58
無事旅館に辿り着いたは、のぼせた黒子君の介抱をこなし、桐皇と鉢合わせしたリコ先輩達からウインターカップ本戦第1回戦の対戦相手がその桐皇学園だと聞かされたりしたが、なんとかギリギリ本命の温泉に入ることができた。
リコ先輩が電話で真剣に話し込んでいたので邪魔しないように部屋を抜け出てきたのだけど、内心『明日の合宿は荒れるなぁ』と溜息を吐いたのはいうまでもない。
「「あ、」」
着替えを済まし脱衣所を出ると丁度そこを通りかかった青峰と目が合った。お互い声に出して固まったが、の方が先に視線を逸らし部屋へと歩き出した。私は何も見なかった。見えなかった。
「…あの、」
「……なんだよ」
「何でついてくるの?」
足をぴたりと止め、少しだけ振り返れば青峰も足を止めた。気だるそうな顔からは何も伺えないがの後をついて来ていることだけはわかった。
だって部屋へと上がる階段とは別方向に歩いてるのにずっと後ろにいるんだもの。
場所が場所なら通報されてるレベルだ。その気持ちも込めて訝しげに見れば青峰はそっぽを向き、頭を掻いてこちらに視線を戻した。
「お前の部屋、どこだよ」
「……なんでそれを教えなきゃならないの?」
「そこで寝させろ」
「は?」
どうして?と更に不審な目で見れば「ねみーんだよ」とジャイアンは不明瞭な理由での部屋に行こうとしてくる。
折角、黒子君と火神と青峰の3人で話してた時に上手く隠れて見つからずに済んだのに、見つかったと思ったらこれだもの。内心溜息を吐いたのはいうまでもない。
「部屋が大部屋でうるせーのがいんだよ」
「……」
「外はさみーし、寝れそうなとこは誰かしらいて場所がねぇ」
「私だって相部屋だから無理だよ」
そんなことしたらリコ先輩が卒倒しちゃう。目的がどうであれ、追いかけられてた理由がわかり短く息を吐く。ちょっと怖いな、と思ったのは内緒だ。
「他をあたってください」と彼の顔を見ないように背を向ければ急に腕が重くなりつんのめった。
ゆっくりと振り返ればジト目で見てくる青峰がの腕を掴んでいた。
「無理だって。部屋には入れ」
「どこでもいいから膝貸せよ」
「どこでもいいって……は?膝?」
そんな隠れ家みたいな場所なんて知らないよ、と思ったがその後の言葉には目を見開き固まったのはいうまでもない。
「(なんでこんなことに…)」
はぁ、と溜息を吐いたは視線の先にいるジャイアンこと青峰を見てまた溜息を吐く。私にもっと勇気があればこんな時間にこんな場所で膝枕なんてせず部屋でゲームができたのに。
結局、青峰の押しに負けて隠れ家みたいな場所を探してみたのだが、落ち着く場所は黒子君が涼んでいた自販機の隣に設置してあるベンチしかなかった。
他はお互い妥協できない場所だったのでしょうがないといえばしょうがないのだけど投げ出された彼の足の長さに寝にくそうだな、と思った。
「というか、桃井さんの部屋に行けばよかったんじゃない?」
「はあ?!…んなことしたらさつきにぶっ殺されんだろうが!」
そこまでして枕ほしいか?と呆れた目でもっと寝心地がよさそうな人物の名前を出せば青峰はぎょっとした顔で慌てふためき、「こえー想像させんじゃねぇよ」と文句をいって仰向けのまま片腕をの腰に回してきた。
脇腹に這うくすぐったい感触に驚き背筋を伸ばしただったが目下の彼を見ているうちに恥ずかしいやら腹が立つやら、とりあえずムカついたので思いっきり青峰の指を握り締め引き離した。
「……いてーよ」
「そこまで痛くしてないし」
「肘がいてぇ」
「?なん」
何でそんな場所が痛くなるの?と思ったが、そういえば青峰はインターハイで肘を痛めてた、ということを思い出しパッと手を放した。
「嘘だけどな」
「ええぇ…」
しれっと嘘を告白する青峰に苦い顔をすれば、「やっぱお前、俺に気があるんじゃねーの?」とどの口がいうのかといわんばかりの言葉にの顔が嫌そうに歪んだ。何でそんな話になるのよ。
「まあ、いいけどよ…」
さもどうでもよさそうに欠伸をかいた青峰はの腰に手を回したまま目を閉じた。
治ってるならいいけどビビらせないでほしい、とか文句のひとつでもいってやろうかと口を開いたが寝ているとはいえジャイアンこと青峰に物を申すなんて勇気はこれっぽっちも出てこなくて空気しか吐き出せなかった。
がっくり肩を落としたはしばらく青峰の顔を腹立たしげに見つめていたが、それにも飽きて周りを見回す。ブオンブオン、と自販機の作動音以外特に聞こえる物音はなかった。静かだ。
いっそ青峰の小さないびきが聞こえそうなくらい静かで、少し怖い。
最初はここを通る人に見つかるのではないかと心配していたが時間のせいか誰も通ることはなかった。
手持ち無沙汰だったはぼんやりとしていたがそのうち瞼が重くなり欠伸を噛み殺す。隣にある自販機の音が規則正しくて思ったよりも眠気を誘うらしい。
私も疲れたな、と目をしぱしぱさせていたが少しだけ目を閉じよう、そう思い大きく息を吐いて瞼を閉じた。
5分くらい経っただろうか。ふと何かが動いた気配がする。そのことに感覚が呼び起こされた。太股の辺りが急に寒くなり眉を寄せると顔を持ち上げられた。
「おい、起きろ」
声が遠くから聞こえてくる。何?と思ったが頬や耳を覆う温かさが妙に心地よかった。思ったよりも手足の末端が冷えた気がする。太腿も痺れてるから数十分は経ったのかもしれない。
まどろみながらゆっくり意識を浮上させていると口に何かを押し当てられた。前にもこんな感覚になった気がするな…と思ったところで瞼を開けるとすぐ目の前に青峰の顔があって目を見開いた。
が身じろいだことに気づいたのか青峰も目を開けるとバチンと目を合わせてくる。そ、逸らせない…。
ほんの少し見つめ合っただけだが、体感では10分以上見つめあった気がするくらい長い時間だった。
相手故か緊張のせいか顔がだんだんと熱くなり、噴出した汗に右往左往していると、青峰は鼻先くらいまで離した距離をまた近づけてきたので慌てて腕を突っぱねた。何度も同じことをされる筋合いないんですけど。
「…何、する気?」
「何ってキ」
「やっぱいわなくていいです」
一気に頭を回転させ状況を把握したは青峰の言葉を遮るとそのまま距離をとろうとしたが、突っぱねた手を取られ逆に距離をつめられてしまう。
背には壁があり逃げることもできず、目と鼻の先まで顔を近づけてくる青峰に赤くなっていいのか青くなっていいのかわからなくなった。
緊張した面持ちでできうる限り顔を引くと青峰は面白そうに目を細め、握ったの手の甲にキスを落としてくる。それだけなのぞわりと肌が粟立つ。当惑してる様を素直に顔に出せば青峰は可笑しそうに鼻で笑った。
「別に、今付き合ってる奴とかいねぇだろ?」
「…い、いてもいなくても、こういうのはダメ、でしょ」
確かに彼氏はいませんけども。できる予定もないですけども。でも、恋愛の過程すっ飛ばしてるこの状況の方がもっとおかしいですよね??私達の間に恋愛なんてありましたっけ??
困惑、という文字をありありと顔に浮かべながら青峰を見ていれば「そういうもんか?」と平然と返してきた。ジャイアンの感覚が全く理解できないです。
「別にしてーからする、でよくねぇ?」
「待って。それじゃただのケダモノだから……というか、気持ちもないのにこういうのされたら私だって怒ります」
なんなのこの人。頭痛いんですけど。ジャイアンが本当にジャイアンというかアダルトジャイアンで恐ろしくなった。
事前に好意とか告白とか、そういう素振り見せるものじゃないの?せめて一応了承とってよ。何でOKだと思われてるの私。
とにかくもう離れてほしい、とまだ無事な方の手で突っぱねてみたが何故か青峰ジャイアンは面白そうにニヤニヤしていた。何がおかしいの。
「怒る、ねぇ」
「……」
「あん時のキレ方はガチだと思ったが今もあれくらい怒ってんの?」
「?………お、怒ってます…………多分」
あの時、というのは夏休みのことだろうか。他に思いつかないし。確かにあの時並に怒ってるのかどうかと問われたら違う気はする。いやでも怒りの種類が違うような…?
青峰に対してもっと怒った方がいいってこと??殴るくらいしないと通じないのか?とやや途方に暮れるような考えに戸惑っていれば青峰と目が合った。何で目の前の彼はニヤつきながらこっちを見てるんだろう。
「多分じゃ、まだまだ話になんねーな」
「まだまだって何が…っちょ!」
掴まれていた手を二の腕にスライドさせた青峰はグイっとを引っ張りなけなしの距離を更に詰めた。
近すぎる距離にも慌てて彼の胸に手を置いたが、ジャージ越しからでもわかる、自分にはない硬さと体温に熱が伝染する。思ったよりも青峰の熱が高い。まるで燃えているようだ。
その熱が妙に落ち着かなくて急いで離れようとしたが、立膝で座っていた青峰の脚がの背に回り、彼のもう片方の手もの肩を抱くように回してきてこれ以上後ろに下がれなくなってしまった。
そして鼻先にはまた青峰の顔だ。
良くも悪くも近すぎる距離に心臓がバクバクと大きく騒ぐ。単純に未だに慣れない人との接近で緊張して頬を上気させると青峰は目を細め口許をつり上げた。
「テメーの気持ちくらいテメーで気づけ。バーカ」
何が?と問いたかったがそれは声にならなかった。ただ、最後にを見た青峰はいつもよりも表情が柔らかくてなんだか普通の人に見えた、気がした。
2019/07/23
風邪引くなよキミ達。