グッバイ・ユーテラス
(24)
ウルクに静寂が降りる。昼間の戦々恐々とした張り詰めた空気が少しなりをひそめ、戦士達は各々の時間を過ごしている。
夜が明ければまた戦争が始まる。歴史が壊されるか、打ち勝ち守れるかの瀬戸際の戦いだ。先程イシュタルが従えているグガランナの所在が掴めず、最終兵器の戦いが暗礁に乗り上げた。
ここにはもういないマーリンですら一目置いていた兵器の不在は痛手としかいいようがない。文字通り万策尽きてしまった状況に気落ちしたがその気持ちに蓋をしては走っていた。
カルデアにいた頃から誰かの下で働くのが性に合っていると思っていた。ただし、それは自分が認める上司がいてこそだが、ウルクは働き甲斐があると思える場所だった。
少し息を切らしジグラットを行ったり来たりしている。両手には粘土板を抱え滲んだ額の汗を拭った。
「さん、」
顔をあげればジグラットから出てくるマシュと藤丸がいて少し驚き歩み寄る。もしかして何かいい案でも浮かんで報告しに来たの?と聞くとそういうわけではないらしい。
「報告というか、ただ話に来ただけだよ」
ゆっくり話せるのも多分今日が最後だろうし、と零す藤丸に同意しながらジグラットの奥に視線を流す。人は大分減ってしまったが兵士達は絶えず報告を続け、ギルガメッシュ王もそれに応える形で動いている。その気配がここまで伝わってくる気がした。
「それはそれとして、さんはもしかしてギルガメッシュ王の手伝いを?」
「うっ…うん。まあ、シドゥリさんの代わりには程遠いけど、何かしてないと落ち着かないから」
視線をマシュに戻したが彼女の言葉に視線を泳がせる。何かしたかったのは本当だけど今ここで奔走しているのが正しいかは曖昧なところだ。
内心、王様と離れがたいと思っていることがバレたらどうしよう、と視線を忙しなく動かしていると「マシュ。そろそろ行こうか」と藤丸が声をかけホッと息を吐く。
「も早くギルガメッシュ王に会いたいだろうし」
「ち、ちが!ほ、報告よ報告!!」
忙し過ぎる王様の手伝いをしてるだけなんだから!と慌てて言い繕うと藤丸は笑って「でも結構お似合いだと思うよ。王様と」とまでいうから顔が真っ赤になった。
違う!と否定したかったが爆発しかかった感情はプスン、と空気が抜けたように萎み溜息と一緒に肩を落とした。
「似合わないわよ。別に……生きた時代も立場も全然違うもの」
「さん…」
「でも、それでいいのよ。私達がここでティアマトを食い止め時代を修復できれば万事解決だもの。ここでの経験もとても有益だったし"彼女"の想いもきっと報われるわ」
「…は、それでいいのか?」
の言葉を聞き、マシュは彼女の言葉に『自身の想いや感情は入っているのだろうか?』と疑問に思った。
そんなことはないのかもしれないが不意にそう感じて、そしてマシュの言葉を代弁する藤丸を見やると真っ直ぐを見つめている。
マシュも同じカルデアの仲間であり少しだけ先輩であるを見つめると愁いを帯びた笑顔で微笑んだ。そんな顔を見たのは多分初めてだろう。悲しいけれど仕方がない、そんな顔だった。
*
マシュ達の手前、大見得をきったが心のダメージが大きかった。それでいい、と言い切ったのにまさかそのまま同じ言葉を返されるとは思っていなかった。
自分がもだもだと悩んでいることを見透かされるなんて…藤丸、恐ろしい子。
藤丸達と別れ、ギルガメッシュ王がいる玉座に向かうとやはり忙しなく働いていて、またもや過労死するのでは?と恐れてしまう。これが最後の踏ん張りどころなのだろうけど後のことは考えているのだろうか。
シドゥリさんって偉大だったんだな、と心底感服しつつ少し離れたところで伺っていたら鋭い目線がギロリとこちらに向いた。
「何をしている!報告があるならさっさとしろ!」
手伝いたいといったのは貴様だぞ!と発破をかけてくるギルガメッシュ王にビクッと肩を揺らしたは慌てて持ってきた報告を述べ、渡された粘土板を持ってまたジグラットを後にした。