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ストリートバスケの大会も無事終わり、思った以上に疲れたは姪っ子を抱えながら息を吐くと目の前に桃井さんがやってきた。
大会は撤収作業に入っていて、一部は屋台で食べ物を買いに行ったりトイレに行ったりしている。
は荷物番の面々と一緒に待っていたのだがまさか彼女からこっちにくるとは思ってなくてなんとなく背筋が伸びた。
甥っ子のことだろうかと緊張していればちびっこ2人に挨拶に来てくれたらしい。何気に子供好きなんだね。
「あ、あの、今日はごめんね。あとありがとう、この子達の相手してくれて」
「ううん。私も楽しかったよ。うち兄弟いないから新鮮だった」
緊張して声がちょっとひっくり返ったが桃井さんは人好きする笑顔で微笑み姪っ子を撫でて「またね」と挨拶している。結局最後まで観戦してたからなあ。
情報を抜かれたわね、と口惜しそうにリコ先輩が愚痴っていたのを思い出しなんとも言えない顔でいるといきなり彼女とバチンと目が合った。
その顔はさっきの優しい笑顔はどこへやら、とても真剣で真面目なものだった。
「あの、さんって、テツ君と付き合ってたりする?」
まるでこれから試合でもするようだと肩を張っていると彼女の口からとんでもない言葉が飛び出してきてぎょっとした。
黒子君と付き合う?どこからそんな話が?と焦ったが真剣な表情と一緒にじわじわと彼女の目が潤んできているのに気づいたは「ううん。付き合ってないよ」とすかさず答えた。
なんか、桃井さんに泣かれるのは良心が痛む気がする。それを聞いた桃井さんはぱあっと顔を輝かせると「そっか!」と頷き、背を向けた。でも何かを思い出したようでまた振り返る。
「さん!」
「は、はい!」
「私、負けないから!」
いきなり呼ばれた名前にドキリとしたが彼女は圧倒するような笑顔でいうだけいうとそのまま黒子君の元へ駆けて行き、彼女定番のハグをして帰って行った。なかなかの台風っぷりだった。
「…。何宣戦布告されてんのよ」
「リコ先輩」
振り返ればリコ先輩達が荷物を持ってこちらに歩いてきていた。手には優勝賞品があり「おめでとうございます」といえば先輩達は嬉しそうに笑った。
「それはそうとして、アンタわかってる?桃井にケンカ売られたのよ?」
「あ、あー…ははは…」
「ははは、じゃないでしょ!もう」
しっかりしなさいよ、と背を強めに叩いてくるリコ先輩に笑って返すしかなかった。だって黒子君とは本当に付き合ってないし。桃井さん本気なのわかってるしなあ。
もし仮に戦ったところで勝てる気がしないんですが、と思っていると「あの小娘に弱み見せたらあっという間に持ってかれるわよ!」とリコ先輩にまた背中を叩かれた。痛いですリコ先輩。
「え、と黒子って付き合ってないのか?」
「アンタはいつもボケてるのになんでそういう時ばっかり直球なのよ!」
この子見てたらわかるでしょ!と指を差すリコ先輩に爆弾発言をかました木吉先輩は「そうなのか?」と首を傾げるので苦笑と一緒にさっきと同じことをくり返したのだった。
*
倦怠感。
甥っ子姪っ子が家に来た時は大抵近所の公園で遊ぶだけ遊んで、それから家に帰ってお菓子を食べながらゴロゴロと遊びを繰り返して…というコースで、ここまで全力で体力を使ったのは初めてのことだった。
疲労困憊、という言葉が脳裏を過るほどにはの身体は重く気だるい。子供達も初めての人達や振り切ったテンションに全エネルギーを注いだ為今は夢の中だ。そう、2人共である。
「テツヤ君、火神君本当にありがとうね…」
ふらつく足取りで前を歩く2人に声をかけると彼らはこちらを振り返り、火神が呆れた顔で見てきた。
「お前まで倒れるなよ。流石にこいつと2人連れてくの無理だからな」
「はーい。わかってます」
火神の背中には甥っ子がいてぐっすり眠っている。同じように眠っている姪っ子は黒子君が背負っていてくれる。2人ほぼ同じくらいに落ちてしまい、途方に暮れてたところで2人が助けてくれたのだ。
周りには「また家族ごっこしてやがる」とか「だんだんそうにしか見えなくなってきて怖い」といわれたけどは愛想笑いを浮かべるしかできなかった。
火神は嫌そうに反応してたけど、寝てる子供2人を持たなくて済んだことは本当にありがたかったので家族でもなんでもいいや、と投げ捨てていた。
「あ、そういえば、参加者に聞き覚えのある名前のチームいたんだけど、どうだった?」
「あ?んなのいたか?」
「どうですかね…?ああ、でも高尾君が来てましたよ」
「高尾君?」
ダラダラと3人で歩きながらふと思い出したことを口にしてみた。前回のストバスの大会で聞いたのかな?と考えていたが思ってもみない名前が出てきて思わず聞き返した。
どうやら部活とは関係ない友達とこっそり参加していたらしい。
「遊びで参加しただけらしいですよ」
「え、でも全然見かけなかったよ?」
「すぐ負けちまったんだよ。高尾以外たいして強くなかったしな」
「それにボク達が参加してるとわかってテンション下がってましたしね」
息抜き代わりに参加したから本気で戦う気はない、といっていたらしく黒子君達と絡むまでもなく敗退して帰っていったようだ。
高尾君もそれなりに負けず嫌いだと思ってたけどそういうこともあるのか、と感心していたら「高尾君がさんによろしく、といってました」と黒子君から聞き、やっぱり高尾君だな、と思った。
「つーかよ。お前と高尾って仲いいのか?」
「どういうこと?」
「アイツ、のこと名前で呼んでるだろ」
「ああ、」
そういえば。顔は試合もあったりしてお互い知ってたけど、改めて会った時に名前で呼ばれるようになっていた。
踏み込みの深さにビックリはしたけど高尾君のキャラクター故か今ではしっくりきていて嫌、という気持ちはない。時々たじろぐけど。
「そんなに気になるなら火神君もさんのことを名前で呼べばいいんじゃないですか?」
「はあ?!…いや、そういうんじゃねぇし!」
休日もバスケとか高尾君もバスケ好きだよね、と考えていたら前の2人がを名前で呼ぶか呼ばないかで話を始めていて首を傾げた。
視線に気がついたのか火神がこちらを振り返り、気まずそうにこっちを見て「別に意味はねぇからな!」と言い訳をしてくる。
「アメリカじゃ先輩や親父とか名前呼びだったし、敬称をつけることも少ねぇんだよ。日本は仲良くても苗字で呼び合うからちょっと気になっただけだ」
「気になるなら、別に好きに呼んでくれていいけど…」
「だから、ちょっとだけだって……て!んな嫌そうな顔すんな!!」
苗字呼びが気になるらしい火神は「余所余所しい気がしただけだ!」といって「つか、もう慣れたし!」と1人で納得していた。
火神ってたまに繊細なところ出してくるよね。ちなみに嫌そうな顔じゃなくて微妙な顔をしていたのだよ火神君。想像したらなんか、むず痒く思ったのだ。その辺がギャップの差なのかな?
そんなことを話していたら甥っ子がぐずったので慌てて伺うと少し唸ってまた眠りに落ちた。ここで泣かれたら心が確実に折れるところだった。
焦った火神と一緒にホッと息を吐くと視線を感じ振り返った。
ここには3人と寝てる2人プラス1匹しかいない。なので視線を寄越してくる人物は限られる。ガラス玉のような目で見つめてくる黒子君を意味もなく見つめ返すと彼はゆっくりと口を開いた。
「そうやっていると家族に見えなくもないですね」
「なっ!んなわけねーだろ!お前まで変なこというんじゃねーよっ」
「ちょ!火神君、シーっ」
「あ、やべ…っいや、つーか元はといえば黒子が!」
「思ったことをいったまでですよ。ですが、ちょっと悔しいです」
「はあ?」
「ボクの方がさんと家族っぽく見えると思っていたので、なんか悔しいです」
また声を張り上げる火神を慌てて制止するが、黒子君は更にとんでもないことをいって達を閉口させてくる。
伺う彼の顔は無表情だがほんのり口を尖らせてるような拗ねてる顔に見えなくもない。
え?いや。悔しいって何?赤くなっていいのか呆れていいのかわからず、はなんともいえない顔で火神と一緒に盛大な溜息を吐いたのだった。
2019/07/06
嫉妬も好意も伝わり難い黒子。