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グッバイ・ユーテラス



(21)

それはたまたまだった。
女神イシュタルを買収してウルクに戻る途中、少しだけ休憩したところに淀んだ吹き溜まりを見つけたのだ。

ギルガメッシュ王に魔力を分けてもらってから空腹の欲求は減ったので特に必要はなかったのだけど、1週間強毎日結晶採掘をしていたから見かけるとどうしても気になってしまう。
お腹の方もお腹がすいたかも、といっているように聞こえ、非常時の為にとっておこうと持っていた香水を使って結晶を採掘していた。

香水も香水で残り少ないからそれほど使えないのだけど、と結晶を掘り出すとその後ろに気配を感じ慌てて振り返った。そこにいたのは目を輝かせているイシュタルで、内心ヤバいところを見られた、と思ってしまった。


「なにこれ!魔石じゃない!!」
「魔石じゃないですよ。これは結晶でそこまで高度はないし」
「何いってんのよ!中に魔力が入ってるじゃない!これ、普通の宝石よりも価値があるわよ!!」

いうが早いか、イシュタルはから結晶を奪うと日に透かしきゃっきゃとはしゃいでいる。そんなたいしたものじゃないといえば彼女は興奮した顔で「だったらこれを私に寄越しなさい!」と強奪にかかった。
目がギラギラしていて引きそうになるがこちらも引けない理由があるので丁重に断った。

「ちょっと!私よ?!私がいっているんだから大人しく献上しなさい!」
「ごめん。それは無理。というか宝石たくさん貰ったのにまだ欲しいの?」
「それとこれとは別よ!あっちは愛でるもの!こっちは利用できるものだもの!!魔石はこれだけ?!」
「あ、うん。そぅ」
「それだけじゃないぞ!ウルクに戻ればさっきの手付金程の魔石があるとも!」

だから結晶は高度も威力も宝石に比べたら大したことないと説明しようとしたら、の肩に手を置いたマーリンが言葉を遮り嘘八百を並べ立て、は口を開けたまま固まり、イシュタルは目を輝かせ喜んだ。

「(ちょっとマーリン!どういうつもりよ!!そんなのあるわけないでしょう?!)」
「(そうなのかい?仕事終わりにコツコツと貯めていただろう?)」
「(貯めてたとしてもそこまでないです!)」
マーリンのローブを引っ張り高い頭を下げさせ内緒話をしたが白の魔術師はのほほんと得意げだ。コイツ、他人事だと思って…と苦い顔になったのはいうまでもない。

振り返れば嬉々として指折りしながら何かを計算しているイシュタルがいる。口から涎が見えなくもない。きっと幻覚だろう。うん。
は難しい顔で女神を見つめ、そしてマーリンをジト目で睨んだ。あったとしても全部お腹の中に消えてるから差し出しようもないのだ。


「ちょっとあなた達、何コソコソ話してるのよ」
「い、いえ、何にも…」
「ああそれはだね。イシュタルに魔石を渡したくても藤丸の手前どうだろうって話をしていたんだ。ホラ、一応藤丸と契約しているだろう?献上とはいえ、仲間と契約した女神にそんなことをしたら角が立つんじゃないかってね」
「マーリン?!」
「それもそうね。わかったわ。藤丸!あなたとの契約は一旦破棄するわ」
「「えええっ」」
「そのかわりと契約するから。どっちみち目的は一緒でしょ?」

だからどちらと契約してもいいじゃない、と朗らかに笑う女神に達は言葉をなくしたがマーリンだけは隠してもバレバレな顔で笑っていた。
Dr.ロマンのいっていることがだんだんわかってきた気がする。

人を振り回して楽しむマーリンを睨みながらウルクに戻れば、報告した途端ギルガメッシュ王が高笑いを始め、こっちも人を振り回して喜ぶ類だったと思い出した。
掌で踊っているイシュタルが余程面白かったらしく愉悦に浸っていたが、がマスターになったと知った途端ギルガメッシュ王の笑顔が消えた。

「…待て。貴様がと契約だと?」
「そうだ。、ついでだからアイツとのつがいも解消しなさい。アイツとつるんでてもろくなことがないわよ」

そしてこちらに振り返ったと思ったらイシュタルはギルガメッシュ王に名指しで暴露したのでも固まってしまった。後ろではマーリンが噴出している。


「あの、イシュタルさん、"つがい"とはどういうことでしょう?確かにさんとギルガメッシュ王は仲良くされていますが"つがい"とは一体…」
「ん?知らなかったの?とアイツは契約してるのよ。現にのお腹には」
「イ、イシュタル!!!ストップ!ストッ」
『うわああああああああああああああああああああっ!!!!』
「ドクター?!」

さすがにここで話すには場違い過ぎると思ってイシュタルを制しようとしたらどこからともなく嘆きの声が響き渡り藤丸が通信端末を見やった。
Dr.ロマン?とも驚き見やればマシュが気を遣って映像を展開する。しかしそこにいたのはDr.ロマンではなく笑いを堪えるダ・ヴィンチちゃんだった。

『話の腰を折ってすまない。ロマンは椅子から崩れ落ちて絶賛後悔とショックで床に臥せっていてね…いやなに、今迄妹のように可愛がっていた仲間が突然現れた誰かさんに奪われてしまった気分になっているんだよ。
あはははっロマン何だい?もっといってやれって?勇気があるなぁ。けどこれ以上はいわないぞ。無駄口は私の首が飛んでしまう』
『いってないよ!そんなこと!!』
『ちなみに私は賛成派だよ。時を越えるラブロマンスなんて物語にピッタリじゃないか!』
「…え、じゃあ、もしかして」
さんとギルガメッシュ王は…」

驚くというか頬を染める藤丸達にはなんともいえない顔で彼らが見ている先の王様を見やると、彼は呆れた顔で溜息を吐いた。


「隠す必要はなかったが時期が時期だからな。もその理由で戦線から外されるのは本意ではないと思い伏せていただけよ。それからイシュタル。何がついでだ。たかだか仮契約の分際ででしゃばるでない。
貴様こそどうせが作る結晶が目当てで契約したのであろう?あれは全部我のものだ。の髪の毛1本に至るまでな。よって貴様の手には塵ひとつも入らん。よく覚えておけ」

何か問題でもあるか?と威圧的に問うてくるギルガメッシュ王に藤丸は慌てた様子で「いえ、ないです!」と首を横に振っている。
それからわざわざイシュタルの地雷を踏み抜いて彼女を怒らせていることに最早感心さえした。

いっそ仲が良さげにさえ見えるがこれは後々聞くと藤丸ではなくと契約したことが気に食わなかったとのことだった。
喜ぶべきか迷うところだが、さらりとこっちのことを考えてくれてる言い方といい、こそばゆい気持ちになる。

「そういうも人が悪い。キミがお願いすればもっと早く藤丸達も認めてもらえたのに」

花の香りがして視線をやれば、胡散臭い魔術師は嫌味ともとれることを笑顔付きで言いのける。性格の悪さが浮き彫りになっているマーリンに今更それをいうかな?とムッとした顔で見返した。

「…何をいってるのマーリン。そんなことが必要なら藤丸はとっくにどこかの特異点で死んでるわよ。藤丸の実力を見誤らないでほしいわ。
それに、私がいわなくてもギルガメッシュ王は全部わかってるもの。それでご機嫌取りだなんて落胆させるだけだし、不必要な物言いはマイナスにしかならないわ」

そんなのまっぴらごめんだよ。と顔を逸らせば「それは失礼」と嬉しそうにマーリンが肩を竦めていた。
うちの藤丸は出来る子ですから、とマーリンに返したつもりだったがマーリンはわかった上で聞いてきたらしい。私が後で恥ずかしさで悶絶するとわかってる顔だ。
本当に性質が悪い。そう思っていたら何故か王様が私達の会話を拾い上げた。


「俺は構わんぞ。のご機嫌取りとやらに興味がある」
「は?…何をいって………」
「嘘の御託を並べられるのは首を撥ねたくなるほどムシが好かぬが、1ヶ月近くウルクに滞在しているのだ。我の輝かしい功績は十分に伝わっているだろう。存分に話せ」

存分にって…と顔を引き攣らせたのはいうまでもない。イシュタルも嫌そうに顔を歪ませている。
ただ喋るだけならまだしも前置きで『我が気に食わなければ首を撥ねる』といったのだ。これで肝が冷えない人間なんていないだろう。

王様を見れば、ニヤニヤと笑うばかりだ。絶対遊んでるな、とわかったがこちらに注がれる視線達にびくりと肩が跳ねる。そのせいで乗る必要はないはずなのに悩んでしまった。
称える言葉…称える言葉…と考えたがいかにも演技っぽくて嫌味っぽい言い回ししか出てこない。はぁ、と大きく深呼吸をしたはやけくそな気持ちでにっこり微笑んだ。なるがままよ。

「ギルガメッシュ王の威光はウルク全土、他の街に至るまで響き敬っていると思います。勿論、恐れも抱いていますが魔獣戦線を築いたあなたに賛同する者こそ残れど、反対する者などこの世に残っていないでしょう。ですが私は偉業を成しえていることよりも別のことに感謝をしているのです」
「…ほう。それは何だ?」
「お渡しした"忘れ形見"をちゃんと身につけていただけてることが何よりも嬉しいんです」

よくある詭弁を並べ、そして微笑みのまま目を細めた。ニヤニヤを引っ込めたギルガメッシュ王の瞳がわずかに見開く。しかしそれはすぐに細められ「はて。何のことだ?」ととぼけられた。

「お忘れですか?私の香水。効力もそこそこ長いんですよ」

魔法をかけているから、というのもあるが人差し指を立て鼻をさすとギルガメッシュ王は少し居心地悪そうに組んだ脚を組み替えた。


座っていたのと、同系色で見分けが少しつかなかったが腰に巻かれている赤い、真紅の布が見えた時はにんまり微笑んだ。
ギルガメッシュ王は隠していたつもりかもしれないがかけた香水はまだ効力が残っていて嗅ぎ取ることができる。

彼女の気持ちを汲んでくれた王様に「ありがとうございます」とふわりと、心底嬉しそうに礼を述べれば、ギルガメッシュ王は途端にムッとした顔でこちらを睨みつけてきた。予測してなかった反応に思わず肩が揺れる。

。さては貴様、我が話を振るまでこのことを伏せておくつもりだったな?」
「え?いえ、そういうわけでは」
「ならばなぜ気づいた時点で話を出さない!これでは我が道化みたいではないか!!」
「む、無理ですよ!さっき気づいたばかりなんですから!」

確かに匂いでわかったけどその匂いもここに入ってから気づいたものだ。真面目な話をしてる時に水をさせるわけないじゃないか!と困惑したがギルガメッシュ王はお構いなしだ。


「あーギルガメッシュ王。照れ隠しに癇癪を起こすのは良くない。が怖がるからね。それからも悪気があっていわなかったわけじゃないんだ。ただちょっと"はだかの王様"になっているギルガメッシュ王が面白くてだね」
「マーリン?!」
「黙れマーリン!貴様はの小姑か何かか!」

余計な口出しをするな!と両方から怒られたマーリンは「ごめんごめん」と謝りながらも口許はニヤついたままだ。この魔法使いろくなこと言わない…と内心戦々恐々したのはいうまでもない。
少し離れた場所では「ただの惚気話じゃない」とうんざりしたイシュタルの声が聞こえる。密林の女神の話になるのはもう少し後になりそうだ。

「ええい!、貴様は後で俺の元に来い!!みっちり褒美をくれてやるわ!」

本来緊張感のあるはずの場所で、どこか日常会話のような腑抜けた空気に"平和な人達ですね"とアナがこっそり溜息を吐いた。