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最初は相田先輩にストレッチやランニングを勧められたんだけどどれもろくに続けられなかった。自分は根っからのインドア文化部だったようで己の身体と脳に『運動』という項目を入ることはなかった。
一応真面目に走ったりしてみたけど3日で諦めた(3日目が雨だった)。

さん持続力あるけどスイッチ入るまでが長いみたいなのよね。あと根本的に運動嫌いでしょ」
「返す言葉もございません」
「…まぁいいわ。体力がないっていうよりはさんの場合メンタルの不安定さからくる体調不良だもの」


見た感じ数値は平均くらいはあるしね、とドラゴ〇ボールのスカウターやゲームのステイタス画面を見ているかのようなセリフに羨ましいような何とも言えない顔で「すみません」と謝った。

「その分2号の散歩で落ちた体力戻せるように頑張ってもらうからそのつもりでいるように!」
「はい…!」

そんな話をつい先日したのだけどの体力はあっさり底をついた。



見上げれば大きな木と晴れやかな空が映る。さわさわと揺れる木々の隙間からは柔らかな光が差し込んでとても長閑な時間に思えた。
本日はスポーツジムで体力強化トレーニングをしている。その近くの公園では木陰にあるベンチでひっそりと休んでいた。

連日の練習で日々体力が削られていたが公式試合、テストという前半の大きな山場を抜けて少しだけ気を抜いたのだろう。
そして元々黄瀬君の件でトラウマが発動し体力的にも精神的にもギリギリだったから余計にガタがきたのだ。

朝集合場所であるジムに辿り着いたまでは良かったがそこで力尽きたのは言うまでもない。


「(でも、これはこれで助かったかも…)」

今日は水中練習で全員水着持参だったのだ。勿論プールに入るのは選手だけで相田先輩は入らない…だろう。
後で時間が余ったら水遊び(というなの練習)をするとかいってたからもしかしたら入るのかもしれないけど基本は選手だけ。

はといえば、絶対に入りたくないし水着なんかこれっぽっちも着たくない。なのでこの体調不良は少しだけラッキーだった。

「(いやでも、夏の体育の授業に絶対プールあるよね…)」

そう考えると今日のプール以上に憂鬱で仕方なかった。



「ワン!」
「うん?元気づけてくれてるの?ありがと」

足元を見ればお行儀よく座るテツヤ2号がを見上げている。手伝いができないのにそこにいるのも憚れて外の空気に当たってくるといったらお目付け役に2号を連れて行くように、と黒子君から預かったのだ。

彼に似た瞳の可愛いワンコの頭を撫でてあげれば嬉しそうに尻尾を振ってその場をぐるぐる回ってから一気にダッシュする。早い早い。

「あんまり遠くに行っちゃだめだよー」
「ワン!」


日向先輩がいうように2号は人の言葉がわかるようだ。なんて賢い子だ。なんだか自分の弟か子供のような誇らしげな気持ちになって頷いているといきなり座っていたベンチが揺れた。

ギシ、とパイプと木が軋む音に驚き隣を見やると夏でもないのに既に黒々と日焼けをした青年が気だるげに座っている。その人物にはぎょっと目を見開いた。

「あぁ?何見てんだよ」
「す、すみません…!」

見つめられた視線を鬱陶しそうに眉を寄せると不機嫌な声と一緒にを睨んだ。睨まれたは何センチか飛びあがったがその場から逃げれるだけの勢いも元気も度胸もなかった。
というか、逆に委縮して動けなくなった。な、なんでいるの…?


今自分の隣に尊大な態度で座っているのは間違いなく青峰大輝だ。
あれ、この人どこの高校に行ったっけ?ここにいるってことは東京??いやそれよりも何でこの公園のこのベンチに座ってるの?!



スポーツジムと併設されてる公園はマラソンコースもあってそこそこの大きさがある。少し先にはアスレチック広場もあるしベンチだってそこらかしこにあるのだ。
それなのになぜ、ここのベンチを選んだの?!

マジ意味わからなんですけど、と緊張した面持ちで視線を隣に向ければ不機嫌な不良がこちらを睨んでいて心臓がこれでもかと跳ねた。


「あ、あの、お、お菓子食べますか?!」
「はあ?いらねーよ」

ちっがーう!何がお菓子だよ!ないよ!持ってないよ!いや、ス〇ッカーズはあったわ!そうじゃなくて!
怖すぎて思わず昔の悪癖出ちゃったよ!!ホラめちゃくちゃ不審な目で見てるじゃん!気味悪そうに見てるじゃん!私恥ずかしいじゃん!この人お菓子大好きな人じゃないじゃん!!


「お前、どっかで会ったことあるか?」
「……………………ないです、全然」

突き刺すような眼光と疑う視線にはサッと視線を逸らし嘘をついた。前を見れば少し離れた場所に2号が伺うようにこっちを見ている。うん、隣の人怖いもんね。私も怖い。
お前はそこで休んでて、私に何かあったら逃げるんだよ。と念で一方的に会話をして携帯の時間を確認した。プール練習はまだ前半くらいだろうか。

一気に正気に戻されたはどうしたものかと悩んだ。隣の人物は「あーだりぃ…」とぼやいている。ああ、お腹がキリキリしてきた。

な、何か、気を紛らせられるものは…とぐるぐるする気持ちを抑え、ポケットを探るとそこには触り慣れた四角い物体が入っていた。そうだ。ゲームをしよう。



現実逃避というなかれ。これも自己防衛の一種だ。手持ちの愛機PSPを取り出したはスイッチを入れゲームを起動した。

部活に入ってからめっきり触れてないけど新しい報酬が出たのでなるべくプレイしているのだ。
本当は具合が悪い時にやるものでもないんだけど隣の存在を忘れるには丁度いいと思い、気持ちをを切り替えゲームに集中した。

こいつ結構強い。ひと狩り行こうぜ!と勢いよく叩きに行ったはいいけどモンスターの外装がこれまたかったいのだ。

持久戦になるかもなぁ、と思いつつ一旦距離を取り地形を確認して窪んだ場所まで誘い込むと崖を上り爆弾を散々投げつけ下に降りて足元を崩していく。
このタイプはゲージが減るまであまり攻撃してこないので交互にこなしつつ…そんなことを考えながらボタンを押していると視界の端に髪の毛が見え、画面から視線を外した。


「それ、おもしれーのか?」
「え、」

気づけば何故かとてつもない距離で青峰君がの手元を覗き込んでいる。そのことにぎょっとして身を放したら「ちょっと貸せよ」とジャイアンよろしくな感じでのPSPを奪っていった。う、嘘でしょ…。

「あ、あの、それは」
「ここを押してればいいのか?」
「え、あ、はい……あ、そこじゃなくてそこは□を…ひょ!」

ぎゃあああっモンスターに抉られたああああっいきなり真っ赤になるゲージには変な声をあげ顔を真っ青にさせた。
こ、このステージに来るまで2日かかったのに…!以前なら2日なんて大したことないけど今は2日は大きな時間である。

青峰君はカチャカチャと不慣れな感じでボタンを押してモンスターを戦っていたがやってもやってもうまくいかず、むしろモンスターに追い詰められボコ殴りされていた。か、神様…っ



「チッつまんねー」
「いやあああああああああっ!」

ヤバい、このままだと死ぬ、と思ったところで青峰君は舌打ちと一緒にPSPをペッと遠くに投げ捨てた。そっちは芝生でも地面なんですけどおおおおおっ!

私のなけなしのお小遣いで買ったPSPがあ!!と悲鳴交じりに声を上げると素早く走って行った2号がこれまた華麗にPSPをキャッチしてくれ、地面粉砕はなんとか免れた。


「あ、ありがとう…本当にありがとうね」

涙目で帰ってきた2号の頭を撫でつつお礼をいうと自分のPSPを見やった。うん。牙キズとよだれ塗れが輝かしいね。
『DEAD』画面に落ち込みつつもハンドタオルで涎を拭いていると「あ、」と隣のジャイアンが何か思い出したような声をあげた。


「お前、太もも女か!」
「…………は?」

何その太もも女とかいうダサいネーミングは。
費やした時間を無駄にされたこととPSPを壊されそうになった悲しみと苛立ちでジト目で隣のジャイアンを見ると彼は目がいいはずなのに鼻先迄顔を近づけ、「やっぱそうじゃねぇか!」と納得していた。

「いや、私そんな名前じゃないんですけど」
「あーそれは俺が勝手につけたんだよ。お前の名前知らねーし」
「……」
「つか、見ねぇうちに随分痩せたんじゃね?」

前はこんなだったもんな、と手でジェスチャーするジャイアンにはいいようのない不快感を露に彼を睨んだ。そこまで太ってなかったわよ。



「ま、いいや。すっきりしたことだし久しぶりに膝貸せよ」
「は?なん…ちょっと、誰がいいって」

いうが早いかジャイアンはの太ももの上にごろんと横になり頭を乗せてきた。私、いいなんて一言もいってないんですけど。

「ちょっと、」
「俺がここで眠りてーんだ。だから膝貸せ」


はあああああ?!何言っちゃってるのこの俺様!?
ウキー!と脳内でサルが怒りの声を上げこのまま落としてやろうかと手を彼の下に差し込めばバチン、と彼の目が開きかち合った。しまった。動けない。

短い時間で積み重ねられた怒りは勿論本物で相手が別だったら振り落とすことも声に出して文句を言うこともできただろう。

しかし目の前の彼は、この眼力では言葉を飲み込むことしかできない。本能でケンカをしたら絶対に負けるとわかったからだ。それが言葉だろうと暴力だろうと。


それくらい怖いだのと、逆らってはいけないのだと警報を鳴らしてくる目でを見ているのだ。ごくりと喉を鳴らすと見上げているにも関わらず、彼は不敵に笑ってこうのたまった。

「テメーはさらっさら俺の好みじゃねぇが、その目がムカつくくらい気に入ってんだよ」
「……」
「その目、俺と同じ目だ」


目の前のことに絶望して全てが嫌になった…そんな目だ。そこまで言い放った青峰君はゆっくり瞼を閉じるとゆっくり息を吐く。本当に寝るつもりらしい。寝る顔も眉間に皺寄せるとか穏やかじゃない顔だ。



「……(しまった…)」

この人に別人だって言い張るの忘れてた。そんな今更のことを思い出し頭を垂れる。
足元を見れば邪魔だといわんばかりに落とされたのバッグの中身が散乱しているのが見えた。最悪だ。

は膝の上ですやすやと眠る憎々しい顔を見つめながら今日一番の重い溜息を吐いたのだった。




2019/06/10
逆算すると謎の日らしいですね。この回。
でもプールに浮かぶ黒子とおっぱい対決のくだりは好きです。