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「男子って単純よね」
走り込みをしてる選手の横を通りカントクであるリコ先輩に近づくとそんなことをいわれ、首を傾げた。
リコ先輩の視線の先を見れば黒子君達選手が汗して走っている。「本当、わっかりやすいわね〜」としみじみと零すリコ先輩を見やれば黒子君のことだと返された。
「が来てない間、影は更に薄くなるし普段のメニューもおろそかになるし、マジでシメたろかって思ったけど…ここまでわかりやすいといっそ清々しいわね」
「え、そんなに酷かったんですか?」
「そうよ。黒子君はこれっぽっちも、まったくもって、使い物にならなくてわかりやすかったのよ。あと火神君も凡ミス多かったのよね」
「……(うわー…リコ先輩の後ろに般若が見えるー…)」
「それもこれもどっかの誰かさんがいないせいとか、まったく、春はもうとっくに過ぎたんですけどね?」
「あ、ははは…」
ニヤリというかジロリというかどっちもみたいな顔でリコ先輩に見られたは苦笑するしかない。「もう大丈夫なんでしょうね?」と攻めてくる彼女に「多分、大丈夫です」と答えるしかなかった。
部活に久しぶりに行った時はこんな話しなかったのに。リコ先輩根に持ってるのかな。怖いなぁもう。
黒子君を見れば汗だくになりながらも真剣に走っていて、素直に格好いいな、と思った。頑張ってる人って格好いい気がする。
「あの、ケンカって程じゃないんですけど、中学の時苦手だった人に鉢合わせてちょっとナーバスになってて…その時にちょっとテツヤ君に当たっちゃったので…でも今はもう大丈夫なので!仕事頑張ります」
火神がいうようにケンカでいいや、とリコ先輩の溜飲を下げるべくにっこり微笑み、頑張りますアピールをすると「え、もしかして黄瀬君?」と聞かれ「いえ、違う人です…」と萎んだ顔で答えた。
リコ先輩、いきなり黄瀬君の名前出さないでください。ビックリします。
「あーあ。海常とまた練習試合組めないかしら…」
「カントク。その日休んでいいですか?」
それなりに慣れたつもりだけど動悸が激しくなったので思い過ごしだったのかもしれない。
そして黄瀬君=海常ということを思い出したリコ先輩がぼやいたのを聞き素早く挙手すれば彼女は有無を言わさない笑顔で「ダメー」と語尾にハートマークをつけて却下したのだった。
そんな話をしたのが良くなかったのだろうか。は後日血の気が引く事件に見舞われることになる。
*
「黒子っちー!」
他校との練習試合を終え、電車で帰ることになった達は駅のホームで電車が来るのを待っていると、改札に繋がる階段の方からキラッキラな空気を振り撒く格好いい人が歩いてきた。
その格好いい人物は近くにいた女性陣の視線を掌握し、しかしその視線には見向きもせず見つけた黒子君に手を振っている。
き、キセリョの私服!!!!と目を見開いたは彼に目を奪われながらも慌てて火神の後ろに隠れ、そしてそのまま少し離れた場所にいるリコ先輩のところまで音もなく逃げた。
「お久しぶりっス〜あ、火神っちも元気だったっスか?」
「お久ぶりです」
「つか、その"っち"てのやめろつってんだろ」
「あら。黄瀬君じゃない」
「本当だ」
黒子君達の会話を先輩達に紛れて聞いていると、どうやら雑誌の打ち合わせの帰りらしい。「早めに終わったんでこれからブラブラしようかと思って」と笑う姿は楽し気だ。
私服姿は雑誌でよく見てたけど生はもっと格好いい気がする。いや、思うだけだけど。
「そっちは練習試合の帰りっスか?」
「はい」
「勝ったっスか?」
「んなの当たり前だろ」
ドヤ顔の火神に自分の新技披露したりしないかほんの少し心配になったがタイミングよく電車が来たので会話が途切れた。
車内に入っても黄瀬君達の楽し気な声は聞こえていて、リコ先輩達と打ち合わせしてもちっとも頭に入らなかったのは内緒だ。
「(それがどうしてこうなったのだろう…)」
最寄り駅で降りて腹ごしらえついでにマジパに寄ろうか、となったのまでは良かったのだが何故か黄瀬君がついてきていて。
だったら私早退します、と忍者の如く去ろうとしたら降旗君に必死な形相で引き止められた。
「いやあ、スミマセンね〜」
無事BOX席を占拠し、それぞれ食べたいものを買ってきたがは顔色悪く席に座っていた。目の前には何故か黄瀬君が座っている。
何故そうなってしまったかといえば全て火神のせいである。
電車に乗ってる時にたまたま中吊りの広告を見つけゲームの話になり、黄瀬君が今やってるゲームの話になり、鞄から出したゲーム機を見て火神が『あ、がもってるやつと同じじゃね?』とバラしやがったのだ。
おのれ、後で覚えておけよ、と恨みがましい目で隣にいる火神を見ると彼はバツが悪そうな顔を逸らし山盛りバーガーのひとつを頬張った。
普通ならPSPを持ってるからといってこんな状況にはならない。
そうなる条件はがやっているモンスターを狩るゲームを黄瀬君もやっていて、そのゲームに協力マルチプレイのミッションがあり、それをクリアすると多大な報酬が手に入るのだ。
「このミッション、俺だけハブられて出来なかったんスよぉ。ひどくないっスか?」
「何人でやるものなんですか?」
「2人以上4人以内かな。けど、このモンスター倒すの難しくなかったか?」
「そうなんスよ。先輩達も休みの日に集まってやってるらしくて…俺だけハブられたんスよね」
後輩イジメっスよ。と泣きマネをする黄瀬君には顔を上げないままステータス画面をカチカチと弄った。そうでもしないと指が震えてここにいれなくなる気がするのだ。
現在この席に座っているのは火神、に黒子君、反対側に土田先輩に黄瀬君だ。土田先輩は据え置き専門だけどPSPも遊んでいるらしい。
本当は福田君やリコ先輩も持ってたんだけど電池切れで不参加になっている。リコ先輩は育成系専門だけど。
も離脱したかったのだが、マルチ報酬なんてゲーム仲間が限りなくいないにとって喉から手が出る代物だったし、こんな機会なんて早々ないかもと散々悩んだ末、参加することにしたのだった。その為なら吐き気だって耐えてみせる。多分。きっと。と願いを込めた。
「えっと、俺1回戦ってるんで、最初はサポートお願いしていいっスか?」
「わかった」
「?ハブられたのに戦ってんのか?」
「前回は全滅したんスよ」
敵のモンスターかなり強いんス。ミッションがスタートしアバターを走らせる。程なくして敵のモンスターの映像が入った。こいつCMで見たやつだ、と思っていると黄瀬君のアバターが颯爽と切り込んでいく。
うわ、装備とか武器とかかなりいいものつけてるっぽいんだけど。というか始めたの最近みたいなこといってた気がするんだけど。これフルで集めるの数か月じゃ足りないよね?どうやって集めたの??
強い装備いいなあ、と思いつつ合間を見て爆弾を投げ入れていると「んん、」と黄瀬君が唸った。
「うーん…これ、ちょっと」
「どうしました?」
「ヤバいかもっス」
ゲーム画面では土田先輩が攻撃に入ったけど「うわ、結構固いな」と引いた声が聞こえた。確かに固いしあっちの攻撃がかなりえげつない気がする。
黄瀬君も土田先輩もパワー寄りだからモンスターが暴れると回避しづらいだろうし。のアバターは中間くらいにしてるけど固いやつにはあまり向いてない。結局数打たないとダメだし。
「もう1人欲しかったかも。時間内に終わるかな……ええ〜マジ強いんスけど」
「全滅したのわかった気がするわ。けど、パターンあるだろ?なんか弱点とかねーの?」
「あるにはあるっスけど、まずはコイツの懐に入らないといけないんスよね」
頭か首が弱点だから足を崩してから攻撃するのが攻略方法なのだけど、現在達が攻撃しているのは腕とか胴体部分なのであまり意味をなさない、だそうな。近づくと火を噴いてくるしなあ。
でもこの報酬を逃すのはかなり勿体ないし、お腹ぐるぐるしてるのをこれだけ我慢して、無報酬というのも嫌だ。
「あの、私行きます」
悩むように画面を見つめていただったが、大きく息を吸うとカチカチと操作しアバターを迂回させモンスターへと近づく。うん、1人攻撃じゃ反応されるか。
「すみません。おとりお願いします」
「お、了解」
「え?あ、はいっス」
攻撃する2人から離れ、モンスターに回り込んだは今度は難なく懐に入り足元に攻撃を食らわす。するとモンスターは一旦倒れるがそのままこっちに向かってきて攻撃を受けた。うわ、思ったよりも削られるなこれ。
「大丈夫か?」
「はい。あ、でも保険で回復肉作りたいんでちょっと抜けます」
「はいよ」
一旦離脱し安全圏で肉を焼き、装備のチェックをしてまたモンスターを攻撃しに走る。何度か攻撃を繰り返すと地面に落ちている時間が長くなり、黄瀬君達の攻撃も効くようになってきた。これなら行けそうだ。
「え、ちょ、」
「ぶっ」
「??どうした?」
疑問符を浮かべた火神の声が聞こえた気がしたがは構わずカチカチと操作していき、ついにはモンスターを撃破、ミッションクリアしたのだった。
よし。報酬ゲットだ。
画面を見て満足げに頷いたが顔を上げると8つの目がを見ていてソファから浮くくらい飛び上がった。
「な、なに…ですか?」
黄瀬君の視線に気がつき一気に顔色を青くすると「…お前、オタクだったんだな」とやや引き気味に火神が言葉にしたので冷や汗が流れた。
お、オタク…?!間違ってないけど。いやでも他の人に比べたら生易しいもんだし。え?もしかしてそんな目でみんな見てるの?そんなまさか、と固まっていれば土田先輩がフッと笑った。
「オタクっつーか、やりこみ半端ないだけだろ。でもマジでスゲーわ。俺ほとんど攻撃してねーよ」
「なんというか、見ているだけで指が吊りそう、と思いました」
「そうだな。の画面見てたら酔いそうになったぞ」
途中から何してるかさっぱりわかんなくなった、と漏らす火神と黒子君に「慣れればいけると思うよ」と返したがそれはどうだろうか、という顔をされた。いやでも目が慣れればいけるよ。キミ達動体視力いいし。
「アイテムもかなり使ったんじゃないか?報酬には入ってないみたいだし、足りないのあれば回すぞ」
「あ、ありがとうございます…」
マルチなんて滅多にできないし自分だけだとそこまで使わないからいいかな、と思って使ったんだけど、協力プレイなのに使い込みをさせてそのままなのは土田先輩的に悪いと思ったようだ。
アイテムを確認して「じゃあ弾薬を…」とお願いしてみたらすんなりOKが返ってきた。しかし、その譲渡の時土田先輩にPSPを近づけると青のPSPがスッと寄ってきてギクリとする。
わかっていても視線を動かせばなにやら難しい、というか悔しそうな顔をしている黄瀬君がこっちを見ていて肩がわかりやすく跳ねた。
「めちゃくちゃ強いっスね…」
「……」
「ステータス、俺の方が強いと思ったのに…」
あ、悔しい方が正解か。いや、当たっても嬉しくないよ。ヤバいよ私。
「けど、報酬貰えたんで俺のアイテムもあげるっス」とやや不貞腐れた顔でいうものだからの緊張は更に高まった。別にいりません。怖いのでいりません。と頭の中で答えた。声にはならなかった。
「次は負けないっスよ」
結局、土田先輩と黄瀬君からアイテムを補填させてもらい、画面を見ながら内心罪悪感でいっぱいになっているとまだ不貞腐れた顔の黄瀬君がそんなことをのたまい、はトイレに逃げ込みたくなった。
次なんて来なくていいです。全力で遠慮させてくださいお願いします。と心の底から思ったのだった。
2019/07/04
そしてトイレに駆け込みました。