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ああ、頭が痛い。急に降ってきた雨のせいで身体を冷やしたはしばらく雨宿りをしていたが辺りが暗くなってきたので大人しく帰ることにした。
湿った髪の毛を手櫛で整えながら繁華街をぼんやり歩く。ギリギリで正気に戻って木吉先輩に帰宅メールをしたから今日はこのまま会わなくても大丈夫だろう。会ったら会ったでまた心配かお説教されそうだし。
電車で帰ってもいいんだけど冷房がきつ過ぎるから今日は歩いて帰るか、と冷えた肩を擦っていると視界に見覚えのある2人が見えた。黒子君と桃井さんだ。
何故2人がここに?と見ていると目元が少し赤い桃井さんが少し大きめのシャツを羽織り笑顔で信号を渡っていく。
Tシャツ姿の黒子君に桃井さんが羽織っているのは黒子君のか、と思った。彼女にしては珍しい格好だなと思ったからすぐに納得した。
「テツくーん!またいつかバスケしようね!…みんなで!」
その桃井さんは大きく手を振り、からは横顔しか見えないけど黒子君が嬉しそうに微笑んでいたのを見てなんとなく見てはいけないものだと感じ踵を返した。
なんか、胸がイガイガする。その気持ち悪さを抑えるように胸を擦りながらその場から去ろうとした。
「ワン!」
「っ……」
「2号、どうかしましたか?」
足元からの声に肩を揺らし振り返るとテツヤ2号がを見上げ尻尾を振っている。その無垢な瞳にたじろいだ。そしてその瞳に似た人の声が聞こえギクリと心臓が跳ねる。
視線をあげれば想像した人がを見て大きく目を見開いた。
「、さん…?」
黒子君に名を呼ばれたは弾かれたように彼の方とは逆へと歩き出す。速足でどんどん進むに後ろの方で「さん!あの、待ってください!」と聞こえたが構わず歩き続けた。
しかしその逃亡もすぐに決着がつき、は呆気なく手を捕まれそれ以上前へと進むことはできなくなった。
「さん。帰ったはずじゃ…なかったんですか?」
無言で振り払ったせいか再度掴まれた手は強くて少し痛い。そして黒子君の焦った声が聞こえる。その声を背中で聞きながらは大きく息を吐いた。
これなら風邪ひいてでも電車で帰ればよかった。まるで心配してくれっていってるようなものじゃないか馬鹿め。少しは桃井さんを見習いなよ私。
「あー帰ったけど、散歩してるんだ」
「髪の毛湿ってますよ」
「お風呂上がりだから」
さすがというかなんというか。黒子君よく見てらっしゃる。逃げることを諦め、力を抜くと黒子君の手も一緒に緩んだ。放してくれなかったけど。
可愛げがないのはわかってる。けど、どうにもイライラが止まらない。この感情を押し込めることができない。普段どおりが思い出せないくらい今の頭の中は感情で塗り潰されていた。
桃井さんが黒子君のことを好きなのは知っていた。誰が見てもわかるくらいアピールが激しかった。見た目もさることながら性格も良かった桃井さんは誰からも好かれていた。
も羨ましい気持ちから嫉妬の気持ちがあったが全面降伏していたのも確かで。
黒子君も桃井さんの気持ちを知っていて、でも付き合うことはなくて。なんだか不思議な関係だな、と思っていた。
名前呼びに変えた時、最初に桃井さんの顔が浮かんだのはいうまでもない。そして少しばかりの優越感も。その邪な感情に嫌悪して未だに呼び方をわけていることも。
でも、今日の2人を見て確信した。桃井さんはまだ黒子君が好きだし、黒子君も桃井さんが好きだ。
黒子君は人をあからさまに嫌ったりしない。どちらかといえば平和主義者で誰にでも優しい。特に女の子には。その"誰にでも優しい"が引っ掛かっている。
そしてさっきの桃井さんの言葉『またいつかバスケしようね!…みんなで!』がの気持ちを逆撫でた。
「紫原君と会ったんですか?」
「……何で?」
聞きたくない名前にギクリと心臓が跳ねる。冷たくなった手が震えたのか黒子君がの手をぎゅっと握りしめた。
「会ってないよ。見てもいない」
「だったらどうやって2号に帽子を被せたんですか?」
「……」
「さん。今日帽子を被ってましたよね」
「……」
「その格好で帽子を被った女性を観客席で見ています。帽子のマークが覚えやすかったので見間違いはないです。それに、ボクは今日一言も"木吉先輩と一緒にいる"なんていってませんよ」
火神君も誰もいってないはずです。黒子君の言葉には彼を見やった。彼の顔は悲痛に歪んでいて自分がとても悪いことをした気分になった。
そんな顔をさせている自分も、優しい彼も全部イラついてしょうがなかった。
「だから?そこで観てたからって"黒子君"には関係ないでしょ」
「…っ!」
「これは私の問題だから。黒子君は関係ない」
私の問題は私にしか解決できない。そういってまた手を振りほどけば車道と歩道を隔てる柵にぶつけた。
その鈍い音に黒子君は驚き「大丈夫ですか?!」と手を伸ばしたがその手を振り払った。そんな辛そうな顔しないでよ。
「…ごめん。私今凄く気が立ってるの。だから頭冷えるまで待ってほしい」
さっきからぐるぐる回っている言葉が煩くて仕方ない。
お前じゃ無理なんだって。
お前じゃ黒子君の助けにはなれないって。
結局、彼が求めているのは中学時代のあの空気なんだって。
…そういわれてるみたいで苦しくて仕方ない。
私が嫌で苦手な人達こそ黒子君が求めてる人達で、どんなに努力してもそこには辿り着けないって、自分では到底足を踏み入れるどころか触れることもできないのだとわかりきっていたのに。
それをまた見せつけられた気がして悔しくて悲しくて仕方なかった。
「わかりました。さんが落ち着くまで、話してくれるまで待ちます。ですが、その前にどこかで何か拭けるものか温かいものを…」
「ごめん。そういうのいらないから。これ以上"黒子君"のこと傷つけたくないから……だから、バイバイ」
これ以上一緒にいたら大声上げて罵倒してしまいそうで、"何の関係もない"彼にそんなことをしたくなくてはぎこちなく口許をつり上げると彼に背を向け今度こそ走って帰ったのだった。
2019/06/25
好きだからこんなにも不器用で、苦しくて悲しい。