとても純粋な感情だった。

で人とズレた貞操観念があり、そこまでショックではなかった。勿論、行為自体は恥ずかしいし、何度も思い出したくはないけど全身に行き渡る魔力を実感したから後悔はしていなかった。


ずっと、ずっと焦がれていた魔術師に1歩でも近づけたなら自分を切り捨てることはさして問題ではない、そう考えていた。


「…でも、これは、ちょっと予想外だったわ」
「単に消化不良で馴染むまでに時間がかかってるだけ、といいたいところだけど……お腹だからね」
「そうなんだよね。お腹なんだよね」
「まあ、この時代にいる間に産まれることはないから、そこだけは保証しよう」

いくら半分神様の血が入っていても今日明日に産まれることはないさ、と気軽に笑うマーリンには力なく苦笑した。