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肉は嫌いじゃない。嫌いじゃないけど限度というものがあるだろう。青白い顔でトイレを出たはふらつく足でステーキ屋を出ると店の出入り口近くにある柱に寄りかかる火神と目が合った。

「よぉ。大丈夫か?顔真っ青だぞ」
「うん、まあ……先輩達は?」

条件反射で思わずビクッとしてしまったが火神は気にした様子もなく普通に話しかけてくる。も気を取り直して周りを見渡したら火神以外誰もいなくて首を傾げた。
どうやらがトイレに篭っている間に黒子君がいないことに気がついて探しに行ったらしい。


「最初はお前も一緒だろうから大丈夫だろっていってたんだけど、トイレに走ってくの見たからよ。それ教えたら慌てて探しに行っちまったんだわ」
「…それで、火神君は何でここに?」
「お前ならすぐ黒子を探せるんじゃねーかと思って」

黒子のお目付け役だったんだろ?と切り返す火神には軽く頭を押さえた。すぐは無理でしょ。この辺全然知らないし。
私は犬か何かか。と内心つっこみながらも携帯を開くと相田先輩からメールがあり黒子君の探索時間と集合場所が記載してあった。できれば探したくないんだよな。


「じゃ、とりあえず探しに行こうか…」

溜息と一緒に歩き出せば火神もゆったりとした足取りでの歩調に合わせてくる。2人の距離感は人が1人、黒子君が入りそうなくらいの距離感だ。なんとなくだけど多分気をつかってくれてるんだろう。



「本当にあのステーキ全部食べたの?」
「ああ」

話くらい普通にした方がいいよね、と思い先程の分厚い殺人ステーキを思い出し聞いてみたら平気な顔で返された。食べ過ぎたとか気持ち悪いとかという表情がこれっぽっちもなくて引く。

あの充満する肉の匂いと黒子くん達のステーキをリスの様に頬張りながら食べる火神を思い出しうっと口を押さえれば「大丈夫か?」とやや引け腰に心配された。

「今のところ大丈夫…」
「お前、もしかして菜食主義者?」
「…違うけど……」
「外の空気吸いに行ったと思ったらトイレに直行しただろ?」

肉が嫌いなのかと思ったぜ、とよくもまあ見ていたものだ、と内心感心したがあまり嬉しくない気持ちにもなって何とも言えない顔で「あーそれはね」と頬を掻いた。


「外へ出たらキセリョがいたのよ」
「キセリョ?」
「海常の黄瀬君」

食べきれないという負の空気と充満する肉の匂いに完璧にやられたは早々にリタイアした黒子君に付き添われてお店の外に出たのだけど、出入口のすぐ目の前で海常の制服に身を包んだ黄瀬君がガードレールに腰掛け待っていたのだ。

ギリギリのところで抑えていた吐き気はゲージを振り切りは店内のトイレへと逃げ込んだのだけど黒子君はそのまま黄瀬君に連れていかれたらしい。



「んだよ。だったら待ってればいいじゃねぇか、黒子の奴」
「や、黒子君は気をつかってくれたんだよ」

まだふらつく足取りを見て火神が文句を言ったが、が重い溜息と一緒に「昔さ、」と、さもどうでもよさげに話を切り出した。


「キセリョのファンみたいなことしてたんだよね。あの人の見た目とか女の子にそれとなく優しいとことか…まあ若気の至りだったんだけど…で、そのファンっていうのが私以外にもたくさん、思った以上に数があってさ。それぞれグループもできてたわけ」
「……お、おう」

「私はどちらかといえばにわかファンだったからその辺と距離とってたんだけど、同じファンだった友達が巻き込まれるわ過激派が抗争みたいなこと始めちゃってど修羅場になったんだよね」
「……」
「友達は"元"友達になるし私も人間不信になっちゃってキセリョを見るとそれ思い出して身体が拒否反応起こすんだ…」


この昔の話を知っているのは黒子君しかいない。何でここで火神に話そうと思ったのかは自分にも理解できなかったけど、ただ何となく喋ってもいいかな、と思ったまでだ。



なるべく重すぎないように簡潔に喋ってみたが手の震えは半端ないし目も涙目だ。零れそうになる涙を火神に見えないように拭うと「なんつーか、」と困ったような声が聞こえ少しだけ彼を見やる。

「大変だったんだな」
「まぁね」
「黄瀬の良さはいまいちわかんねーけど」
「でしょうね」
「抗争とかマジ意味わかんねーけど」
「私もだよ」
「つーか、大丈夫なのかよ。こっから大会ばっかだぜ?」

ことあるごとに必ず黄瀬と顔合わせることになるぞ、と眉を顰める火神に「ダメかも」と弱音を吐いた。

「現に今体重ガンガン落ちてるんだよね…このまま夏に入ったら確実に倒れると思う」


黄瀬君のことがなくても体力の限界が近いから多分もうダメなんじゃないかなと考えている。

「体力つけるとかなんとかしねーのか?」
「しても同じくらいリバースしてたら意味なくない?」
「……」
「黒子君に恩があるから多分まだ辞めないけど、フルで手伝うのは無理かもしんない」

相田先輩の補助程度だから要点さえ押さえればもう少し効率がよくなるかもだけど今のところ仕事を覚えるので手一杯だ。
でもまあ、試合の時はマネージャーなんていてもいなくても良さそうなことをいってた気がするからそれが実現すれば黄瀬君を見る機会が減ってもう少し頑張れるかもしれない。



「黒子に"恩"って?」
「人間不信になった時助けてもらったの」

生きてることも面倒になってたから付き合ってくれた黒子君の心労は計り知れないものだっただろう。

あの頃くらいから自分も部活で大変だったのによくやったよね、と少し思い耽っているとポン、と頭の上に手が下りてきた。
顔をあげれば火神が前を向いたまま何か考えるように口を尖らせた後、何度か空気を噛む仕草をする。言葉を選んでいるようだ。


「ま、無理すんなよ」
「うん、わかってる」
「……黒子だけじゃなくて、俺や他のみんなもお前がいてくれて助かってるのは確かだから…できれば辞めんなよ」

前を向いたままの火神がそんなことをいってかき混ぜるようにの髪を撫でるとそのまま1人でずんずんと歩いて行く。

その背中はまるで照れ隠しの様に見えて何度か瞬きしたが、言葉を理解するよりも先に顔の温度がやたらと上がって、はしばらくその場に立ち尽くしてしまった。





2019/06/05
嫌われ系には行かないですが逆ハーレムも道のりが遠いという…。