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ゴールデンウイークも間近に差し迫りみんなが浮足立つ中、は朝から緊張していた。久しぶりに人前で号泣してしまった。
それもそのはずで海常に行って黄瀬君を見る羽目になったどころか声かけられて肩まで触られたのだ。

めちゃくちゃ普通だった。
私のことは覚えてなさそうだったけど。

以前、誠凛に彼が来た時本当に心臓が止まるかと思ったのだ。そんなことなどないと分かっていても黄瀬君は私をシメに来たんじゃないかと思った。学校からもこの世界からも追い出すために来たんじゃないかと。


これは私の酷い妄想だとわかってる。だって黄瀬君とろくに話したことはなかったのだ。
あの頃の自分は鏡を見るのも憚れるほどのデブだったし彼を前にすると挙動不審になる気持ちの悪い人間だった。

見た目が可愛ければまだその挙動不審も大目に見てもらえるだろう。しかし残念ながらの顔面偏差値は体格も相まってマイナス方面だ。そんな自分を思い返すだけでお腹が痛む。

中3の終盤くらいにストレス過多で激痩せして大分動きやすくなったけど、今度は痩せすぎて虚弱体質になったし、肌もあまり綺麗じゃないしクマもすぐに出るくらい体調の変化が激しいのが今の私だ。

どっちに転んでも残念な自分なのは自負してる。


そんな負け犬根性だったのもありその前の精神的疲労でギリギリだったのメンタルは黄瀬君の優しさで崩壊した。
嬉しくなかったのか?といわれたら前の自分なら嬉しいのかもしれないけど、あの時はただただ怖かった。



授業がひとまず終わり、席を立ったは移動教室用に教科書類を持って席を立つとドアとは反対の窓側へと向かった。教室の1番後ろの角の席では安らかな寝息が2つ、すよすよと聞こえる。

「うご!」
「う゛っ」

教科書の背の部分で火神の首を刺し、黒子君の肩を強めに叩けば2人は変な声をあげ身を起こした。

「おはよ。次移動教室だよ」
「…おはようございます」
っテメー普通に起こせねぇのかよ!」
「今迄いくら普通に起こしても全然起きてくれなかったのはどこのどちら様でしょうね?」

まだ眠そうに返す黒子君とは裏腹に首を押さえて怒る火神はばっちり起きたようだ。痛かったんだろうけど。

火神は席に座っても大きいけど今は見下ろす形だからそこまで怖くないな、と確認して「相田先輩に相談したら"起きなかったら叩いても良し!"という許可を貰ったのでそれを実行したまでです」と見上げる形で睨みつける火神に返すと奴の眉間の皺が更に増えた。

相田先輩がそう言えっていったから言ってみたけど擦り付けてる気分になって心苦しいな。


「マジかよ…」
「それでも起きないようならハリセン用意するっていってたから」
「……」
「あと、昼休み入ったら1年全員集合だって」
「何かあるんですか?」
「さあ。メールには何もなかったから後でいうんじゃないかな」

覚醒した黒子君には肩を竦めて返すと火神は「面倒くせーな」といって机を漁りだした。これなら大丈夫だろうと1人教室を出ようとすると同じクラスの女子に話しかけられた。



さん、凄いね。火神君怖くないの?」
さんって男バスのマネージャーって本当?」
「う、うん…そうだけど、」

思ってもみないタイミングで話しかけられ顔を強張らせたが彼女達は裏のなさそうな顔で「へぇ。凄いね」とよくわからない誉め言葉を寄越した。

「火神君って人寄せ付けない感じあったけど普通に話してくれるんだね」
「ちょっと怖いけど、なんかいいよね」

なんかよくわからないけど火神は褒められているらしい。私が聞いて良かったのだろうか、と思っていたら彼女達の視線がの後ろに向き、「じゃあ」と手を振って小走りで教室を後にした。


「何してんだよ。行かねぇのか?」

振り返れば案の定火神と黒子君が立っていてなんとなく一緒に教室を出ることとなった。
火神がでかいから横並びしたくないんだけど黒子君を挟んだ横並びはなんとなくしっくりくるような気がしてはどうしたものかな、と天井を見上げた。


「あ、いい忘れてたけどごめんね。あとありがとう」
「は?……あーまあいいけど」

つか、それ起こす前に先にいう話じゃね?と火神につっこまれたがそれは聞かなかったことにした。だって寝てる相手にいったところで聞こえないだろうし。

さん。クマが凄いことになってますよ。大丈夫ですか?」
「だいじょばないけど寝て授業おいて行かれるの嫌だし」
「ある意味お前も体力限界まで使ったから疲れ溜まってんじゃねーの?」

大人しく寝た方がよくないか?と悪魔のささやきをする火神にこいつは控えているテストのことをわかっているんだろうか、と思った。わかってなさそうだな。



「別に授業で寝なくても相田先輩に許可貰って昼休み丸々寝ることにしたから問題ないよ」
「え、何だそりゃ。ズリーな」

昼休みに何があるかはわからないけど朝礼ジャック爆弾宣言をやらせるような先輩だ。あまり楽しそうな催しじゃなさそうだよね、と肩を竦めると3人一緒に欠伸をかいたのだった。


放課後、昼休みの顛末を聞いて心底参加しなくて良かったーと思いつつ何故か自分の分のごった煮カツサンドを手渡され、火神に文句を言われたのはまた別の話。




2019/06/07
見てる時は適当に流してたけどこの回まだ4月だったんですね。