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「ならは引率ね!」
「え!」
よろしく!とにこやかに微笑むリコ先輩にの顔が引きつった。

何の引率かと問われれば、週末に行われるストリートバスケットの大会に他ならない。
ファミレスでみんなと一緒に食事をしていると明日の部活が休みだとわかり、だったら家でゲームかDVDでも見ようかな、と考えていたところに振られた話だった。


試合になかなか出れない降旗君がストリートバスケの大会チラシを持ち出し、試合に出たいと直談判したのだ。
リコ先輩は難色を示したのだが木吉先輩が妙にやる気で1年だけなら参加してもいい、という許可が下りた。

そこまではも傍観者でいれたのだが、リコ先輩と目が合ったと思ったら「男だけじゃ心配だからが面倒みてやって」と何故かお願いされてしまい、の休日はあえなくなくなったのである。

さん。どうかしましたか?顔色が悪いですが…」
「ああ、うん。大丈夫…気にしないで…」

神妙な面持ちのに気がついた黒子君は心配そうに顔を覗き込んできたが、は手を振って愛想笑いを浮かべ誤魔化した。



どうしよう。着ていく服がない。
休日が消えたこともショックといえばショックだがそれ以上に着ていく服がない。学校は制服があったし部活も基本ジャージだ。
合宿等の着替えに持ってきてるのはTシャツでこれくらいならそれなりに持っている。だがそれ以外が乏しいのだ。


イジメ以降、友達というか出かけること自体減ったし、出かけたとしても無難最低限の服ばかりだ。むしろ部屋着かもしれない。
それなりに可愛い、おしゃれっぽい服は全部デブだった頃のもので今では絶対着れない代物ばかりだ。

そんな過去の遺物を残しているということははおしゃれというものを捨てているといっても過言ではない。

勿論、今回はデートでもなんでもないただの引率だ。派手なおしゃれなんかしようものなら黒子君達に引かれる可能性もある。かといっていつも出掛けるような部屋着みたいなユニセックス系もダメな気がする。

バスケしないから動きやすいシンプル過ぎるのもなんか違う気がするし……ダメだ。さっきから部屋着に使ってるパーカーしか出てこない。


丁度いい無難ってどうすればいいの…?!心配げに見てくる黒子君を尻目には心の中で雄叫びと一緒に頭を抱えたのは言うまでもない。



*



当日、病欠の河原くんの代わりに木吉先輩が入り、実質引率の先生が出来上がってしまった。
そこへ丁度黒子君からのメールが来たので素早く返すと「んだよ!遅刻かよ!」と叫ぶ火神の声が聞こえた。というよりも文句を言っている彼の顔も見える。

そう、は待ち合わせの場所に来ているのだ。

しかし、自分の私服姿を見せる勇気がなくこっそりと物陰からみんなを伺っている。「そろそろ登録締め切り時間だし先に行こうぜ」という声と共に歩き出したみんなをはこっそり追いかけた。


本当はもう自分がいなくてもいいのかもしれない。木吉先輩いるし、なんか男同士の方が楽しそうに見えるし。
久しぶりに再会した正邦の人達と仲良くご飯を食べている姿を眺めながら私もご飯、と立ち上がったところで視線を感じ振り返った。ま、まさか。


視線の先には黒子君のバッグがあってチャックが半分まで開いている。そこからひょっこりと2号が顔を出しているのだ。
2号は既にを捉えているようでぶんぶんと尻尾を振っている。オーマイ…!

今にも駆けてきそうな2号には必死になってダメ!来ないで!!ステイ!ステイ!と手で制した。
その珍妙な恰好は傍から見たら不審者だったかもしれないが、その必死な願いで無事黒子君達に見つかることなく、2号も首を傾げながらもバッグに戻ったのでホッと胸を撫で落とした。



「どうわ!」

いきなり震えた携帯に驚きの声をあげればメールの相手は黒子君だった。流石に辿り着いてないとおかしいか、と思い一応到着してることと、迷子になってるからコートで会おうとメールした。

パクンと携帯を閉じたは溜息を吐いた。できれば会いたくないなぁ。中学時代黒子君と遊ぶことはあったけど全部制服だったりコートやセーターで誤魔化せる冬にちょこっと会ってたくらいだ。
そもそも黒子君と再び話すようになったのも夏以降だったし。全部言い訳だけど。


デブの頃よりは選べるものが増えたんだし、そのうち買いに行かなきゃな…と思いつつ、気を取り直して正邦の試合をこっそり覗き見ようと観客の中に紛れた。
あっちが顔を覚えているかはわからないけどキャップを深く被ってるしなんとかなるでしょう。バレた時はその時だと観戦しているとあることに気がついた。

正邦の相手チームにやたらと上手い人がいる。フォームがぞっとするほど綺麗でやたらと浮いていた。例えるとしたら砂漠の中にダイヤモンドが光ってる感じだ。うわ、なんか中学時代のバスケ思い出すんだけど。

正邦だって強いのにこの白Tの人に全てあしらわれてしまっている。嘘でしょ…と手で口を覆えば黒子君達がやってきて慌てて身を隠した。


「何で、ここにいやがる…氷室、辰也…!」


白Tシャツの人を見た火神は酷く驚いていたがどうやら知り合いらしい。というか日本名なのに英語で喋りだしたんだけど。
火神君あんだけネイティブに喋れるのに筆記ダメだもんなぁ。残念な奴、と微妙な気持ちで見ていると話はひと段落ついたようで試合で落ち合う約束をして解散した。

まあ、どっちも負ける気配ないからそうなるだろうな、と思いつつもホッと息を吐いた。



案の定2チームは勝ち進み決勝戦で鉢合わせになった。しかし誠凛に比べて氷室さんという白Tの人のチームはいまいち固い気がする。彼が指示を出してまとめてるみたいだけど連動がぎこちない、と思う。

1人だけで勝てるほど誠凛は弱くないぞ、と見合う2チームを観察していたらの横を誰かが通った。その動きはスローモーションのように見えの視線を独占していく。

お菓子がたくさん入ったビニール袋を揺らした彼はゆったり歩きながらコートへ勝手に入るとそのまま試合を中断させた。その姿にはヒッと悲鳴交じりに息を呑む。


「お久しぶりです。紫原君」


大きな体躯、紫の髪、気だるげに見下ろす瞳は憂鬱というか他人に無関心というか、とにかく"何も思っていないのに潰される"感覚に陥る目だ。

紫原敦…!
彼を見た瞬間はしゃがみこみ、声を出さないように手で口を覆った。さっきからカチカチと歯が鳴って煩い。寒気もするし嫌な脂汗もかいてる。

「真面目過ぎて、捻り潰したくなる」



私は彼が心底苦手だ。
最初はプーさんみたいな大きな男の子だと思った。黄瀬君と同じバスケ部だということも知っていたし彼自身あの体躯だから目立ってた。
2年の時同じクラスになったけど彼はお菓子以外、人も勉強もあと多分バスケも本当には興味がなくて遠巻きに変な人だなって思ってた。

けど、その考えがある日一変した。

黄瀬君のファンとのいざこざが色濃くなってきた頃、覗きに行った放課後の試合が見れなくなったのだ。
妨害していたのは勿論対立してる黄瀬君ファンで。止めておけば良かったのに私達は、正しくは自分がいた仲間の人達は体育館の近くの廊下を占領し言い争いを始めてしまったのだ。

それが良くなかった。今でも後悔してる。

言い争っている私達が邪魔だったんだろう。紫原君は廊下を占拠する私達の前に立ち止まると鬱陶しげに髪をかき上げ、たまたま近くにいた私を見下ろしこうのたまった。


「あんま煩いと…捻り潰すよ」


本当に煩かったのも暴れてたのも別の子だった。でも一緒にいれば彼にとっては誰でも一緒だったのだろう。

この時初めて私は殺される、と思った。

見下ろす視線が侮蔑と嫌悪…そんなものが見えては腰が抜けてしまった。他の子達もクモの子を散らすように逃げていったと思う。そのくらいあの時の紫原君は怖かったのだ。

そして悪いタイミングは重なり席替えで彼の隣になりの精神はどんどん削られていった。



高校に入って持って行くことを忘れるようになったけど中学時代は必ず何かしらのお菓子を持っていた。それはお菓子切れをして不機嫌になる彼を慰める唯一の方法だったのだ。
お菓子をくれるなら誰でもいいらしく、貰ったら相手のことなど興味がなくなる。そんな人が私の知る紫原敦だ。

黄瀬君同様、が過剰な防衛本能で記憶をすり替えてる可能性はある。他人にさして興味がないのならのことなど覚えてるわけがないのだ。それだけの希薄な関係をズルズル引っ張ってるのは心の負担でしかない。

ただ、忘れたくても忘れられないのだ。
肩も手もがちがちに力み過ぎて手が真っ白になっている。
トラウマは拭えていない。未だに囚われたままだ。ダメだ。怖い。怖い。


始まった試合にみんながみんな目を奪われる中、だけは真っ青な顔でその場から動けず震えることしかできなかった。




2019/06/25
トラウマさんその2。