50


誠凛対秀徳戦の日、その日は朝から雨だった。天気予報では台風が接近してるとかどうとかいっていたけど屋内で試合をする黒子君達には関係ないことだ。

けれど、はざあざあと振り続ける雨雲のようなどんよりした気持ちが胸をしめていて短く息を吐いた。

さん。どうしましたか?」

バッグの中身を見たまま動かないに黒子君は心配そうに覗き込んでくる。そんな彼には慌てて取り繕い「なんでもない」と彼を火神の方へ追いやった。

振り返る彼に口許をつり上げ手を振ると審判の声がかかる。試合開始だ。


「リコ先輩」


ベンチに座り、ノートを抱えたは視線を落としたまま彼女を呼んだ。こちらを向いたリコ先輩にも顔を上げ彼女を見返す。

「今日、試合が終わったら、少し時間を貰えませんか?」

あまり重くならないように、でも真剣な顔で訴えれば、リコ先輩は驚いたように瞬きをして、そして「わかった」としっかりと頷いてくれた。

前を見れば誠凛と秀徳、両者睨み合う。その火蓋はボールが上がったと同時に切って落とされた。



*



うわ。何それ。対秀徳戦は最初から激しい争いになった。緑間君のシュートを中心に作り上げた陣形を火神が阻止して誠凛ペースに持って行く予定だったがそれがいまいち乗り切れていなかった。

それがわかったのは異様に息切れしてる火神を見てからだった。運動量は緑間君だって多いはず。それなのに火神の方が肩で息を繰り返すほど疲労しているのだ。


「不味いわね」

リコ先輩の独り言には彼女を見やる。そして緑間君がパスをしたことでは更にぎょっとした。

黒子君の受け売りだが緑間君はシュートに関して絶対的な執着がある。特に3ポイントに固執していて絶対に外さないという自信があるのだという。

それは前の試合を観て嫌でも思い知らされた。どんなに疲れていようとも足が震え肩が落ちようとも投げるあの瞬間だけは絶対に崩したことはない。
リコ先輩のいうように少しずつずれているのかもしれないけど、それはとても些細なことで緑間君のシュートはブレないのだ。


その緑間君がパスを出した。自信のなさの表れじゃない。勝つために流れを変えたのだ。


「(あんなことされたらもう、成長どころかジョブチェンジか新キャラじゃない)」

フェイクもパスも当たり前のはずなのに手数が増えただけでこんなにも恐ろしいなんて。戻ってきた黒子君にTシャツを差し出すとちゃんと目を合わせ受け取ってくれた。



「何かほかに必要なものはある?」
「ありがとうございます。今は大丈夫です」

少し疲れてるみたいだけどまだまだ大丈夫、と言わんばかりの目に頷き彼の背を軽く叩くとは自分の席へ戻った。新しいドライブは殆ど完成している。
ご当地マスコット並みに動けないでは練習相手にもなってないけど火神の助力もあってあとは本番で試すだけだ。

それまではこれ以上引き離されないことを祈りつつ、再開された試合に没頭した。



*



「カントク。今なら行けると思います」

火神の足に限界が近づくのを目の当たりにした誠凛側に戦慄が走る。無理を押して飛んでいる彼には予想以上の負荷がかかっているようだった。それでも火神にはあそこにいてもらわなくてはならない。
その事実にもどかしさを感じながらも最後まで持ってほしい、そう神様に願った。

そんなを他所に黒子君がリコ先輩に申し出て交代する。
水戸部先輩と交代した黒子君は一旦こちらに振り返るとと視線を合わせてきた。

その瞳に頑張れ、という気持ちを込めて頷くと彼も頷き返しチームの元へと向かっていく。


「ちゃんと完成したみたいね」
「はい」

リコ先輩に話しかけられ、は自信をもって頷いた。リングネットが揺れ、電光掲示板には誠凛側に点数が加算された。黒子君は早々に高尾君を外し、緑間君と対峙して、そして抜き去った。新技が成功したのだ。

そのことにもホッと息を吐いた。それでも試合はこれからだ。

日向先輩が3ポイントを立て続けに入れる。そこで同点にまで追いついた。残り10分。は無意識に両手を握りしめる。

黒子君の新ドライブで活路を見出したがそれでも緑間君のシュートは外れない。彼に本当の限界はないの?そんなことを思わせるくらい綺麗すぎるフォームに背筋が寒くなった。



「1年!声出てないぞ!!」

互いが1歩も引かず、攻防を繰り返していくうちに魅入っていたらしい。土田先輩の声で我に返ったは声を張り上げた。

勝ってほしい。
勝ってほしい。
木吉先輩に黒子君からのパスが繋がりシュートする。一瞬何かをためらった気がしたがそのままジャンプをするとそこへ緑間君が現れフリースローとなった。

審判の判断に達は一斉に沸く。残り2秒で舞い降りた展開に息を呑んだ。

「あれ、」

でもなんでだろう。木吉先輩の表情が硬い。
点数は入れられなかったけどフリースローで入れば何の問題もないはず。そう思ったがすぐにハッとなった。そしてリコ先輩を見ると彼女も木吉先輩の異変に気づき表情を凍らせていた。


「先輩、」
「っ…
「大丈夫です。きっと」

正直何をもって大丈夫なのか自身わからなかったが、でもリコ先輩を見ていたらそんな言葉が浮かんた。彼女を見つめ大きく頷いくとリコ先輩は1度空気を噛み「そうね」といって前を向いた。

木吉先輩が位置につき、息を整えボールを放る。1投目は難なく入った。これで、同点。あともう1点で勝てる。は手を組み祈るようなポーズをとった。そして。



「リバウンドぉー!!」

綺麗に描かれたはずの放物線はリングの枠にぶつかり零れ落ちる。その瞬間リコ先輩が叫んだが、1歩早く秀徳側が飛んだ。

取られる、そう思った光景は後から飛んだ火神が阻止し、着地と同時に彼は飛び上がりゴールに手を伸ばす。

もう限界のはずなのに、そう震え涙が滲んだところで緑間君が火神を阻んだ。空中戦は一瞬だ。一瞬で勝敗が決まる。
その瞬間を目にしたと同時に試合終了のブザーが鳴った。


「終わっ…たのか?」


誰かがそんなことを呟いた。点数は104対104。本来なら延長戦で勝敗を決めるはずだが今回はその延長戦はなかった。

試合はここで終わり。
引き分けで試合が終了したのである。

会場はどよめき騒いだ。もう終わってしまった喪失感。勝敗の決まらないもどかしさ。それがざわめきとなって響く。


木吉先輩に迫り転ばせる黒子君達を見ればホッとした顔で互いを称え合っているようだった。もしかしたら外してしまった木吉先輩を気遣ってるのかもしれない。

そんなことを思いながら、はそっと息と肩の力を抜き、鳴り響く拍手の波に耳を澄ませた。




2019/07/19