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見てはいけないものを見てしまった気がする。からかわれて半泣きとか嘘泣きなら見たことがあるけど、中学の時は負け知らずだった彼を、あんな綺麗な悔し涙を流す彼を見たことはなかった。


さん。これから黒子君を病院に連れて行くけどその前に包帯緩んでたから巻き直してくれる?」
「はい!」

海常高校との練習試合を終え、片付けを手伝っていたは相田先輩に声をかけられ選手達がいる場所へと向かった。
必要なら新しい包帯に替えてもいいというので救急箱を持って行くとジャージを羽織った黒子君と目が合った。

「テツヤ君。包帯確認させてもらっていい?」
「はい。お願いします」
「うおっ!いたのか黒子!」

それぞれ駄弁っていたがを視界に入れた小金井先輩が黒子君を呼ぼうとしたところで後ろから現れたので大いに驚いていた。わざとやってるなこの子。

本気なのか悪戯なのか、と短く息を吐いたは壁際まで連れてきた黒子君を座らせると立膝になり包帯を外した。


「痛みはどう?」
「特には…ないですね」
「少し熱持ってるみたいだけど冷えピタ貼っておく?」
「…多分大丈夫だと思います」

淡々と会話をしていたが妙に黒子君の対応が冷たい気がする。何かしただろうか、と彼を覗き見ると額にあてていた手を取られ「手、冷たすぎませんか?」と少し不満そうな顔で黒子君が見上げてきた。



「ああ、傷に触るかもと思ってその前に手を洗ってきたの。カーゼは外さなくていいよね?」
「はい」

包帯をとる前にアルコール除菌したのもあって不思議に思ったようだけど、念には念を入れだけだといって掴まれた手を引き抜き黒子君の頭に包帯を巻きつけた。

「…黄瀬君、泣いてましたね」
「そうだね。初めて見た」
「試合中、ずっとガン見してましたしね」
「うっ…」

勝ったのはボク達なのに…と、顔を逸らしがっかりだといわんばかりに肩を落として溜息を吐く黒子君に、はぎょっとして巻いていた包帯を落としてしまった。
話しかけてきたから答えただけだなのに…この子、まさかいじけているのか…?!

「ち、ちが!あれはたまたま…!」

むしろ、警戒して視界に入れたり意識して入れないようにしたりしていただけであって好意の『こ』の字もなかったのだけど、黒子君にいわれるとなんだか黄瀬君を恋的な意味で意識してるよう思われたようで怖かった。

包帯を拾い、垂れてしまった部分をどうしようか迷いつつそっぽを向いてる黒子君に「違うし、」と漏らしたは大きく息を吐いた。


「試合、ちゃんと観てたよ。火神君のダンクはちょっと怖いけど、先輩達凄かったし、日向先輩のシュートも格好良かったし、久しぶりに実験体にされたテツヤ君の技見れたし……試合で見るとあれえげつないね」

前はちゃんと追いかけられたのに何度か見失ったよ、と溜息を吐けばくりくりとしたガラス玉のような目がこちらに向いた。



「変わったとこもあるだろうけど、変わらないとこもあるんだからあんま無茶しちゃダメだよ」

特に自分の影が薄いとこ、と包帯を巻き終え、黒子君と目線を合わせれば彼は少しだけ驚いた顔でを見返した。

中学の頃は身長も似たり寄ったりだったけど今は黒子君の方が高い。彼の技だって動きまでは追えるけど手の動作は何をどうしたらそっちにボールが飛ぶのか全然見えないくらい鮮やかだ。

自分がバスケットを見なくなってからも黒子君はずっとバスケットを続けてきた。磨いてきた。1人ではどうにもできなくてもチームなら絶大な戦力だ。
黄瀬君は変わったというけど変わったのは身長と積み重ねた技術くらいだ。中身は殆ど変わっていない。


「テツヤ君は不死身じゃないんだから気を付けてね」

バスケしたいくせにケガして倒れるとか洒落にならん。しかもケガの具合ひとつでも試合にも出れなくなるんだから。バスケ好きならその辺も考えなよ、と立ち上がればそれを追いかけるように黒子君も立ち上がった。

「そうですね。気を付けます……あの、さん」
「ん?」
「吐き気はもうないんですか?」
「……お陰様で昼ご飯が無駄になったよ」

吐き気きても出るのは胃液だけですよ、と引きつった顔で返せば「すみません」と今更謝られた。


「緊張で黄瀬君を意識してるのはわかっていたんですが、なんとなく面白くなくて」
「それを素直に報告してくるの、テツヤ君だけだよ」

普通の人は思っててもいわないよ、と半分の腹立たしさと一緒に彼の脇腹にパンチしたのだった。




2019/06/04
黒子夢でもいいくらいには仲良しです。