26


旅館を後にした達はその足でインターハイ本戦会場へと赴いていた。
残念ながら高尾君の寄り道しない願いは早速破られました。申し訳ない。

「…。大丈夫か?」
「……」

チラリと視線を寄越してきた火神にはうんともすんとも返せなかった。リコ先輩から事前に聞かされていたがやはり生で見てしまうと自然と身体が反応してしまう。


視線の先には黄瀬君がいる海常高校と、青峰君がいる桐皇学園高校が戦っていて歓声が上がるたびに動悸が激しくなった。

一応、気を逸らせるように持ってきたハンディカメラを設置したのでそれと交互に薄目で観戦しているのだけど話題はほぼ黄瀬君と青峰君だったし、派手なのもその2人だったし、目に入るのも彼らなので見てしまうのは必定だった。

落ち着かせようと黒子君がの手を握ってくれてるけど残念ながら吐き気は一向になくならないままだ。
凄い試合なのはわかってる。けど正直集中力はいつもの半分以下だ。

激しい鍔迫り合いのような攻防戦には睨みつけるようにコートを見つめた。



「…なんか、」
「どうかしましたか?」

集中力は半分ではあったが見ていくうちに気になることができて思わず口にすれば黒子君がこちらを向いた。その声にハッと我に返りなんでもないと手を振ると隣にいる火神が「何かあるならいえよ」と促した。

一応自分はバスケ初心者だしあまり試合に口出ししたくないんだけど(間違う自信もあるし)、が喋るのを待っている2人に敵わず口を開いた。



「なんか黄瀬君、ジャイアンに引っ張られてる感じ」
「は?ジャイアンって………ああ、青峰か」
「いやその前に何でジャイアン?」

近くで聞いていた先輩達も振り返り名前に反応したが「その2人がどうかしましたか?」と黒子君が続きを即した。

「黄瀬君の動き、パフォーマンスは今のままでも十分なのにジャイアンのエンジンがかかってから追いつこうと躍起になってる感じがするの」
「そりゃ青峰を止めなきゃなんねーんだからそういう対応になるだろ?」
「私もそう思った…でも、やっぱり無理してるように見えるの」

黄瀬君のポテンシャルは青峰君に負けてないし、もしかしたら勝っている部分もあるかもしれない。けれどことバスケに対する青峰君のスキルだけは別物だ。


腹立たしいほど予想の上を行く動きとセンスに圧倒される。青峰君の動きはDVDで何度も確認してわかったのだ。あれはマネするものじゃない。普通の人なら間違いなく壊れる。それだけ諸刃な能力なんだ。

「競り合う為に無理してるって思うのに、どこか気が抜けないっていうか…よくわからないけど、それでも黄瀬君はジャイアンの土俵に無理矢理にでものし上がろうとしてるように見えるの」
「……まさか、」
「多分、そのまさかです。黄瀬君がやろうとしていることは、青峰君のスタイルのコピーです」


いくら同中の仲間だったとしてもトレースに特化してる黄瀬君だとしても青峰君を止めるのは容易じゃないだろう。

でももし黄瀬君が能力値を上げて青峰君のラインまでのし上がることができれば、もし青峰君をトレースできればもしかしたら。

そう考えたところで第2クオーターの終了の合図が鳴り、そのギリギリのところで桐皇ボールが海常ゴールを揺らした。



「マジかよ…」
「ブザービーターとか、うわ」

桐皇学園の歓声に紛れてそんな声が聞こえてくる。青峰君も青峰君だけど他の選手もえげつない人ばかりだ。
も先日の桐皇学園との試合を思い出し余計に気持ち悪くなって席を立つと2号を連れて立ち上がった黒子君と一緒に外の空気を吸いに出かけた。


「あ、ごめん」
「?…ああ。そうですね。別の場所にしましょうか」
「ううん。私お手洗いにも寄りたいからここでいいよ」
「はい。わかりました」

またあとで、という黒子君と2号に手を振ってバルコニーに繋がる出入口とは別の方へと向かった。
チラリと振り返れば黄瀬君の後ろ姿があって何となく、青峰君にどう対抗しようとしてるのか聞いてみたい気持ちになったけど催した吐き気には勝てずその場を後にしたのだった。



*



「最悪だ…」
長蛇の列になっている女子トイレから生還しただったが出てみたら次の試合を観戦する人でごった返していた。

慌てて携帯を確認すればリコ先輩から人が多いから外で待つ、とメールが来ていて慌てて走り出す。外は暑いから急がないといけない。
わたわたと急いでいるとそこへ丁度会場内に設置してある売店を見つけ「あ、」と思い出す。そういえば飲み物がもうないんだった。

待ち合わせの場所へ急ぎたい気持ちもあったが駅まで自販機はなかったはずだし、水分補給をしっかりとるようにときつく言われていたは少しだけ、といって売店へと足を向けた。

残ってたら買い足そう、そう思い急いで覗いてみると売り物の殆どが全滅していて溜息を吐いた。勿論飲み物もなかった。
はぁ、と溜息を吐き出て行こうとしたところであるケースが目に入る。ダメ元の気持ちで覗いてみたがやっぱり何も入っていなかった。あ、いや、まだ入ってる。


丁度死角というか隅というか見えにくいところに一袋だけ棒アイスがあった。とりあえずこれでしのごう、そう思い蓋を開けて取り出すと会計をすましまた人ごみに紛れた。

走ると胸焼けするような気持ち悪さが戻ってくるのだけどなるべく早く合流したい。その一心でごった返す人をすり抜けながら歩いていると前方に見覚えが有り過ぎる背中を見つけ、は目を見開いた。
夏なのにあんだけ全部真っ黒だと日光吸収良すぎて溶けてしまいそうだな。と思ったのは内緒だ。

髪も肌もジャージも黒とかどんだけ夏を満喫するつもりだろう、そう思いつつだんだんと距離を詰めていく。

本来の足の長さと速度を考えれば近づけることはないのだがあっちは試合後のせいが緩やかに歩いていたし、は急いでいるので自然と近寄る形になる。



どうしよう。挨拶した方がいいのかな。いや、またなんか嫌がらせされたら嫌だしな。カサッと手に持っていたアイスが揺れ、視線がそちらに向く。うーん。いやでも、あまり関わりたくないんだよな。できれば。

うんうん、考えながらも速足で歩いていたら疲れてても威圧感のある背中に追いついてしまった。


「…あぁ?」

声をかけても振り返らなそうなくらい人の声であふれているピロティで彼の袖を引っ張ればうざったそうに振り返った。うん、怖い。
まだ試合の余韻が残ってるのかどことなくピリピリしてる顔にやっぱり声なんかかけるんじゃなかったと後悔した。


「…お前、"枕"じゃねーか」
「なんでそういうネーミングになるの」


太もも女も大概だけど枕も十分酷いんですけど。何その名前、と強張った顔で眉を寄せれば相手は片眉を上げながらも立ち止まってくれた。
「何か用かよ」と両手をポケットに突っ込んだ姿は横柄だけれど。

「ん、」
「は?」
「あげる」
「何で」
「…準決勝進出おめでとう」

自分達の大会が終わったとはいえ、敵チームをお祝いするのも変だけど他に思いつかなかった。差し出したアイスの袋に彼は少しだけ驚いた顔をした。



「観てたのかよ」
「観てなかったらここにいませんけど」

試合を観に行く以外でここに来る用事ありませんよね?と返せば「ふーん」といってが持っていたアイスを受け取った。
ぺりっと袋を開ける青峰君にはなんとなく喉と鳴らすが「お前、どこにでもいんのな」と適当なことを言われ口を尖らせた。


「俺のおっかけか何かか?」
「違います。たまたま用事があって来ただけです」

そんなわけないじゃないかジャイアンめ。
棒アイスを口に含んだ青峰君は「たまたま、ねぇ…」といってに視線をくれてきた。さっきよりは目つきが少し柔らかくなった気がする。さっきまでがきつ過ぎた、ともいうけど。

そのお陰か少しだけもう少しだけ話をしてもいいかも、と余計な考えが出てきてしまった。


「試合、凄かった」
「ふーん」
「でもちょっとだけ躍起になってたでしょ」
「……」
「自分をトレースされるのは怖かった?」

試合中、青峰君のあのわけわからん動きを見ていてドン引きしていたけどそれをなぞるように黄瀬君も合わせてきてえげつない試合だと思った。
結果、黄瀬君は足が使い物にならないくらい酷使してしまうのだけど、それくらい青峰君の動きは常人にはとてもイレギュラーなものだとわかった。

そのイレギュラーがもう1人現れた気持ちはどうだったのだろう。
そう思い聞いてみたのだが、青峰君はしばし沈黙した後アイスをかじり「あんなもん。たいしたことねぇよ」と返し歩き出す。



「俺に勝てるのは俺だけだ………あれくらいじゃ、まだ足りねぇんだよ」

の横を通り過ぎる瞬間、そういって青峰君は玄関へと向かっていった。そういうもんなのか。結構競り合ってたと思うけど。


それはそうと改めて考えると怖いことしたな自分。ちょっと長身組に慣れてきたお陰だろうか。黒子君いなくても話せるようになってるぞ。

あの眼力ジャイアンと会話ができるようになるなんて凄くない?と内心自分で自分を褒めていると頭の上にトン、とやや強めに何かを置かれた。
乗ってるものは重くないはずなのに落とす勢いが妙に強くて脳が揺れましたよ今。

誰だよ、との頭に何かを乗せている後ろの人物を見てみればさっき別れたはずの青峰君がダルそうに見下ろしていた。


「な、何…?」

まさか今の内心喜び挙動不審になっていたところを見られたのか?と緊張した顔で伺えば「やる」といって何かを手渡された。アイスの袋とアイスがない棒だ。

「って!ゴミいらないし!!」
「俺の代わりに捨てといてくれ」
「はあ?!」

もう食べ切ったのかよ!とかゴミくらい自分で捨ててよ!と思ったが青峰君はそのままにゴミを押し付け背を向け歩き出す。
おい待て!と手を伸ばそうとしたら頭の上から何か滑り落ち、それをタイミングよく掴んだ。



「ボトル…?」
「それ。お前にやるわ」

の手の中に落ちてきたのはいわゆる黒子君達選手が使っているボトルと同じもので、ご丁寧にボトルの側面に『青峰』と書いてあった。
その自分の持ち物を青峰君は「重くてしょうがねーんだ。だからお前にやる」そういってだるそうに手を振ると今度こそ玄関を出て行く。


もしかして喉が渇いてるをわかって置いて行ったのだろうか?確かに中身の入ったボトルはそれなりに重いけど。いやいやいや、その前に。

「どうすればいいのよこれ」

どう見てもジャイアン使用済みのですよね?中身入ってるし。それを飲めって?どう考えても無理でしょ。ボトルが壊れたからいらないってわけでもなさそうだし、一体これどうすればいいの?

人ごみに消えた青峰君の方を見つめながらはボトルを持ったまま途方にくれるのであった。…捨てちゃダメだよね?




2019/06/22
黄瀬と絡むのはまた今度。