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グッバイ・ユーテラス



(20)

水質調査の同行のおまけで連れてこられたはこちらを振り返るマシュと目を合わせ肩を竦めた。

荷車の中には空の瓶とと本来いるはずのない、職務が忙しくて外にも出れないはずの人がいる。
半人分程間を空けた隣で句を詠む王様にはなんともいえない顔で空を見上げた。どうやら気分転換に来たらしい。というか、連日聞かされていた藤丸達の面白列伝に触発されて自分も参加したいと思っているのかもしれない。

シドゥリさんも大変だ、と内心溜息を吐いていると腰に回った手に気がつき思わず肩を揺らしてしまった。隣を見れば半人分あった隙間がなくなり近い距離にギルガメッシュ王がを見ている。
さっきまで風景を眺め物思いに耽っていたのに、と少し緊張した面持ちで聞いてみると「もそっとこっちに来い」とやはり引き寄せられた。

「少し風が冷たい。身体を冷やすぞ」
「あ、ありがとうございます…」
冷えるからくっついてろ、ということらしい。それはとてもありがたいお言葉なのだけど、本心とは別のところで素直に甘んじていいのかと迷ってしまう。

腰に回った手をそのままにピッタリくっついていると、くっついてない方の部分も熱くなってきた。


正直、恋愛なんてするつもりがなかったから答えが遅れて出てきたけど、恐らくまあ、ギルガメッシュ王に惹かれているんだろう、私は。
挙動不審が過ぎて認めざるえない。荷物運びだって藤丸とマシュ2人がいれば事足りる。アナやマーリン…マーリンは働いてくれなそうだけど…でいいはずなのに自分を連れてきてくれている。

カルデアとして同列であり他意はないのかもしれないけど、にとってはそれだけで特別感を感じて舞い上がろうとしている。身体を冷やすな、という優しい言葉だって嬉しくて仕方がない。そんなお気楽な己の脳が恨めしい。

ただそれでも藤丸達の手前、カルデアの先輩としての威厳は保たなくては、と傍らに置いていた粘土板を手に取りギルガメッシュ王に差し出した。


「王様。道中はそれなりに長いですし、これを見ていただけませんか?」
「ほう。気が利くではないか……………シドゥリか?」
「はい。荷車を用意している時に王様が見たい報告書だろうといって渡してくれました」

にっこり微笑めば王様はしてやられた、という顔をしたが、「シドゥリめ…」といいつつも粘土板を読んでいる彼はどこか嬉しそうだった。
折角なのでギルガメッシュ王に許可を貰いも彼が読んでいる粘土板を借りて内容を解読させてもらうことにした。

乗り物に乗りながらの読書は得意な方だけど荷車はそれなりに揺れるので読んでいた文字がすぐブレてしまう。少し情けないが指で辿りながら読んでいると風が吹き髪を撫でていく。
ふわりと揺らいだ髪が顔を擽るので指で耳にかけてやると首筋に何か押し当てられた温かさと匂いを嗅ぐような動きにまた肩が揺れた。


「香をつけているのか?」
「あ、はい。ちょっと気分転換に…つけてまして」

クンクン、と匂いを嗅ぐ王様にの顔がどんどん熱くなる。砂漠や海を渡るよりは今回のように拠点を置き働く方がまだストレスが少ないと思うが、今回の長期レイシフトが初めてだったは日に日に身体の重さを感じていた。

街にも仕事にも慣れてきてはいるものの慣れない経験での身体の負担は寝ただけでは拭えず、こうして匂いの力を借りて少しでも軽減している状態だ。
今日は柑橘類の香水なので邪魔にはならないと思っていたし、魔力を少し含めているので魔除けも兼ねている。その為、ギルガメッシュ王が望む刺激が減ってるかもしれないのだけど今日くらいは許してほしいと思った。


「スミマセン。気になるようでしたらもう少し距離を」
「構わん。嗅ぎ慣れないものだから気になっただけだ。つけているのは首だけか?」
「あと、手首に…っ!」
しかし、こういう匂いを不快に思う人がいるということも知っているので腰を浮かし、離れようとしたらギルガメッシュ王が腰に回していた手に力を入れ、引き戻された。
さっきよりも密着する腕にドキリとしていると王様の髪がの頬を撫でる。

くすぐったいような嬉しいような柔らかさに視線を泳がせていると、いきなり首筋を舐められ危うく声をあげそうになった。
驚き彼を見れば「フム。味は特にないのか」と唇を舐めている。は顔を真っ赤にして首を手で隠すと「職権乱用ですよ!」と藤丸達に聞こえない声で抗議した。

「フン。ただの戯れにそうカリカリするな。可愛げがないぞ」
「かっ……可愛げなんて……あった方がいいん、ですか?」

こっちは一応仕事として対応してるのにセクハラをされた気分だと思ってしまったが、ギルガメッシュ王なりのスキンシップなのかもしれない、と思い直し言葉に詰まった。
可愛くないよりは可愛い方がいいのはカルデアに入ってから十分思い知っている。自分の居場所があるのも奇跡なのでは?とたまに思うこともある。

当たり前だろう?といわんばかりの視線には髪を指に絡めては引っ張り赤い顔で何度か歯噛みをした後、藤丸達の背中を見て視線を戻した。


「ここでは恥ずかしいので、せめて2人きりの時にしてください」
「…それは俺を"誘っている"と同義と受け取るぞ」
「ここで襲われるよりはマシですから」

そのつもりはなかったけど、ギルガメッシュ王の言葉で自覚せざるえなかった。2人きりなら止める理由もない。嫌でもない。
いいのか?と聞いてきたギルガメッシュ王は「俺は獣か何かか?」と苦い顔をしたが赤い顔のを見てそれ以上いわず腰に手を回したまま次の粘土板に視線を落とした。


「その言葉、忘れるなよ。帰ったら時間を見繕う」


はたしてそんな時間を捻出できるのか不明だったが、発せられた言葉にはなんとなく力があり、は赤い顔のまま「はい。お待ちしてます」と同じく粘土板に視線を向けるのだった。