24


倒れたがその後目を覚ましたのは次の日の正午を過ぎた辺りだった。天気は相変わらず快晴で殺人的な日差しで照り付けてくるが動けない程ではない。

顧問の武田先生の許可が下りたは溜まっているタオルやらの洗濯物を洗い、いつもよりもゆっくりとしたペースで干した。
合間に水分補給という名の休憩をとりつつぼんやり過ごしていたら、あっという間に夕飯の時間になってしまった。


さん!」


食堂に入ってきた選手達に気がつき視線をやれば、同じくらいに気づいた黒子君が眠そうだった目をパッと見開き駆け寄ってくる。

そこまで声を張り上げなかったものの同じように気づいた誠凛の面々が続々とに駆け寄り体調はどうだの生きてて良かっただのと復帰を喜んでくれた。少し照れくさいな。


「体調はもういいのか?」
「はい。大分調子いいです。武田先生にもOKもらいました」
「そうか」

まだ少し心配そうに声をかけてくれた日向先輩に口元をつり上げると納得してくれたようで「こういう無茶はもうすんじゃねぇぞ」と少し強めに頭を撫でられた。ご心配おかけしました。



「それでさん、そのエプロンは…」

ウズウズと話しかけたい雰囲気を出してくる黒子君に破顔して「昨日休んじゃったから夕飯は手伝って挽回しようと思って」といったら一部から歓声が上がった。


「ありがとう!ありがとうマネージャー!!」
「それでこそ!女神様!!」
「俺、泣きそうなんだけど…!」


涙ぐむ小金井先輩にどうしたらいいのかと苦笑していれば後ろにただならない気配を感じ肩を揺らせた。

振り返ればにっこり微笑んでいるのに纏う空気が冷たいというか不穏、という言葉がよく似合うリコ先輩が立っていて、先輩達諸々顔色をサッと青くした。


「ふーん。それはどういうことかしら?」
「わ!か、カントク!落ち着け!!」
「そうだぞリコ!まずは包丁を置け!な!」

後生だから!とまるで追い詰められた犯人のように日向先輩と木吉先輩が見たこともない素早い動きと慌てた様子で制したがリコ先輩の表情は変わらなかった。

そしてリコ先輩は笑顔を貼り付けたまま背を向け調理場に戻るとバッグからプロテインを取り出し炊飯器の蓋を開けたのでその場にいた全員で彼女を引き留めたのだった。



*



「じゃ、も復活したことだしやるわよ!スイカ割り!」

夕飯を食べ終え、片付けも手伝ってもらいながら終わらせるとリコ先輩が大きなスイカと持ち出してきて急遽スイカ割り大会になった。
雰囲気を出して砂浜でやろう!ということになり移動したのだが時間は夜だし外灯も遠くて目隠ししなくても手元が良く見えなかった。

「月明りあっても全然見えねー!」

ぼすっという砂を叩く音にゲラゲラ笑い声が響く。空気は生暖かくてまとわりつくのが気になるけど磯の香りも海の音も嫌じゃない。
小金井先輩がこけて叫んでいる声を聞きながらは被害のない場所で見ていると懐中電灯を持った伊月先輩が既に割ってあるスイカを持って隣に座った。


「黒子と火神は?」

彼が持っていたスイカを貰い、礼を言って赤い部分に噛みつくと甘さと瑞々しさが口の中に広がった。

の傍らでは温かい毛むくじゃらが前足を服に引っかけ食べたいアピールしてくる。
犬にスイカあげていいんでしたっけ?と伊月先輩に聞くと「少しならいいんじゃないか?うちもたまにあげてるし」と返ってきたので、小さくちぎり種がないことを確認して手ずから渡してあげた。


「火神君はちょっと考え事があるから走ってくるっていってました。黒子君は付き添いですかね」
「はは。黒子も心配性だな」

まあ火神は前科があるから仕方ないか、としゃがみこんだ伊月先輩もスイカにかぶりつく。



勢いよくスイカを食べてしまった2号は物足りないのかの掌もぺろぺろと舐めていてくすぐったい。そういうことされるとまたあげたくなるけどちょっとっていわれたし我慢しなくては、と心に固く誓った。
ああ、でもほんのり見える2号が期待した目でこっちを見てるし尻尾も振っていて心が痛い。

とりあえず気を紛らわそうと砂に落とした種に興味を示さないように足で砂の中に埋めていると「あいつら意外と薄情だな」と伊月先輩がぼやいた。


は病み上がりなのに」
「うーん。多分、みんなと一緒にいるから大丈夫って思ったんじゃないですかね?」

火神なんか見つけた時あんだけ慌ててたのにさ、というと伊月先輩はぷっと種を飛ばした。その種が小金井先輩の声がする方のような気がするけどどうなのだろう。


プロテイン投入事件を回避し準備が終わった辺りでお風呂から上がった火神が食堂に入ってきたのだけど、を見るなり飛んできて頭とか顔とか肩とかべたべたと掴まれたり撫でまわされたのだ。

それくらい心配かけたみたいで申し訳ない気持ちになったのだけど、片付けが終わった頃には別のことを考えてたみたいでとても真剣な顔で悩んでいた。
あと少し怖い、と思ったから機嫌も良くなかったんだと思う。


頭を冷やす為に走っているのかも、と思いながらもうひとくち食べるとボコ!とスイカに棒が当たる音がした。当てたのは木吉先輩かな?

「大丈夫じゃねーから倒れたんだけどなぁ」
「……すみません」

さっさと走り出した火神を追う際、黒子君が申し訳なさそうに切り出したことを思い出しながら頭を垂れると「反省してるならよろしい」と伊月先輩が微笑んだ。昨日の今日でもう大丈夫っていう方が信頼度ないか。



「けど今日割とマジで助かったよ」
「何がですか?」
「夕飯」

がいてくれて良かった。と心の底から助かった、みたいな感じにいう伊月先輩に何とも言えず苦笑した。
どうやらが倒れた夜から今日のお昼までリコ先輩が1人で頑張ってくれたのだが、出来上がったものは何故か丸ごと野菜煮込みプロテイン入りだったという。

それは火神と作ったカレーの時に学んだのでは?と思ったがも初日にカレーなら丸ごとでも…と疲れた頭で思ってしまったから忙しいリコ先輩を責めることはできない。


「流石に今日もアレが出てきたら身体持つ気がしなかったしな…」
「ははは…」

日向と木吉なんか特にな、と暗がりなのにも関わらず伊月先輩の周りに更にどんよりした黒い空気が見え顔を引きつらせた。
後で聞いたが、みんなが脱落したリコ先輩の料理を日向先輩と木吉先輩が責任をもって全て食べたらしい。漢だ。


「とにかく、俺が言いたいのは身体を大事にしろよってこととの料理美味かったぜってことだから」
「は、はい。ありがとうございます」
「次は俺にもレモンのはちみつ漬け食べさせてくれよな」
「へ?」

スイカを食べ終えたらしい伊月先輩がこちらを見てにっこり微笑むと思ってもみないことを言われ瞬きが多くなった。
「小金井伝に水戸部の話聞いた」といわれ納得するも内心マジか、と冷や汗を流す。そこまで期待されるものでもないと思うのですが。



「水戸部とのがあれば百人力だろうしな」
「伊月く〜ん。それはどういうことかしら〜?」
「うわあ!」

リコ先輩というか伊月先輩の声でビクッとなったは後ろを振り返るとリコ先輩が両手にスイカを持っていて「あ、手がスぺっちゃった〜!」と伊月先輩をスイカの物理攻撃で黙らせた。悲惨だ。


「まったく。油断も隙も無いわね」
「…リコ先輩?」

小金井先輩達に回収される伊月先輩を見送りながら代わりに座るリコ先輩を伺うと「あれ。火神君と黒子君は?」と聞かれさっき伊月先輩と話していたことをそのまま伝えた。

「だから伊月君が珍しくいたのね……あ。2号もいるのね。えらいえらい。それに引き換えあのぼんくら2人は…まったく何を考えてるのかしら」

怖くなかった?と不思議なことを聞くリコ先輩に首を横に振って否定すると「そ、」と軽い感じに返してリコ先輩もスイカを食べた。


「具合はどう?」
「はい。この通り大分マシになりました」

さっきも聞いてくれたが再度確認するリコ先輩に心配かけちゃったなぁ、と反省しつつも答えると彼女の手の甲がの頬に押し当てられ「熱はまぁまぁってところね」と返された。

「明日は軽く流してから帰る予定だけど、実は帰る前にちょっと寄りたい場所があるんだけどそれも付き合える?」
「?はい。構いませんけど…」


妙に言い難そうにするリコ先輩に首を傾げただったが、その後告げられた詳細に持っていたスイカを落としたのはいうまでもない。




2019/06/20
2号の汎用性の高さ。そしてほんのりターゲットラインにいる伊月先輩。