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グッバイ・ユーテラス



(22) ※Attention参照

『ギルガメッシュ王が、死去されました』
ウルクでの訃報はエリドゥから帰ってきた達にも伝わり、急ぎその足でクタへと向かった。あまりにも唐突で、唐突過ぎては思考もままならないまま藤丸の後を追いかける。
脚は既に棒になっていて、息切れも激しい。何度かウルクの外に出て探索をしたけど日に日に溜まっていく疲労に弱音だけが腹の中に溜まっていく。

このまま地面に崩れ落ちてしまい気持ちを叱咤して手足に力を込める。前を歩く藤丸もマシュも弱音を吐いていないのだ。
経験値を考えれば前の2人の方が先輩だけど疲れないわけじゃない。ただ重石のような足を見るよりもしっかりと前を見ているだけだ。


はここに残りなさい」
「え、」
冥界下りの準備を整え、藤丸とマシュに死の香気に囚われないよう、魔力を含んだ自分の香水を吹き付けていればそんなことをいわれ驚き彼女を見やる。
驚いたのはだけではなく、マシュもで契約した魔術師と一緒の方が動きやすいのではないか?と進言したがイシュタルは首を横に振った。

「今回はを連れて行っても行かなくても同じことよ。だから連れて行かない。あなたはここに残って私達が失敗した時のフォローに回ってもらうわ」
「わ、わかりました。でも…」
「ダメったらダメよ。というか、連れてったらあの金ピカが喜ぶじゃない」

こっちがわざわざ骨折り損をしてるのにを見て嬉しそうに高笑いなんてされたら頭にくるでしょ!とむくれるイシュタルには小さく笑い彼女に向き合った。

「では、これを持って行ってください」

差し出したアミュレットには香水が含まれていて少しの魔除けにもなる。女神様には必要ないかもしれませんが…、と殊勝に言葉を連ねればイシュタルはの意思を汲んでくれ、礼と一緒に手首に巻きつけた。

「藤丸とマシュ、ギルガメッシュ王をよろしくお願いします」

心の底から願う言葉を紡げば、金星の女神はその名にふさわしい笑みを浮かべ、の額にキスを落とした。


*


「いや〜参った参った」
髪やローブについた土ぼこりを払いながらマーリンは疲れた顔でぼやいた。それなりに近くにいたケツァル・コアトルも同意をしながら肩を払っている。

先程自信満々の笑みを浮かべたイシュタルがクタに大穴をあけて冥界へと降りていったのだが視界に広がる穴の大きさに言葉をなくした。この穴、どうやって埋めるんだろう。
時代が修正されればこの穴もなかったことになると思うけど、それにしたって大き過ぎる。知っていたこととはいえ、市民がいなくて本当に良かった、と思ってしまった。

「さて、どうにかなるまでは我々も暇だな。よし、デートでもしようか!」
「お断りします」

ここに来て何を言い出すのこの人は、と呆れた目で隣を見上げると、マーリンは「何、少し話をするだけさ。変なことはしないよ」と更に疑わしい言葉を連ねてくる。
全てに裏がありそうな言い回しに苦い顔になったが、大穴の近くにいて誤って足を滑らせても良くないので少し離れた場所で待とう、ということになった。


少し見回ってくるというケツァル・コアトルを見送りは誰かの家のテーブル席に座り息を吐いた。思ったよりも身体が重い。このまま横になれたら泥のように眠れてしまいそうだ。
そのまま永眠しかねないのでできないが、と考えているとひょこっとマーリンが入り口から顔を出す。

「少し、いいかい?」
「少しなら、」
話がある、といいながらふらりと出て行ったマーリンを不思議に思ったが、戻ってきたところを見ると本当に話があるらしい。

藤丸達が帰ってくるまで少しかかるだろうからと目の前で膝をつく彼を見やった。
彼の目は少し苦手だ。それは今も変わっていない。存在としてはとても頼りにしてるし、信頼もしてる。言葉は正直信用に欠けるが、こちらを貶めようというよりはからかいの範囲なので呪詛を唱える程度にとどめている。

前に藤丸が『マーリンってあんな感じだけど結局悪い人じゃないんだよね』という結論を聞いてからもなんとなくそういう考えで彼を見るようにしているが、異性のせいか、マーリンが持つ夢魔としての雰囲気のせいか2人きりはどことなく落ち着かなかった。
お尻の辺りがムズムズする、みたいな感覚でソワソワとしているとを見つめていたマーリンがフッと目を細め「ギルガメッシュ王ならきっと大丈夫さ」と優しく諭した。


「……私、そんなに顔に出てる?」
「疲れもあるから多少はね。ウルクで聞いた時はそのまま倒れるんじゃないかっていうくらい真っ青だったよ」

マーリンもマーリンで狼狽していたのにこちらを確認する余裕はあったらしい。
「ウルクに残ってたら確実に卒倒してたわ」と肩を竦めるとマーリンはギルガメッシュ王が羨ましいと笑った。

「羨ましい?マーリンが?」
「重すぎる愛は遠慮したいが、純粋で一途に想う心は何よりも美しいと思うよ。それが他人へでもね」
「へぇ、」
「その顔は信じていない顔だな?うーん。少し苛めすぎてしまったかな」
信じてないというよりは、驚いたに近いのだけど白の魔術師は「にはもう少し優しくしようか」といってくれているのでそのまま流した。

「話は変わるが、最近、あの夢を見るかい?」
「"彼女"の夢?…それは見ていないわ」

を軽くノイローゼにさせる程頻繁に見ていた彼女の夢はウルクで生活するようになってから減り始め、今はほぼ見ていない。
夢を見る間もなく深い眠りに落ちて、そして早い起床時間と仕事に追われていて見た夢が飛ぶことも多かったからゼロではないにしろ記憶には残っていない。

カルデアにいる頃はどんなに寝不足でも忙しくても覚えていたのに不思議だ、と思っているとマーリンが魔術回路を確認したいといいだしたので不思議に思いながらも承諾した。
の膝に手を置きふわりと温かい風と共に花の匂いが鼻腔をくすぐる。

自分を包むような感覚に居住まいをただしたが「…なんとなく気づいてはいたが」と苦笑する声に引っ張られ視線を落とす。いいたいことは何となくわかっても肩を竦めて返した。


「やはり、その、"変"よね?私のお腹…」

見ても撫でてもこの世界に来てからなんら変わり映えしていないお腹だが、その実、中には相当量の魔力がつまっている。
勿論女神達の脅威にならない程度だが、結晶1個1個の量は大したことがなくとも数が数なので本来なら体形が変わるくらい摂取していた。

本来ならばの身体に溶けてもいいはずなのにマーリンに告げられた時同様魔力はそこに留まったままだ。自分もギルガメッシュ王も『子供』だと認識したけれどもしかしたらそれはただの勘違いでこの中には本当は『何もない』のかもしれない。

「まるで魔力の貯蔵庫だ。もし仮に…というか恐らく子を宿しているだろうけど…この魔力の渦の中で生き続けるのは難しいだろう」
「……」
「魔力を欲している根源は間違いなく腹の中にいる者だ。だが、身の丈に合わない力を手にしたせいで自ら欲した魔力に今にも溺れ死にそうになっている……さて、」
「はい」
「キミはこの子をどうしたい?」


かちりとあわされた視線には息を呑む。『子供じゃない』と思った途端マーリンに否定されて手足が冷えていく。
良かれと思って魔力を与え続けたのは自身だ。結果自分の手で我が子をその魔力で殺そうとしている。

貯蓄しているはずなのにそれでもお腹は空腹になり魔力を欲してくる。どこかで制限しなければいけなかったのにそうしなくてはいけない、という言葉を失念していた。

子を想うならここで殺してしまう方がいい、とマーリンが淡々と告げる。その言葉に憤りや悲しみが一気に噴き出し、そして消えていった。残るのは罪悪感のみだ。
見誤っていた。神様の血を少なからず継いでいるだろうから、満腹にしておけば心をかき乱されないからと驕っていたのだ。本来の力を考えず浮かれて過分に与え肥えさせた。

ぎゅっと拳を握りしめるとその手を覆うようにマーリンの白いけれど男性らしい骨ばった手が乗せられた。


「君が呼ばれたのはこの時代の者だが、繋がりは恐らく切れている。そしてそこにある子もギルガメッシュ王の千里眼では予見していなかったものだろう。だとすれば、ここでお腹の子と決別してもなんら問題はない」
「…っ!」
「いや、決別なんて仰々しく考えなくていい。そこにあるものはあくまで『魔力』であり『人』ではないのだからね」

『切り離す』で丁度いい。と言い換えたマーリンは身を固くするを解すように優しく言葉を紡ぐ。そして、

「わかっているだろうが歴史を修復し帰還する時に『その中のもの』は連れては行けない。そして、この時代の後継者は既に存在しているし"ギルガメッシュ王の子"も"替え"もいらないんだ」

優しさとは裏腹に辛辣な言葉がの耳に届く。いや、わかっていたくせにわざと理解しない私をマーリンが真綿で包むように現実を知らしめてくれてるだけだ。
この時代に降り立ち目にしているものは現実だけど、全てが過去のもので触れ合ったものは全て指から滑り落ち捉えることはできない。
ギルガメッシュ王と結ばれることも子を産むことも絵空事なのだ。

たまたまできてしまった不必要な子に親近感と自嘲した笑みが浮かぶ。
そういえば私が魔術師になれないとわかった時親は酷く落胆したっけ。と昔感じた忘れていた悲しみまで思い出してしまった。


「大丈夫よマーリン。そこは間違えたりしないわ。連れ帰ったせいでまた人理が歪むなんてさせたくないし……この子は私が責任をもって昇華する」

お腹を撫でながら、自責の念を笑顔で隠ししっかりと頷いた。
私達カルデアの目的は歴史の修復であって、一個人であるの望みなんてとるに足らないことだ。それに"彼女"との繋がりがなければここにいる理由も藤丸を助ける目印にもなれない。

ならば後は、このお腹のものを『魔力』として有効に使うしかないのだ。
そう頭で切り替えながらもの心は冷え、涙が出そうだった。