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黒子君の気持ちが読めない。それはいつものことだけどこと色恋沙汰みたいなものだとより一層、意味不明なことになる。

それは昔が桃井さんのように黒子君を好きになったせいなのかもしれないのだけど。


「テツヤ君、火神君は?」
「呼び出しです」

昼休み、相方がいない黒子君のところに行くとそんな言葉が返ってきた。今日は大人しくしてたしテスト関係もこれからだ。

だとすれば、と考えたところで思い出した。

「ああ、告白か」と呟けば「火神君ってモテるんですね」と同意のような独り言のような返しで黒子君が感心していた。


「見た目怖いけど結構いい奴だってみんなわかってきたしね。スポーツもかなりできるし」
「勉強はからっきしですけどね」
「あ、それ、リコ先輩もいってた」

期末試験なんとかしなくては…と意気込んでいたリコ先輩を思い出し口にすると「また合宿するんですかね…」と黒子君が遠い目をしていた。大変だったもんね。


さんも火神君に用事ですか?」
「ううん。あんだけ目立つのがいないからどうしたのかと思って来てみただけ」

ケンカしてたらやだし、といったら「そんな頻繁にケンカなんてしませんよ」と普通に返された。黒子君がガン無視して火神がキレる、という構図を定期的に見ているんですがあれはケンカの内に入らないのでしょうか。



「そういえば週末の練習試合、どうするんですか?」
「……直談判したけどリコ先輩に却下された」

ざわざわと騒がしい中でぼんやり窓の外を見上げていたら黒子君に聞かれうんざりした顔で返した。


週末は待ちに待っていない、むしろ全力で拒否したい海常との練習試合がある。桃井さんに先に教えてもらえてたから心構えは出来てたけど、でもやっぱり行くのは怖くてリコ先輩にお願いしてみたのだ。
しかし、その申し出はあっさり却下された。

「いい加減キセリョに慣れて選手の研究をしなさい、だって」
「カントクはさんに期待しているんですね」
「流石にリコ先輩みたいには無理だけどね…」

どうやらリコ先輩は自分が卒業してからの部活を想定したプランを模索しているらしい。に全部押し付けることはしないだろうけど、支えるだけの土台を教えるつもりのようだ。

「プレッシャーだよ」とグルグルするお腹を押さえれば「楽しみにしてます」と黒子君がほんのりと柔らかく微笑んだ。





そう。黒子君は優しい。
思った以上に紳士で女子が欲しいものを簡単にくれる凄い人なのだ。

そのせいというかそのお陰というか、荒んでしまったの心に絶大な効果を発揮してしまってうっかり恋だと思ってしまった。
彼と会う度、話す度に癒されてドキドキして緊張しっぱなしだった。

でもそれは結局恋じゃないと気づく。

黒子君の優しさは平等でどこまでも平坦だ。にとっても。桃井さんにとっても。それを知った時、自分は黒子君の友達でいよう、そう誓った。


と入れ替わるように落ち込み、バスケットを嫌いになってしまった彼に寄り添えられるのは自分しかいないと思ったのだ。
バスケットに関わる仲間達では絶対に出来ない。それがたとえ桃井さんでも。

それほどまでに中学時代のバスケットを、仲間を拒絶していたんだ。

自分を助けてくれた分だけ、たとえそれ以上でも、彼が困っているなら手を差し伸べられるような近い距離で信頼が置ける位置で彼の傍にいよう、そう中学時代のあの日に決意した。



その決意がまさかこんな形で後悔することになるとは露ほども考えていなかったよ。



『友達』として、黒子君との関係はこれ以上弄りようがないところまで来ている。としても今更この関係を覆す勇気は毛頭ない。

けれど先日の黒子君と桃井さんを見て思い知ってしまった。

夏休みのストバス帰りに見た黒子君はに向けるような視線ではない、とても優しいまなざしで桃井さんを見ていた。
今思い返してみてもそう思うし、黒子君は桃井さんが大切なんだなって好きなんだろうなって自然と思えた。だからあの時嫉妬してしまったんだと思う。

友達でいいといいながら友達以上を望んでいたなんて自分自身ショックだったしとても残念な気持ちになった。


キセキの世代の仲間で異性としてずっと片思いしてきた桃井さんと、外も中も残念な部分しか見せてない傍迷惑な友人であるでは雲泥の差か越えられない溝があるのに同じ土俵にいるつもりだったなんて。


『嗚呼、私失恋してたんだ』なんて言葉が過るのすら哀れだ。


しかしまあ、遅かれ早かれそうなっていたと思えばちゃんと自覚出来てよかったのかもしれない。
にとっては桃井さんが切欠だったけど黒子君はバスケと向き合い、キセキの世代と戦うと決めた時にはもう心に決めていたんだろうから。

桃井さんの気持ちはずっと知っていたし、もしかしたら離れてみて桃井さんをちゃんと見れるようになったのかもしれない。離れたからこそ気づけたものもあるのかもしれない。



そう思えるのは、そう見えるのは、きっと喜ばしいこと、なんだとさえ思う。

『キセキの世代』は黒子君にとって今は辛い部分の記憶が大きい。それがもしプラスに向かうなら、それで桃井さんを好意的に見れるようになったのなら、それは"良いこと"なのだ。


「(桃井さんの想いが通じたら、もしキセキの世代と仲直りしたら、私の居場所はあるかな…?)」

今のところキセキの世代と仲直りできるなんて兆しはないし、誠凛だってちゃんと勝ち進めるか、日本一になれるかは不明だ。

でも頑張った分だけ黒子君には報われてほしいし幸せにもなってほしい。バスケが好きだという気持ちを持ったまま日本一になってもらえたらきっと自身も嬉しいと思えるだろうから。


「私が友達と思ってれば友達、で、いいんだよね…?」

黒子君が何をどう選んでいくかはわからないけど、自分は『黒子君の良き友人』としていれればいいかな、と願う。
それでいつか『失恋』していたことも笑って受け止められるように、黒子君を支えられたらいい。

その為にも、この曖昧で不安定で多感な感情もこのまま心の奥底に仕舞っておこう、そう誓うのだった。




2019/07/12
外は見えても中は見えない。