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「私、屋台以外でお好み焼き食べるの初めて」
「え、マジで?」
とりあえず会場も施錠されるし休憩も兼ねて腹ごなししよう、ということになり、傘をさして移動していればお好み焼き屋さんに辿り着いた。
昔屋台で食べたお好み焼きは焦げすぎててソースが濃くてあまりいい思い出がない。その為少し敬遠してたけどお店のお好み焼きは美味しいのだろうか。
そんなの話を聞いていた降旗君が「家では食べないの?」と聞いてきたのでなんともいえない顔で肩を竦めた。
「うちの親、大体のものは普通なんだけどお好み焼きとかたこ焼き作ると別の物体になるんだよね…」
一言でいえば食べ物じゃない。そう言いきると何故か日向先輩と小金井先輩に「わかる」と肩を叩かれた。どういうことだろうか。
「というかテツヤ君、頬はもう大丈夫?腫れてない?」
「はい。口の中を少し切りましたがもう止まりました。さんこそまだ少し目が腫れてますけど冷やさなくて大丈夫ですか?」
「私も大丈夫。まあちょっと見苦しいかもしれないけど」
「そんなことありませんよ」
赤みは消えたとはいえ、火神に結構本気で殴られてたので冷やすかどうか聞くと、逆に心配されてしまった。
ほぼ初対面の緑間君にすら指摘されたくらいだ。余程赤いらしい。鏡で見た時はそうでもないと思ったけど他人からすれば気になって仕方ないのだろうか。
顔を洗うくらいじゃダメだったか、と力なく笑うと黒子君が「さんがたくさん応援してくれたから勝てたんですよ」とこっちが気恥ずかしくなるようなことをいうのでなんだか改まってしまった。
「つーか、頭の上でごちゃごちゃ喋んなよ!その前に俺の心配しろよおめーら!」
もじもじと「勝てて良かったね」と褒め合っていると不満げな声が足元から聞こえたが黒子君が引っ張ったと同時にどこかにぶつけたらしく、火神は悲鳴のような声をあげた。
先に店内に入った相田先輩が人数を告げると店員さんの渋る声が聞こえた。もしかして入れないかな?と暖簾をめくると結構賑わっていてギリギリメンバーが入るか入らないかくらいの空き数だった。
「あ、」
「座敷の方詰めれば座ってもいいっていうからみんな行儀よくするのよ!」
が目を留めたと同時に相田先輩からOKがおりたのでぞろぞろ店内に入ると、半分泥だらけの火神が店内でひときわ目立つ2人を見つけ声をあげた。
「黄瀬と笠松!!」
「呼び捨てかおい!」
いっちゃったよ…。
はぁ、と重い溜息を吐けば黒子君が目配せをしてきたのでそれを肩をあげて返し店内へと入る。
座敷に向かう途中見なきゃいいのに黄瀬君を見てしまい、それに気づいた彼は愛想よく微笑み手を振ってくれた。どこぞのアイドル様だ。
そういえば中学の頃は視界にすら入ってなかった気がするぞ、と遠い記憶を掘り起こしつつ軽く会釈だけして座敷に逃げ込めば小金井先輩にメニューを手渡された。
「い、いえ。私もう今日は食べれないんで」
「え、マジで?お好み焼き食べたがってたじゃん」
「それは、またの機会に…」
多分食べたら全部もんじゃ焼きになりそうな気がして青白い顔でメニューを返すとテーブル席にいる黄瀬君をちらりと見やり「お前も大変だな」と同情された。私も悔しいです。
「マネージャー。使えるタオルねぇ?」
水戸部先輩が壁席に入ってくれたので小金井先輩の隣でお冷を飲んでいると泥だらけの顔を洗ったらしい火神がやってきてタオルを所望してきた。どうやら自分のは泥だらけで使えないらしい。
確かまだ使ってない予備のタオルがあったはず、と思ったはそれを取り出して火神に渡そうとしたのが丁度こめかみから泥水が垂れ下がり残念そうに眉をひそめた。
「やり直し」
「えっ何でだよ!」
「髪にも泥がついてる」
「…んなこといったって洗面所低いんだよ…」
頭まで洗えねぇ、と嘆く火神に溜息を吐いたは、靴を履くと「手伝ってあげるからさっさと行く」といって火神の背中を押した。店内の奥にあるトイレは女性用と男女共用があって少しホッとした。
火神を共用トイレに押しこむとより一層部屋が狭く感じる。
とりあえず中腰で屈んでもらったが確かに自分で汚れを落とすには限界があると思った。これじゃ鏡を見るどころか水をすくって髪を洗うこともできないわ。
「この体勢つれーから早くしてくんねーか?」
「わかった。冷たいけど我慢してよ」
なんか洗面所に土下座してるみたいだな、と思いつつも蛇口を捻って出した水をすくい火神の髪に撫でつけた。その冷たさにビクッと火神の肩が揺れた気がした。
何度か繰り返していくうちに彼の髪の毛がしっとり濡れて水滴と一緒に泥水も排水溝に流れていく。思ったより汚れてるなこれ。
「なぁ、まだか?」
「もうちょい我慢して」
少し濡らす面積を増やすと「げ、」と火神の声が聞こえたが素知らぬフリをして彼の髪についた泥を洗い流した。軽く髪を絞りタオルを差し出すとそれを頭にかけ、腰を伸ばすように身体を起こした。
「腰、マジいってぇ。下手な練習よりいてーぞこれ」
「そりゃ試合後だしね」
頭を拭いてる火神の横で水浸しになった洗面台をペーパータオルで拭いたは綺麗になったことを確認してゴミ箱にそれを捨てた。
「そういえば、黒子君に殴られたとこ大丈夫?」
「おっそ!今更聞くのかよ」
「大丈夫ならいいんだ」
「なんも答えてねーよ!」
なんなのお前!と嘆く火神にちょっと面白くなってきたな、と彼を見上げれば乱暴に髪をかき混ぜられた。
「なっ!ひどっ」
「酷いのはどっちだっつーの!」
お前、黒子に似てきたんじゃねーか?と顔を歪める火神には「えー」といいつつも「そんなことありませんよ」と黒子君ぽい口調で返した。
「その口調と顔マジやめろ。殴りたくなる」
「あれ。似てなかった?」
「似てる上に更にムカつく顔になってんだよ、お前」
自覚ねーのかよ!とつっこまれ思わず噴き出した。火神は反応が良くていいなぁ。面白いしちょっと羨ましい。
しかし、自分の笑顔は残念なことを思い出し慌てて口を隠すと髪を拭いていた火神が鏡越しにに呼び掛けた。
「ずっと気になってたんだけどよ。お前何で黒子の呼び方わけてんだ?」
「あーそれは………とても複雑な事情があるのですよ」
複雑というかある一点というか。黒子君はどんなに仲良くなっても基本は苗字呼びだ。部活の仲間も小学校からの友達も変わらない。
もその同じカテゴリの中に入っていたのだがいつの間にか名前呼びになっていた。しかもの呼び方まで強要されたし。
嫌ではないけどテツヤ君より黒子君の方がしっくりくるんだよね、と零せば鏡越しに見ている火神が「そういうもんか?」と首を傾げた。
店内に戻ると黒子君や黄瀬君の視線がこっちに向きぎょっとした。そそくさと座敷の席に戻ると斜め後ろの方で椅子を引く音が聞こえ、そして「ぎゃあ!」と火神の悲鳴が聞こえてくる。
「すみません。水をかけてしまいました」
「び、ビックリさせんなよ」
「あはは。黒子っち今のわざとでしょ」
機嫌悪い顔してるっスよね〜と笑う黄瀬君の声をBGMには地蔵のように表情と心を無にして先輩達の話に耳を傾けた。
まだメニューに迷っている水戸部先輩を眺めているとガラリと引き戸が開き先輩達の視線が出入口に向く。もなんとなく視線をやればオレンジのジャージが目に入った。あれ、あのジャージって。
「何でお前らここに?つか他は?」
「いやぁ、真ちゃんが泣き崩れてる間に先輩達とはぐれちゃってぇ」
「おい!」
こちらも長身の緑間君と黒子君を長々と苦しめた高尾君がこの店内に入ってきた。どうやら他の選手はいないらしい。
泣き崩れてたの?と言葉をそのまま受け止め緑間君を見やれば彼もに気づいたようでばっちり目が合った。
その眼力の強さにの肩が揺れたが視線はあっちが先に逸らした。なんかバツが悪そうな顔をしてるのは気のせいだろうか。
不機嫌そうに眉を顰めた緑間君は早々に店を出て行ってしまったが、外の暴風雨ですぐに舞い戻ってきたのはまた別の話。ご愁傷様である。
2019/06/08
淡々と進めて参ります。