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屋上でと話した1週間後、部活動の時間になり火神は体育館で黒子達と一緒に練習していると遅れてカントクが体育館へと入ってきた。
集合をかけられひと通り話を聞いた後解散になったのだが火神は1人残りカントクに駆け寄った。

「カントク。マネージャーがいないんスけど」
「ああ、なら帰ったわよ」
「は?」

あの日以降ろくに話してはいなかったががいるのはわかっていたからまた遅刻かよ、と思って聞いてみたのだが帰ったとは思っていなかった。

驚いている火神にカントクは一旦視線を外すと考えるように顎に指を当て、それからこちらを見やった。


「火神君っての事情、知ってるんだっけ」
「事情……黄瀬とかの話か?…ですか?」

もしかしてカントクにも例の話をしたのか?とまた驚いていれば「そ。なら1年生は全員知ってるのね…」という呟きが聞こえ降旗達にもちゃんと話したのか、と思った。

「あの、」
「だったらこれもいいわね。今日は休みだけどここに来るかどうかはあの子の判断に任せてあるわ」
「え、それはどういう」
「最悪、退部するってことよ」


事情を知ったのなら尚更、何で部活に来ないんだろう、そう聞こうとしたらカントクは淡々ととんでもないことを火神に伝え「この時期に欠員なんて痛手でしかないわね…」とぼやきと一緒に先輩達がいる方へと歩いて行った。



*



部活後、降旗達にから話を聞いたのか?と問いただせば奴らは顔を見合せ「まあ、大体は」といい難そうに答えた。

「思った以上にヘビーでさ。知りたいって思ったこと自体好奇心だったんだって気づいて、後悔したよ」
には悪いことしたよな…喋りたくなかっただろうに」
「そういう事情じゃ辞めるっていわれても俺達じゃ止めらんないよな」
「ちょ、ちょっと待てよ!」


事情を知って何で辞める必要があるんだ?いや確かに黄瀬はうぜぇけど別に嫌がらせをしてきてるわけじゃねぇしナイフをチラつかせてるわけでもないだろ。なのに何でが辞めてしまう空気になっているんだ?

それを言葉にすれば降旗達はまた3人で顔を見合せ「火神は聞いてないのか?」と問うてくる。ざっくりだが火神も本人から聞いた。細かくはわからないがおおよそは把握してる、そう思った。


「ああいうのって当人しかわかんねーし、女子のイジメって陰湿だっていうだろ?多分俺達が考えるよりマジでヤバいやつだったと思うぜ」
「……」
「それに、あんな見たら…何もいえないって」

思い出すだけで震えたりするなんてよっぽどのことがあったんだろう。そういって降旗達は言葉を切った。



女子のイジメがどういったものかは火神にはよくわからないものだった。アメリカ時代、殴り合いのケンカくらいはあったがが受けたようなイジメの話は幸か不幸か火神の身近には、ついぞ起こらなかった。

その為、が大変だったのだろう、というところまでは想像できたがそれで部活を辞める、ということには繋がらなかった。


なんせ黄瀬も紫原も他校だ。常に顔を合わせるわけでもない。
遠目なら見ることもできるのだから当面は会わないように手助けをすればいい、それだけの話じゃないのか?それなのに降旗達は腫れ物に触れるかのような物言いでを遠ざけようとしていて火神は違和感を覚えた。


「あれ?黒子は?」
「…いたのか?」
「ああ。俺達と一緒にいたはずなんだけど、帰ったのかな?」

周りを見渡しても黒子の姿はなく既に帰宅してしまったのだとわかったが、その忽然と消えたような光景に火神は違和感以上に不安も胸に残した。



*



その不安は顕著に表れた。
学校でが登校してきたのを見て声をかけようとしたら必ず黒子が声をかけてきて妨害するようになった。

いつもならばタイミング的なものだと思うところだが、がこちらに近づくことも話しかけてくることもなくなり、黒子もに話しかけることがなくなった。


席が近いせいか黒子は火神と一緒にいることが多いがそれと同じくらいとも並んでいる光景を見ていたから、それが突如消えたみたいで火神は何かが喉が詰まったような感覚を覚えた。

部活での黒子はいつもよりもカントクに呼び出されることが多かったが練習は至って真面目にこなしていてそこまで違和感は感じない。
その代わり雑談に加わる回数が減って影が更に薄くなったように思えた。


「黒子はこのままでいいのかよ」


今日も今日とてさっさと1人で帰ろうとする黒子を捕まえ、問いただせばいつも以上の無表情が火神を見、そして機械のように口を開いた。

「いいわけ、ないです」
「だったら、」
「ですが、ボクにはどうすることもできません」

淡々と諦めを口にする黒子に火神は眉を潜めた。をバスケ部に誘ったのは黒子なのになぜそんな薄情なことが言えるんだと思った。



「昔、ボクは車道に飛びこもうとしたさんを助けたことがあります」
「っ?!」
さんも本気ではなかったと思います。あれ以降そんな行動はしていませんから……ただ、それだけ思い詰めていたさんを、あの空間から離れることができたさんを、ボクの我儘でまた引き戻してしまいました」

続けるか辞めるか、自主性に委ねるのは道理だとは思う。けれど、今のこの状況はを遠ざけているだけであってなんの解決にもならないように思えた。
そう考えていた火神だったが黒子の思いもよらない告白に開いた口を閉じるしかなかった。


「多分、ボクがいえばさんは部活に戻ってきてくれると思います。ですが、そうしたくないんです。……ボクがいえる言葉ではないですが、それでもボクはこれ以上さんを傷つけたくはないんです」
「……」
「引き込んだのはボクです。今更だってわかってます…それでも、だからこそさんにちゃんと選んでほしいんです」

部活に関わるか否か、火神達と共にいれるかどうか。無表情だった黒子の顔が苦渋に歪む。

黒子はキセキの世代に立ち向かおうと決めて歩み出した。どんなに苦しく険しくとも戦うことを決めた。だって黒子や火神達の為に頑張ろうとしてくれている。

しかし、それはあくまで黒子から受けた願いであって自身の目標ではない。

だからこういう時に不具合が起きるのだろう。彼女自身が自分の過去と向き合うと決めなければ恐らく何度もこういうことが起きるかもしれない。そしてその度に心も身体も傷つけていくことになる、のかもしれない。



黒子の願いを叶えようとすればするほどどうにもならない事態になっていく、そんな光景が見えてしまった火神は黙ったまま拳を作る黒子をただ見つめていることしか出来なかった。




2019/07/13