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誠凛ボールで動き出した選手達は霧崎第一に迫る。呼吸すら忘れる緊迫感の中伊月先輩が木吉先輩にパスを回した。しかし花宮がわかっていたかのように手を伸ばした。

その瞬間の心臓がひやりとしたが花宮の影のように現れた黒子君がすんでのところでボールを奪い、火神が得点を決めた。


「「やったー!」」


誠凛ベンチが歓声にわく。もガッツポーズをした。決まった。黒子君を見れば火神と拳を突き合わせている。ケガはしていないようだ。

そこを皮切りに誠凛はどんどんゴールを決めていった。点数はまだ追いつけていないが、流れはこちらに向いてきた。そう思っていた時だった。


「大丈夫かよ、木吉…」

小金井先輩の声でも木吉先輩を見やると彼は痛みに耐えるような顔で脇腹を押さえているのが見えた。また攻撃されたのだ。卑怯な、と眉を寄せるとリコ先輩がいきなり立ち上がりタイムを申し出た。

残り少なくなった氷を詰めて木吉先輩に振り返るとリコ先輩が仁王立ちで「限界ね。交代よ鉄平」と言い渡していた。その言葉に木吉先輩は動揺してリコ先輩に詰め寄ったが、リコ先輩は頑として曲げなかった。


「去年と同じようなことが起きるくらいなら、恨まれた方がマシよ」


リコ先輩の目に涙が浮かぶ。毅然としながらもずっと耐えていたんだ。誰よりも木吉先輩を心配していたから。
それが伝わったのか木吉先輩はたじろぎ、黒子君の言葉と日向先輩の啖呵で言葉を詰まらせた。



勝ちたいのも木吉先輩にこれ以上怪我をしてほしくないのもみんな同じ気持ちだ。差し出された水戸部先輩の手を見つめた木吉先輩は、悩むように目を閉じ、そしてゆっくりと開く。そして水戸部先輩の手を叩いた。

「ああ。そうだな……後は頼むぞ」
「あったりめーだ!ダァホ!!いい子にして待ってろ!ウインターカップの切符を持って帰ってくらぁ!!」

ベンチ組を背に日向先輩達がコートに戻って行く。その背中を見て頼もしさを感じた。
似たような目と少し悔しそうな顔をしている木吉先輩に近づいたはまだ茫然と見送る彼の手を引っ張りベンチに座らせた。


「ま、マネージャー?」
「膝痛めてるんですからさっさと座ってください!氷のうもこれで最後なんで大事に使ってくださいよ!」
「え、ええ…?もしかして、怒ってるのか?」

負荷をかけないように膝はこうしてください!とてきぱきと指示をして氷のうを膝に押し付けると木吉先輩は顔を引きつらせながらを見やった。怒ってないわけないでしょうよ。


「リコ先輩泣かせた木吉先輩の罪は重いんです」


許しませんから!とプンスカ怒ってリコ先輩の隣に座ると「ちょ、ちょっと」と窘められたが聞かないことにした。

「リコ先輩だってずっと心配してたんです。だから、もっと怒っていいと思います」

泣くまで我慢させてたことを知ってほしくて、木吉先輩のケガをずっと知っていたにもかかわらず何も言わずに耐えていたことを知ってほしくてじと目で木吉先輩を見れば、何かに気づいたようでリコ先輩を見やった。
リコ先輩はリコ先輩で少し動揺した顔で彼を見返している。



「あ、いや、そのごめん。心配かけて」
「…う、ううん」

いいたいことがあるといったにもかかわらず、リコ先輩は木吉先輩に謝られたせいか尻すぼみに返した。

本人曰く予想外の展開だったららしい。その光景をじっと見ていたや小金井先輩達に気づくと、リコ先輩は大袈裟に咳払いをし「と、とにかく今は試合に集中よ!」と勝手に話を逸らして前を向いたのだった。



*



改めて謝罪する木吉先輩とリコ先輩の話を少しだけ耳を傾け試合を観戦していると、水戸部先輩が入った後もいまいち決めきらない状況が続いていた。

黒子君の単独行動のお陰で点差が開くことは抑えられてもそれを追い越すだけのインパクトがない。それは多分日向先輩が今日は1本もシュートを決められてないのが大きな要因のように思えた。

「3ポイントが入れば波は一気にこっちにくるのに…」

そうはいっても飛距離すら出せないにとって3ポイントは夢のまた夢で、そんなことをいえる権利は全然ないのだけど。
願うように指を組めば「…できるさ」と声が聞こえ振り向いた。又隣にいた木吉先輩が聞いていたらしい。


「日向はここ1番って時に必ず決めてくれる奴だ。大丈夫」
「とにかく、日向君を信じるしかないわ」

今の私達に出来ることはね。木吉先輩とリコ先輩に諭され、は組み合わせた指に力をこめた。頑張って日向先輩。

花宮にマークされ苛立ちを露わにしている日向先輩をハラハラとした気持ちで観ていたがボールがコート外に零れた後変化が訪れた。

よくはわからないけど、黒子君から回されたボールが日向先輩に渡った時、投げるフォームがとても綺麗だった。入る、そう思った瞬間放物線を描いたボールは見事リングネットを揺らした。



「誠凛、決まった!!!」

歓声と共にみんなが走り出す。日向先輩の3ポイントが決まるようになり、伊月先輩の動きも俄然良くなった。
エンジンが温まり加速していく感覚にもやっと手の感覚が戻ってきた気がした。

順調に得点を稼ぎ、逆転まで持ち込んだ誠凛だったが霧崎第一の動きが気になり追っているとボールを持った花宮が黒子君に肘を当てようとした。

木吉先輩の時と同じ光景に息を呑んだがすんでのところでかわしホッと息をつく。やっぱり花宮は侮れない。
しかも、とんでもない場所からとんでもないシュートを決めてきては歯ぎしりした。何で、何でそこまでの技術があるのに、何であんなラフプレイをするんだろう。

普通に戦えるなら何でそれを極めないんだろう。何で。何で。人よりも能力を持っているのに。


「ふざけるな!」
「あぁ?」
「ボクはキセキの世代のバスケットが間違ってると思って戦うことを選びました。けど、彼らは決してお前のような卑怯なことはしない!そんなやり方で…ボクらの、先輩達の、みんなの夢の邪魔をするな!!!」

花宮の不敵の笑みに黒子君が真っ向から否定し、啖呵をきった。黒子君はそのボールを目にも止まらぬ速さで叩きつけると花宮の顔横を通り抜け、霧崎第一側にいる火神の元へ飛んで行った。

大きなインパクト音と共に高速パスを受け取った火神がダンク体勢に入る。木吉先輩と一緒にも立ち上がった。



「火神君っ!」

火神がリングにボールを叩きつけ、ワッと歓声が上がった。電光掲示板の得点表示が変わり、再逆転したことを確認したの目に涙が滲む。まだ終わっていないのにもう泣きそうだ。


それからも誠凛が立て続けに得点を入れ、試合終了のブザーが鳴った時には76点対70点で誠凛が霧崎第一を下したのだった。

『よっしゃああああ!!』

選手もベンチ組も思い思いに勝利を噛み締める。こんなにも嬉しそうに笑う選手達や黒子君を見て感動して涙が止まらなかった。
観客の歓声と拍手に倣いも拍手をしていたが途中から涙で前が見えなくて辛い。


「うわ、何泣いてんだよお前!つか、泣きすぎだろ!」
「だって…ぇ」

戻ってきたらしい火神にビビられたが涙が止まらないのだ。
しゃくりあげながらリコ先輩からタオルを貰い、顔に押し付けると「まったく、」と火神がの頭をやや乱暴に撫でた。

続いて伊月先輩、水戸部先輩、日向先輩に木吉先輩、そして黒子君がの頭を撫でるのでの涙腺は開きっぱなしだ。これ以上泣かせないでほしい。

「応援、ありがとうございました」
「寿命が、縮まるかと、思った…」

の前から動かない黒子君をタオルを少しずらし鼻をすすりながら「ケガとかしてない?」と聞くと大丈夫だとまた頭を撫でられた。



というか、慰めてるつもりなんだろうけど、今はむしろ涙が止まらなくなるからやめてほしい。
ボロボロと零れる涙に何でか嬉しそうにしてる黒子君に撫でられていると思ったよりも近くで花宮の声が聞こえ肩が跳ねた。

見れば彼は木吉先輩と対峙していて恨みつらみを吐き出している。まるで呪いの言葉に身を固くしていると黒子君がスッと前へ出ての視界を遮った。


「出来れば、もう2度と戦いたくないし会いたくないです。あんな人」

木吉先輩の裏のない言葉にすら吐き捨て悪童を地で行く花宮が去った後、涙が止まった顔でぼそりと呟けば「まったくだ」と流石の火神も同意した。

「気持ちはみんな一緒だろうが、来年まで顔を合わせることになるだろうな」
「呪詛飛ばしていいですか?」

というか飛ばしていいですよね?
「あいつ俺らと同じ2年だし」といつもの顔で笑う木吉先輩には心底嫌そうな顔をすると「俺、手伝うわ」と伊月先輩が申し出てくれた。一緒に潰してやりましょう伊月先輩!


さん。人を呪うと穴2つで返ってくるんですよ?」
「選手に返ってこなければよし!」
…アンタね。そこまでする価値なんてないわよ」

あんな奴、放って置きなさい。という大人なリコ先輩には唸ったが来年もこんな心臓に悪い試合を観るかもしれないと思うだけで嫌な気持ちになる。



他の学校の為にもせめて何か悔い改めさせる方法はないだろうか、と難しい顔をしているとその思考を断ち切るように日向先輩がの頭に手を置いた。

「ま、そん時はそん時だ。今から考えてもしょうがねぇ」
「日向先輩…」
「俺達が今考えることはウインターカップ本戦と今日の勝利だ!」

勝てたんだから泣いてばっかいないでもっと喜べよ!と髪の毛をかき混ぜる日向先輩に「日向君!後輩イジメちゃだめじゃない!」とリコ先輩が窘め、「いくら主将でもイジメは許しません」と黒子君が加勢し日向先輩をたじたじにさせた。

そんな光景を見ていたらなんだかおかしくなってプッと吹き出せば伝染したようにみんな笑いだし再び戻った勝利の余韻に酔いしれるのだった。




2019/07/20
予選終了。