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霧崎第一戦の日、その日の天気は心地よいほどの快晴だったが試合が行われる会場は不穏な空気が立ち込めていた。
少なくとも誠凛側ではピリピリとした、張り詰めた空気を纏っている。練習しながらも視線は霧崎第一側に向けられていてあまり集中できていないようだった。

とて似たような気持ちで霧崎第一の動向を伺っていると「コラ、」とリコ先輩に頭を軽く叩かれた。

「アンタまでケンカ腰でどうするの」
「カントク…でも」
「気持ちはわかるけどこれはウインターカップに行けるかどうかの大一番よ。するならそっちに集中なさい」


睨んだところでどうしようもないでしょ。と呆れられた。リコ先輩のいうことはもっともだ。もっともだけど脳裏にタンカで運ばれる木吉先輩が過ぎるのだ。

ううう、と泣きそうな顔でリコ先輩を見ると「まだ試合も始まってないんだからそんな顔しないの!」と焦った顔で怒られた。


その大一番の試合だが誠凛が先制点をとれたものの波乱の幕開けでしかなかった。殆ど最初から霧崎第一が攻撃を仕掛けているのだ。
近くで、生で見ていたらこんなにもわかりやすい反則技をかけられてるのに審判がホイッスルを鳴らさないなんて。

「鳴らせないのよ。反則をしているのは審判の死角。しかも、元々荒っぽいガードをしてるせいでそれが普通なんだって思われてるんでしょうね」

丞成もそれなりに荒っぽかったけどこっちはより性質が悪いわ。苛立たし気にリコ先輩が爪を噛む。しかも去年よりもっと悪質になっているらしい。
選手の反則をチームで隠蔽している光景には悔しそうに拳を作った。



「花宮!お前だけは、必ず倒す!!」

花宮が点数を入れ、木吉先輩の横を通り過ぎる時花宮が何か言ったようだった。それが木吉先輩の逆鱗に触れた。
こちらにまで伝わる怒気と声色に身を強張らせるも、花宮には一向に伝わる気配はなくて鼻で笑って戻って行く。

頭には木吉先輩に撫でられた感触がまだ残ってる。心配そうに見ていたのがバレたみたいでの顔を見て笑われた。

いつもニコニコしていて何を考えてるかちょっとわからない時があるけどバスケが本当に大好きなんだって、そんな木吉先輩を見ているのが楽しくて嬉しいって思ってた。

その木吉先輩が怒ってる。木吉先輩も不安なんだろうか。心に巣くうもやもやとした不安には唇を噛んだ。


「何考えてんだバカタレ!!!」


黒子君に豪快に転ばされた火神の為にリコ先輩はタイムをとった。帰ってきた早々拳骨を食らう火神に周りは不憫そうに見たが本人も反省しているようだった。

タイムをとる直前火神は霧崎第一の灰色頭に肘鉄を食らったのだ。の視界では見えなかったがゴールを決めた後ふらりと動いた火神が拳を握ったので達も肝を冷やしたのはいうまでもない。
黒子君の機転で乱闘と火神の退場は免れたがそれでも寿命が縮まる思いだった。



「おい、冷やすもんくれ」

日向先輩が腕に痣を作ったようで達ベンチ組は慌ただしくアイシングを用意する。

他にもケガをしている人はいないかと見まわしていると木吉先輩がとんでもないことを切り出した。木吉先輩1人で中を守ると言い出しそこにいた全員が騒然となった。

それはそうだ。ラフプレイが過ぎる霧崎第一の攻撃を一身に受けるというのだ。そんなこと誰も望んでいない。


「何いってんだ木吉!中が特にラフプレイが酷いんだろ?!そんなことしたらお前が集中的に痛めつけられるだけじゃねーか!」
「仲間が傷つけられるよりはマシだ」

日向先輩が立ち上がり、木吉先輩に反論したが彼の意志はもう決まってるようだった。それを見ては持っていた救急箱をぎゅっと握りしめる。身体の芯から冷えていくようだった。


「ちょ…ただでさえアンタ膝を痛めてんのよ?!…ダメよ!むしろもう交代して!」
「ダメだ!やる!」

リコ先輩も動揺した顔で木吉先輩を止めようとしたが木吉先輩はそれをはねのける。


「悪いなリコ……このために戻ってきたんだ。ここで代えたら…恨むぜ、一生」



木吉先輩が強い意志と視線でリコ先輩を見上げる。そんな木吉先輩にリコ先輩は何も言えず試合が再開された。

ベンチに戻ったリコ先輩は悔しそうに眉を寄せ、苛立たし気に座る。その隣にも座った。

正直この光景は生贄みたいにしか見えなかった。
ボールが来れば来るほどラフプレイが木吉先輩だけに集中されていく。なんとか点数を入れているものの痣が増していくばかりだ。

みんな打開できない状況に苛立ちだけが増えていって試合に集中できないでいる。


「ここで、主将が入れてくれたら…」

誰かがそんなことを呟いた。も同じ気持ちで見ていたがボールが回ってきてもシュートがなかなか入らない。木吉先輩が気になって早くなんとかしなければ、と気が急いているのかもしれない。
その急いた気持ちは周りにも伝達していってパスの連携もどんどん悪くなってるように見えた。

どうしよう、流れを変えられない。と苛立ちと不安をない交ぜにした気持ちで観ていれば事故が起こった。いや、事故と見せかけた反則技が木吉先輩を襲ったのだ。



「鉄平!!」



リコ先輩の悲痛な叫びが体育館に響く。みんなが木吉先輩の名を呼び慌てて駆け寄った。木吉先輩が転ばされ床に転倒した瞬間、上から霧崎第一の灰色頭が落ちてきたのだ。

彼の肘が木吉先輩の顔に落ちる瞬間をも見ていた。心臓が止まるかと思った。あまりの衝撃にサッと血の気が引きカタカタと震えた。

一瞬良くないことが過ぎったのだ。膝以上にもっと危険なケガをしたんじゃないかと。


どうしよう。どうしよう。
そんな気持ちで動けず倒れた木吉先輩を見つめていれば彼は散漫な動きではあったがゆっくりを起き上がった。

そして花宮と対峙し両腕を広げ誠凛を守ると宣言した。木吉先輩のケガの治療でレフリータイムに入った誠凛はぞろぞろとベンチに戻り、木吉先輩を座らせた。


我に返ったは救急箱を取ったが手が震えていてそれを取りこぼしてしまう。そんな自分に内心舌打ちをして零れたものを拾っていると伊月先輩が拾うのを手伝ってくれた。

顔面に落とされたと思った肘は額に当たっていたようで、木吉先輩の髪の間から赤い血がしたたり落ちる。
運動をしているせいもあって出血が酷い。それを止める為に何枚ものタオルを使い、応急処置をとった。

リコ先輩が簡単なチェックをして脳に異常はなさそうだ、とわかると一同から安堵の息が漏れた。



「試合が終わったらいの一番に病院に行くわよ」
「ああ」

木吉先輩が倒れた時のリコ先輩のあの表情はもうない。カントクとして仕事を全うしている彼女には持っている血がついたタオルを見て眉を寄せた。私もしっかりしなきゃ。

そう思っていても手の震えはなかなかとれなかったが、後半戦、黒子君を一旦戻した誠凛は前半戦の得点差をキープしながら試合を続行された。

木吉先輩にボールが渡りまた何かあるのかと警戒したが特になにもなく霧崎第一が戻って行く。
そのことにはリコ先輩と一緒にホッと息を吐いた。


しかし今度はあの花宮がスティールで得点を増やしていく。それと同時に伊月さんのボールが悉く取られる事態になった。誠凛は電光石火の如く素早いパス回しに特化している。
その中心に伊月さんがいるのに何故かボールが通らない。

ラフプレイはされていないのに何故?と考えていると第3クオーター終了のブザーが鳴った。ベンチに戻るなり伊月先輩の苛立たし気な声が体育館に響く。

花宮は何をしたんだろう。まさか見えないところでまた嫌がらせをしてるのでは、と危惧したが木吉先輩を見て急いでアイシングを用意した。


不安を吐露することもできず、ただ不満を苛立ちを隠しながらみんなが沈黙していると黒子君が静かに口を開いた。

「もしかしたら突破口が出来るかもしれません。ボクがチームプレイをやめれば」

彼の言葉に全員が驚く。火神がみんなが思っていることを口にすると、黒子君は単独行動で火神達の連携を崩すプレイをするという。
その真剣な表情に採算はあるのかもしれないけど、はたまらず口を開いた。



「それがあっちの人達にバレて攻撃されたらどうするの…?」
「その時はその時です」

黒子君の影の薄さならたとえバレても逃げきれるだろう。それがいつもならば、だ。今は、あの花宮は油断できない。

火神達の連携を邪魔する形になるなら黒子君は霧崎第一と動きを連動させるということだ。近くにいればケガをする可能性が高くなるというのに、そんな奴らに自ら近づくという行為には賛同したくなかった。


「これは賭けね」
「賭けなんてのは伸るか反るかの勝負のことだろ。だったら賭けになってないぜ、こんなもん。できるさ、このチームなら」

けれども黒子君の提案以外打開の糸口はなく、先輩達も火神達からも反論が出なかった。もいってみたものの他に打開する案が出てこなくて落ち込むように視線を下げると大きな手が頭に乗った。


「大丈夫だマネージャー。黒子になんかあれば俺が守るから」
「先輩…」
「だからそんな顔すんな」

顔を上げればいつもの木吉先輩がにこやかにの頭を撫でる。大変なのは先輩達なのに私はぐだぐだするしかできないのだろうか。
撫でられる行為に甘んじながら「先輩も気をつけてください」と彼を見れば、木吉先輩は「ああ」と大きく頷きコートへと戻って行った。




2019/07/20