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降り続いていた雨も止み、対秀徳戦も無事終わっては約束通りリコ先輩と一緒に帰っていた。

『どうせだから夕飯も一緒に食べちゃいましょ』という提案でファミレスに来ているのだが料理を待つ間、去年の霧崎第一戦の話を切り出せば彼女は困ったように微笑んだ。


「やっぱり見てたのね」
「はい」

話があるといわれた時から直感していたらしい。淡々と去年あった全容と木吉先輩と日向先輩の会話の内容を教えてもらいは膝の上に乗せたままの手をぎゅっと握りしめた。


「木吉先輩の膝、完治していないんですね…」
「そうね。しかも今日の試合で再発してるわ」

試合が過酷であればあるほど膝への負担が増えていく。それを見ているしかないのかと思うと余計に心苦しかった。

「明日の試合、木吉先輩を出すんですか?」
「止めても聞かないでしょうね。っていうか、本人は誤魔化せてると思ってることが腹立たしいくらいよ」

私を誰だと思ってるの、と憤慨するリコ先輩には手元を弄りながら何度か歯噛みをして顔を上げた。



「高尾君…秀徳の人に聞いたんですが霧崎第一には気をつけろって。これってやっぱり試合で何かあるってことじゃ」
「勿論、あるでしょうね」
「……」
「霧崎第一は…いえ、花宮真は狡猾よ。バレないギリギリのところで仕掛けてきてる。あれを審判に知らしめるのは困難だと思うわ。申告したところで通らないもの」
「でも、だからといってみんがケガするようなことになったら…」
。あなたの気持ちはわかるつもりよ。私も腸が煮えくり返るほどムカついてるの。でも審判は全てを把握できるわけじゃない。
例え、彼らが"何かをしていると知っていても"実際に目の前で見なければ止められないのよ」

悔しいけどね。リコ先輩は短く息を吐くと店員がやってきて料理を並べ置いた。鼻をくすぐる料理はとても美味しそうに見えたが空腹には程遠い気分だった。


「私達に出来ることがあるとすれば、ケガを最小限に、必ず勝てるプランを組み立てることよ」


あんな奴らに負けられないわ、絶対に。そう宣言したリコ先輩の顔は断固として負けない意志が見てとれて、も神妙な顔で頷いたのだった。



*



打倒・霧崎第一、と掲げたまでは良かったがにしてみれば決めたところで出来ることは何もなかった。
自分は選手でもなければカントクでもない。しがないマネージャーだ。

無力、と打ちひしがれたところで火神から呼び出しがあった。何の捻りもなく呼び出された屋上に行ってみれば1年生バスケ部が揃っていて少し驚く。

「あとは黒子か」
「いえ、ここにいます」
「「「「うわあ!」」」」

の前へにゅっと現れた黒子君にそこにいた面々が驚きの声を上げた。テツヤ君、やっぱり驚かすの楽しんでるでしょ。


「テツヤ君。私を盾にして遊ばないでくれる?」
「すみません。つい」
「わざとかよ!」

黒子君が呼びに来たからてっきり知ってるのかと思ったけど「ったく、心臓にわりーな」と火神が嫌そうに顔を歪めていたのでサプライズ同然だったのだろう。嬉しくないサプライズだ。


それから肌寒い中、本題に入ったのだけど話の内容は木吉先輩と霧崎第一の話だった。火神と黒子君は日向先輩から聞いたらしい。
リコ先輩から聞いていた話と殆ど変わらない内容を全て聞き終えると降旗君達は困惑した顔で「そんな奴らと戦うのか…?」と震えあがっていた。

それはそうだろう。相手はまともにスポーツをするつもりはない。きっとケンカでもない。ただの弱い者いじめだ。



、」
「ん?」
「お前は聞いても驚かねぇんだな」

日がうっすら雲に隠れてるせいか寒くて出ている足を隠すようにしゃがみこんでいると火神が少し不満そうに見てくるので肩を竦めた。

「うん。秀徳戦の後リコ先輩から聞いたから」
「カントクから?」
「あと私も去年の霧崎第一戦DVDで見たけど……思った以上に酷かったよ」

の目ですらこれは反則なんじゃないか?とわかるものもあって嫌な気持ちにさせられた。怪我をさせられた相手が木吉先輩なら尚更だ。


リコ先輩の話では今年の霧崎第一は花宮主体で来るらしい。それがどういうことか想像に難くない。恐らくチーム一丸となってこちらを貶めにくるだろうということは安易にわかった。

「戦略はリコ先輩が頑張ってくれると思うけど、どこで仕掛けられるかはわからないから臨機応変になるだろうって」


何でスポーツの試合でそんなことまで考えなくちゃいけないのか甚だ疑問だが相手を退けられない以上こちらで対策をするしかないのだ。

それが悔しくて顔を歪めると隣にいた黒子君が腕をぴったりとくっつけてきた。視線をずらせば伺うような顔でこちらを見ている。

さんが気に病むことはありませんよ」
「そうだぜ。戦うのは俺達なんだからよ」
「…わかってるよ。でも、心配なんだからしょうがないじゃない」

わかっているのに試合に出ることも申告することもできないのだ。心のモヤモヤばかりが大きくなって嫌になる。



予鈴が鳴り、解散した達は無言のまま教室に戻った。
空気が重たい。どうにもできないと思っている自分が1番悔しい。

「テツヤ君、火神君」

教室に入り、2人の背中を見つめながらは足を止め、彼らを呼んだ。振り返る2人には息を吸い込んだ。不安はまだ胸の奥に巣くっている。


「無茶しないでね」

ケガなんてしてほしくない。でも見ている側は何もできないから。だから出来ることならば木吉先輩みたいなケガはしないでほしい。
そんな我儘な気持ちを込めれば、2人はの頭を軽く撫でていく。


「そこは"勝て"よっていうところだろ」
「ボク達は負けませんよ」


そんな卑怯な手を使う人達に屈したりしません。2人の言葉には自分が随分と弱気になってたと気づく。

嗚呼、嗚呼、強いな。リコ先輩も、この2人も。

そう思ったら急に恥ずかしくなって大きく深呼吸をして無理矢理口許をつり上げると「うん。期待してる」そういって2人の背中を叩いたのだった。




2019/07/19