グッバイ・ユーテラス
(17) ※Attention参照
あの日からギルガメッシュ王に会うのは約1週間ぶりだった。
特に気にしない、と決めたもののいざ会うとなると落ち着かない気持ちになる。
近くを歩くマシュには「さん。緊張してますか?」と指摘されてしまうし藤丸にも「王様、怖いもんね」と同情された。間違ってはいなんだけど本当の理由を知らない2人にいうのはまだ憚れて、そして居心地が悪かった。
「(ああもう。わかってるって)」
そして後ろを引っ張るような、うなじを引っ掻かれるような感覚に難しい顔になる。さっさと報告してそれから探しに行くから。と心の中で約束すると引っ張られる感覚が少し弱くなった気がした。
マーリンはお腹の中のものに意志はない、といったけどそれは間違いのように思えてきた。現に今の会話で空腹の欲求は収まったし、結晶を与えた後の藤丸も嘘のように眠気がなくなっていた。
まさか他人の魔力を吸ってるなんて思ってもみなかったけど。
調子が良さそうに前を歩く藤丸に結晶が取れる間は安心していいのかな、と確認していると檄を飛ばす声が聞こえぴくっと肩が震えた。
視線を動かせば玉座の上でいつものように尊大な態度で報告を聞いているギルガメッシュ王がいる。基本表情は不機嫌そうだが的確に指示し、その中でも表情をいくつか変えているので大声を張り上げなければそこまで機嫌が悪くはないのだとわかる。
しかし藤丸達の後ろに控えていながら視界に入る王様を見ていると途端に呼吸が苦しくなって心臓がドキドキと煩くなった。心なしか頬も熱いような気もしなくもない。
ギルガメッシュ王になんら変わったところはない。いつもの態度でマシュ達の報告を一見つまらなそうに聞いているだけだ。視線なんてチラリともこちらを見ない。それなのにの動悸がおかしい。
体調は悪くなかったはずだ。朝ごはんも食べている。もしかしてお腹の中で何かあったのだろうか。
空腹を我慢させてるし、報告が終わったらすぐにでも結晶を採取しに行かなくては、と落ち着かない気持ちでソワソワとしていると報告が終わりホッと息を吐いた。
先を行く藤丸達の後を追いかけるように足を踏み出すと「、」と通る声が響きピタリと固まった。
藤丸達も驚き振り返ったがその驚きは多分今迄『カルデア』か『雑種』としかいわれてなかったせいかもしれない。
「貴様は再度報告に来い。我にコソコソ隠れて何かをしているだろう?」
振り返れば頬杖をつきながら粘土板を見ているギルガメッシュ王が見え、チクリと胸が締め付けられる。さっきはとても落ち着かないと思っていたのに視線が逸らされるだけでどこか切ない気持ちになる。なんだ、これは。と少し眉をひそめた。
藤丸達を見れば依頼された仕事以外の話はしていない、と首を横に振っている。聞かれていないのだから喋るはずもない。
千里眼で見たのだろうか。
でも確かにこの非常時に外部の人間が単独で市内をウロウロしていれば気にもなるか、と思い直し大人しく本日2度目の報告を約束し、ジグラットを後にした。
*
やはり身体の調子がおかしい。
ギルガメッシュ王を目の前にした時の落ち着きのなさはイラついたオルガマリー所長の嫌味を聞いている時並だった。
けれど少し違うのは血の気が引いていく嫌味ではなく心臓が不規則なのは変わらないものの体温がやたらと上がることだ。
結晶を採取してる時には落ち着いたが報告に戻ってきた今では動悸までもが戻ってきている。心臓疾患だったらどうしよう、と胸を宛ててみたが落ち着く気配はあまりなかった。
「こんなことなら藤丸とマシュについてきてもらえばよかった…」
見回せばまた大広間のような私室に通され、同じように豪華な絨毯の上に座り肩を落とす。謁見時間に間に合うように急いで来たのに何でここなのだろう。
前回と同じ場所なせいで思い出さなくてもいい記憶が掘り起こされ、それでまた動悸がするものだから余計に息苦しかった。
視線を下げると何の変哲もない、けれど確実に"何かが"いるお腹が見える。先程今日採取した結晶を食べさせたから今は大人しい。
私のお腹の中にいるのは何者なのだろう。食事はそこそこに栄養のある物を十分に取っていたし本来なら母体から吸収するものではないのだろうか。
しかも母体からではなく外から吸収する、だなんて。結晶の方が美味しい、てことはないと思うけど疑問は増えるばかりだ。
「(人、でいいのかしら…?)」
混じっているものを考えれば純粋な人とはいえないかもしれないが、あまり想像を超えるものになってほしくないとも思った。
どんな形であれ個体認識はするつもりだけど、あまりにも想像と違うものが出てきたら正常な気持ちでいられるかわからない。そこまで考え、果たしてこのままお腹に宿し産んでもいいのだろうかと不安になった。
「産めるのかしら…」
なんとなく、バーサーカー的な、能力は高いけれど暴れてお腹を突き破って出てきそうな存在を想像し蒼褪める。
それはさすがに飛躍し過ぎだろう。現実的に考えればギルガメッシュ王のような子供で、ちょっと癇癪が酷いだけ、とか…。
思えば考えるだけ無駄なのに一生懸命考えたせいで血が更に頭に昇り顔も熱くなる。
ただギルガメッシュ王の魔力が入っているから受け継いだものがあるかも、と思っただけで、見た目にも反映させるとか、子供の頃のギルガメッシュ王はそれこそ天使のように可愛いのかもしれないとか、余計な想像までしてしまった。
いかんいかんと頭を振り乱れた髪を整える。全てこの場所が悪いのだ。
「何を1人で百面相をしている」
「ヒッ!お、おおお王様っいつから?!」
深呼吸をして落ち着こう、と息を吸ったところで声をかけられ変な声が漏れ出た。最近自分の周りは人を驚かすことに面白さでも感じているのだろうか。
寿命が縮まる、と恐々と王様を見れば前回と同じように頭と手をスッキリさせ隣に座り込む。
その距離にドキリとしなくもなかったが、差し出されたグラスにも気づかず彼をぼんやり見つめていた自分が恥ずかしくなった。
目が合い一瞬思考が飛んだが、彼の視線が落ちたので慌てて麦酒を手に取りグラスに注ぐ。さっきよりも行動がおかしい自分に苛立ちというか不甲斐なさを感じてきた。
少し震える手をぎゅっと握りしめ、なんでもない素振りで最近仕事後にしていることをギルガメッシュ王に報告した。そしたら案の定「フン。つまらんな」とグラスを傾けた王様にぼやかれた。
「フラフラと不審な女がうろついていると報告があったが特に面白みもないものだったな」
「はぁ、」
「何か害をなすことをしているでもなし。"掃除"をしているだけなら止める必要もなかろう。好きにするがよい」
「あ、ありがとうございます」
不審者か…否定できないだけに明日からうろつくのが後ろめたい気持ちになる。
ウルクの人達には申し訳ないがこちらも必要不可欠な用事なので大目に見てもらおう、そう思うことにした。