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夏休み半ば、明るい日差しが差し込みベッドから這い出たは点滅する携帯に気がつき散漫な動きで受信ボックスを開いた。
相手はリコ先輩で『動けるようなら部活に来るように!』とメールが来ていた。携帯を閉じ、起き上がったはリモコンを掴むと冷房を入れ、テレビをつける。

本当は勉強に差し支えるから、という理由で部屋に置いていなかったんだけどDVDを見るだけなら、という条件で置いてもらえたのだ。
画面に映し出されたのはリコ先輩から回してもらった陽泉の試合で、枕を抱きしめベッドを背に寄りかかり睨みつけるように見つめた。


画面が遠いのと録画も全体を映すせいで顔まではわからない。けど紫原君は良く目立った。吐き気はまだある。ただ出せるものがもうないだけで。

黄瀬君もそうだけど何度も見返して慣れてくしかない、そう思って見ている。でないといつまで経っても試合が飲み込めないからだ。リコ先輩のようには無理でも少しでも学んで役に立ちたい。それが無意味でも。



登校日。
とてもじゃないが行きたい気持ちになれなくて欠席をしようとしたのだけど親にズル休みだとバレて家から追い出された。外に出す方が命の危険だということを親は知らないらしい。

吐き癖が完璧に戻り、鏡に映った自分の顔は酷くやつれていた。ついでに連日寝たり寝なかったりしてるせいでクマも酷い。

「さて、どこに行こう」

トイレで部屋着みたいな私服に着替えたはもう一度顔を洗い、帽子を被ってトイレを出た。改札を通り冷房のきつい電車に乗る。
このまま乗っていればどこかに辿り着いて時間が潰せるかもしれない。でもあまり遠いと帰れないか。適当な場所で降りよう、そう思い鞄に入れていたPSPを取り出した。


電車を降りると纏わりつく空気に顔をしかめた。15時を過ぎたのにまだまだ暑くてかなわない。適当な駅で降りたはいいものの、初めての場所で右も左もわからない。

とりあえず何か飲んで涼みたい気持ちになったが歩いてる人達がおしゃれで自分の服装を見てお店に入るのを諦めた。
自販機で飲み物を買い、ぶらぶらと日陰を渡って歩いていると丁度ビルの陰になっているところに広場がありフェンスも見えた。出入口は開いていて、中には半面コートとリングが見える。バスケットコートだ。


周りに誰もいないことを確認してはそっと中へと入ってみる。怖くは、ない。1歩目はかなり緊張したが何歩か歩くと少し消える。その代わり胃の辺りにどっと重いものを感じて胸を擦った。



コートを見渡すとぽつんとバスケットボールが転がっている。誰かの忘れ物だろうか。ボロボロではないけど使い込まれてるボールに少しだけ勇気を出してみる。
両手で拾い上げたバスケットボールを見つめていると手が小刻みに震えたのがわかった。

ここには黄瀬君も紫原君もいない。ましてやひと悶着あったあの人達も元友達もいやしない。面白いほどに進学先が被らなかった。

「怖くない、怖くない…」

念じるように呪文を唱え、前を見据える。確かフォームは、こう。ぼんやりと浮かんだ形をマネしてボールを投げてみたがゴールポストにすら届かなかった。


「へったくそ」


落ちて転がったボールを拾いに行こうとしたら声が聞こえ振り返った。この声は、と頭に浮かべた人物が予想通り出入り口に立っていての顔が歪む。
ここはジャイアンのテリトリーだったのか。どうやら飲み物を買いに離れていただけらしい。ペットボトルの蓋を占めた彼は足元にそれを置く長い足を使ってこちらに歩いてきた。

「何でいるの」
「それはこっちのセリフだ」

それ、俺のボールだぞ。と横柄な態度でいわれはムッとしながらもボールを持ち彼に投げ渡せば足元に落ちた。「ったく、」と舌打ち交じりに拾い上げる彼にも口を尖らせる。

もっと考えて駅降りるべきだった。
溜息と一緒に後悔しながらもコートを出て行こうとするとボールを持った長い腕に阻まれた。視線をあげれば無表情な顔がをじっと見下ろしている。



「…何?」

不機嫌、という程でもないけど我ながら冷たい声色に内心失礼だな、と思った。
いつもならこんなことをしたらもっときつい視線で青峰に見られて震え上がるかもしれない、とか考えるのに不思議とそんな気持ちは出てこなかった。

彼を見上げても何も思わない。感じない。行く手を妨害されて少し鬱陶しい。なんだか中学の時の気分を思い出して、そして消えた。
それもどうでもいいと思ったからかもしれない。あとじわじわと苛立ちが出てきて早くここから抜け出したい、と思った。


そんな気持ちを隠しもせず彼を見ていると、青峰君は何か考えるようにこめかみを掻きそしてボールを押し付けてきた。

「少し、付き合えよ」
「は?」
「投げ方を教えてやる」

そういった青峰君の顔は有無を言わさないものでは困惑したまま彼を見返すしかなかった。



*



どう考えてもおかしいでしょ。のボールはゴールポストにすら届かない腕力しかないのだ。しかもフリースローラインで。それより近い場所からなら届くだろうけど入るかどうかはまた別の話だ。
そんなどがつく素人に絡んで何が楽しいのだろうか。気まぐれにも程がある。というかイジメだ。そう思いながらはコートの地面に寝転がった。もう限界だ。

顔も身体も汗だくだし呼吸も苦しく心臓もバクバク煩い。こんなにも走り回ったのはいつぶりだろう。というか、明日絶対筋肉痛だ。


最初こそのシュートを見ていた青峰だったが、すぐに飽きて1on1を強要してきた。どう考えてもが不利で無謀である。
シュートを教えてくれるといった相手は悉く掲げたボールを叩き落とし最後まで1本もゴールすることが出来なかった。

ダン!とこれまた大きな音をたてながらダンクシュートを決めた青峰は地面に着地するとを見下ろし不敵に笑った。


「本当に下手くそだな。お前」
「だか、ら…いった、のに……バッカじゃないの!」

精一杯心を込めて罵声を浴びせれば青峰は鼻で笑い、落ちたボールを拾っての傍らにしゃがみこんだ。息も絶え絶えなとは対照的に殆ど息切れしてないコイツが心底腹立たしい。

「その割には随分食らいついてたじゃねーか」
「…その、顔が、ムカつくから、よ…!」

ニヤついた顔で頬杖をつく顔が妙にムカついてそのまま言葉にすれば「げ!さっきのアレ、わざとかよ!」とぎょっとした顔になっていた。ざまあみろ。
投げても投げても落とされるこっちの気持ちにもなれ。頭にきて顔にボール投げたくなるでしょ。



どうせ逃げれるだろうと思って投げてたけど本当に避けられてムカついたのを思い出し「もっと、本気で…投げれば、よかった」とぼやいた。

「本気は出してただろ。届かなかっただけで」
「どっかの、誰か、さんが…っこと、ごとく、落としてくれ、ました…からね!」

近くまで行くことはできても肝心のシュートは邪魔だしできないし落とされるしの3重苦だった。

本当、何で私こんな死にそうになるまでバスケしてんの。怖いくせに。嫌いなくせに。
青峰も黄瀬君達も中学の同級生もみんな忘れてしまいたいのに。辛い記憶を思い出すことも考えることも嫌なのに、何も考えたくないのにどうしても思い出してしまって視界が歪んだ。


「…これくらいで泣くんじゃねーよ」
「うっさいな!」

わかってるわよ。青峰と戦ったところで話にならないことくらい。誠凛で1番凄い火神が勝てなかったのだ。体格は黒子君に近くてもスペックでかなり落ちるに勝機なんてない。
鼻がツンと痛くなりは両腕で自分の顔を隠した。ジャイアンに泣き顔を見られるなんて最悪だ。

「下手くそ苛めて、そんなに、楽しいわけ…?」
「楽しくはねーが、お前も諦めなかっただろ」
「……」
「お前が諦めたら止めてやるつもりだったんだよ…けど、いくらやっても諦めねぇからこんな時間になっちまった」

お前負けず嫌いだったんだな、と笑った声に腕の隙間から覗いてみると空がオレンジ色に変わっていたことに気づいた。

「楽しくないなら、さっさとやめればよかったのに…」



ここに来てるのだって自分の練習の為でしょ?初心者みたいな自分を相手にするくらいなら1人で練習した方が何倍もマシなはずだ。


「それくらいでやめれるなら苦労しねーよ」


こんなの時間の無駄でしかないのにバカみたい、と思っていたら顔を隠していた腕を取られた。の問いの答えのような、独り言のような言葉に彼を見やると思ったよりも近い場所に青峰の顔があった。

まっすぐ見据える瞳には逸らすこともできず見返していると彼はの両腕を片手で軽々と地面に縫い付け、空いた方で地面に手をつくとそのままを覆うように近づき、唇に何か柔らかいものが押し当てられた。いや、どちらかといえば口を食べられた。


「お前に付き合ったのはただの気紛れだけど、勝てねぇってわかってても諦めねぇ奴は嫌いじゃねぇ」


近すぎる距離で青峰は不敵に笑うとあっさりから離れた。その光景を茫然と見ていただったが温い風が唇をなぞり、冷たい、と思った瞬間我に返った。コイツ、今、何した?

「なん、え、ちょっと!?」

あまりの衝撃に疲れたことも忘れ飛び起きると、青峰はフリースローの場所でボールをバウンドさせ感触を確かめていた。今さっきあったことなどまるでなかったかのような顔だ。



「……女の子なら、誰でもいいわけ?」
「はあ?んなわけねーだろ」

動揺しまくりのに対して平然としている青峰に何なのコイツ、と思ったが返された言葉に更に何なのコイツ、と思った。人のことさらっさら好みじゃないとかなんとかいってなかったか?


「つか、邪魔だ」


俺は練習してーんだよ。そういって足で追い払う青峰には何その態度、と思いながら引き摺るようにフェンス迄退き、真剣な表情でシュートするジャイアンを夕日に照らされたような赤い顔で睨むのだった。




2019/06/28
『君』づけをやめました。