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『えっ?!アメリカ?!』
旅館を出た達はリコ先輩の提案で早速近くにあった市民体育館を使って合宿することになった。
しかも体育館で待っていたのはリコ先輩のお父さんである『景虎さん』で、何故かみんな上半身裸にされていた。
朝は快晴だったが今は少し雲がかかっててそれなりに寒いから、見てるこっちが寒くなる…と腕を擦っていたのは内緒だ。
しかしまあ、全員景虎さんのお眼鏡にかなったようなのでホッともしていた。
リコ先輩の言葉を聞くまでは。
「本当、今年の1年はいきなり居たり居なくなったり…ナメてんのって感じよね〜!」
リコ先輩の背中に!リコ先輩の背中に般若が!
笑ってるけど笑ってない顔で黒子君の頭絞ってる!!
てっきり既に話をつけているものだと思っていたが、火神が話したのは昨夜が最初だったのだ。
それを聞いた時点で血の気が引いたのに黒子君の頭を本気で潰しにかかっているリコ先輩を見て火神のバカー!と心の中で叫んだ。
私は事前にいうようにっていったのに!ちゃんといってよっていったのに!!あのバカガミ…!と頭を抱えていると、少し離れた場所にいたの元へ景虎さんがこっそり近づき、に話しかけた。
「ちゃんも何か嫌なことされたらおじさんにいうんだよ。あいつらを即、地獄に堕としてやるからよ」
「え、……あ、はい…」
前半はを見て、後半は日向先輩達を睨みつけるようにドスのきいた声で心配されたはぎこちなく笑うしかなかった。
ありがとうございます?と疑問符を浮かべながらも返せば「そういえば、朝大丈夫だったかい?」と続けられの動きが止まった。
「朝、あのあかいのと一緒だっただろ?何か嫌なことされなかったかい?」
「え…っ」
「アイツ、女の子の扱いわかってなさそうだからなぁ。おじさん心配だわ……もしちゃんを泣かすようなことをしたら2度とお天道様の下を歩けなくなるようにこの銃で好きなとこ穴開けてやるから。ちゃんというんだぜ」
「は、い…!い、いえ!だ、大丈夫です…!今のところないので!」
「そうかい?ま、愛娘が大事にしてる後輩ちゃんは俺にとっても大事な義理の娘みたいなもんだから、いつでも頼ってくれよ!」と笑った景虎さんはいうだけいってその愛娘の元へと戻って行く。
そして日向先輩達にはリコ先輩とは真逆の温度差と態度で山へと追い払っていた。
も選手が出て行く姿を見送っていたがリコ先輩と景虎さんだけ残ったところで泣きそうになった。
み、見られてた…!
昨夜のアレに比べたらやましいことなんてないはずだけど、景虎さんに全部見透かされた気がして、とてもはしたないことをしてる気がして、は力なくその場にしゃがみこむと熱くてしょうがない涙目の顔を両手で隠したのだった。
*
とにもかくにも頭を切り替えマネージャーの仕事を全うすべく、ドリンクを作ろうとしたのだが旅館に忘れ物をしたことに気づき、早速のやる気が挫かれた。
まるで運命にも嘲笑われてるような気分になったは、赤い顔でリコ先輩達に断りを入れると仕方なく一旦体育館を離れたのだった。
小走りで旅館に戻っていると丁度出入口に長身の集団がいてなんとなく足を止めた。桐皇学園の人達だ…!どうしよう。何気に通りにくい…。
レギュラーメンバーだけとはいえ長身で体格も良い面々が揃っていると威圧感があり自然と足が玄関から遠ざかっていく。
まるで壁だ…と自分の弱虫具合に絶望しているとこちらに気づいた諏佐佳典さんが隣にいた今吉翔一さんに声をかけた。
その伝言ゲームいらないです、と思ったところで肝心のジャイアンがいないことに気がつく。桃井さんの姿もないようだ。
「誠凛のマネージャーさんやん」
「お、お疲れ様です…」
「お疲れさん。どないしたん?」
「ちょっと忘れ物を取りに…」
「これはスマンかったな。俺らが出入口塞いどったら怖くて入れんか」
「いいいえ!そんな!」
手招きする今吉さんに恐る恐る近づけばの気持ちをすぐに理解してくれ道を開けてくれた。う、嬉しいけど凄く怖いです。
約1名(確か若松孝輔さん)に睨むように見られているのを気にしないようにしながら「すみません、通ります」といって玄関に入ろうとしたら「おお、せや」とこのタイミングで今吉さんに引き留められた。
「誠凛はここで練習しとるん?」
「はい。近くに市民体育館があったので」
「えっ本当?!」
若松さんの視線を感じながら緊張した面持ちで今吉さんに答えていると後ろから聞き覚えのある高い声が聞こえ、振り返った。
桃色の長い髪を揺らした桃井さんは玄関から出てくると「テツ君湯あたりしたって聞いたけど大丈夫なの?」とに聞いてきて、今吉さんには「なんなら便乗します?」と話しかけていた。
「そうしたいんは山々やけどこの後の試合に響くで?」
「ですよね〜」
桐皇はこの後も練習試合があるらしい。試合内容、というより時間の関係で難しいという意味みたいだ。流石は桐皇学園。
さも残念そうに「テツ君に会いたかったなぁ」と零す桃井さんに自分もそろそろ戻らないと、と足を引くと「青峰はおったんか?」と聞こえギクリとした。今1番聞きたくない名前だ。
「それが、旅館の人に聞いたら荷物を持って出て行ったっていわれて…多分先に帰っちゃったんだと思います」
「はああ?!」
肩を竦める桃井さんに内心ホッとしたが、いきなり鼓膜が破れんばかりの怒号が聞こえの身体が浮いた。
サッと顔色を悪くして視線を向ければ若松さんが鬼の形相で目をつり上げていた。
「誰にも何も言わず帰るとかどういう神経してんだよアイツは!」
「えええ〜…それ、ホンマにホンマなん?」
「はい…」
ヒィ!と数歩下がった向こう側では主将の今吉さんがうんざりというかショックを受けた顔でがっくり肩を落としている。
桃井さんの話を聞くとちゃんと今日の予定を伝えていたし、朝食までは姿を見ていたのだという。
その横では「スミマセン!スミマセン!ボクが青峰さんを引き留めなかったばっかりに!!」と何故か桜井良君が代わりに頭を下げていた。
「桜井君が"青峰君の機嫌が良い"っていってたから、てっきり今日の練習試合楽しみにしてるのかなって思ってたのに…」
「スミマセン!スミマセン!」
「そういや朝食の時、鼻歌歌ってたなアイツ…」
まいちゃんの写真集か何かの発売日だったのか?と諏佐さんが桜井君をスルーして、桃井さんを見やると彼女は難しい顔をして「そんなはずはないんですけど…」とノートを捲っていた。
「……そっちに青峰おったりせん?」
「いえ、こっちには来てないです…」
さすがにないだろうな、と思ってるだろうけど藁にもすがるような表情でこっちに聞いてきた今吉さんに申し訳なさそうに返せば彼は溜息と一緒に更に肩を落としていた。
今吉さんって試合の時怖いなって思ったけど普段は結構面白い人なのかもしれない。
ちょっと見方変わったかも、と桐皇の人達を見ていると今吉さんが肩を落としたまま「しゃーない。このメンバーで行くか…」と足を引きずるように歩き出した。
こんな気持ちでなければ、桐皇でなければ、もう少し共感できる気がしたのが残念でならない。
「さん!テツ君によろしくいっといてね!」
「う、うん」
まだ謝っている桜井君を尻目に桐皇の人達がぞろぞろと歩き出し、桃井さんもその後をついて行く。
はしばらく彼女達を見送っていたがキリのいいところで背を向けると旅館へと入った。
「(機嫌がいいって…)」
旅館の人にいって部屋の鍵を借りたは、廊下を歩きながら苦い顔になった。青峰と顔を合わせずに済んだのは良かったけどなんとなく落ち着かない。
何でご機嫌だったか、なんて知りたくもないけど、桃井さんの反応を見る限り"まいちゃん"のことではなさそうだ、と思ってしまったのが良くなかったらしい。
『もしかして、昨日のことなんじゃ』と過ってしまったから余計にだ。
「(あー違う違う違う)」
きっとそんなことを考えてしまうのは寝不足のせいだ。寝不足でさっき"好きかもしれない"なんて考えたから短絡的思考になってるのだ。
青峰のことをどうでもいいと思ってるなら『昨日のこと』と『上機嫌』を繋げてはいけないし、確認する気もないのだからその思考はあっちへポイしてこい!なのだ。
感触が1番色濃く残っている口と首周りを手の平で擦る。顔が熱くて腹立たしい。キスされたくらいで好きかも、とかお手軽過ぎでしょ自分。
近くにあんな可愛い桃井さんがいるに何でこっちにきたの?と困惑したけど、写真集買う程好きな芸能人がいるとか確実に自分アウトじゃないか。一瞬でも期待した自分ご愁傷様だよ。
流石『したいからする』男だ青峰。本気で節操なかったとは。
単純に男女の行為とただの探求心で好きでもない…というか勝手に好きだろとか思ってる同級生に手を出しただけなんて。凄いね。そんな人種近くに現れると思ってなかったよ。
そこまで考え、昨日ことをまた思い出してしまい頭を抱えた。だからもう思い出したくないんだってば!
「(こっちはこんだけ頭抱えてるのに、あっちはとっくに忘れてご機嫌なのかと思うとムカつくな…)」
それでなくとも昨夜は思考が停止して身体が固まってしまって、青峰を殴ったり蹴ったり大声をあげることもできなかった。
最後の最後で『バカ』と連呼してチョップをして帰っただけで、いいたいこともいえなかったストレスみたいなものが今湧いている。
なら何をしても許されると思われたみたいでそれだけでも腹立たしいのに。どこに恋愛的要素なんて落ちてたのよ。バカなの私。
「知ってた。"私も"バカだった…」
青峰の顔思い出して顔が熱くなるとか、掌も指も長いなとか、なんか触り方優しかったかもとかフワフワしてる気持ちとか、本当もう爆散してほしい。
叱咤する思考の隙間からなんかこの辺いいところかもみたいなこと考えてる自分が死ぬほど痛い。
あれかな。ショック過ぎて防衛本能でも出たかな。いい記憶にすり替えてダメな自分を慰めようとしてるとか。哀しいな。
「(それ以前に青峰のこと好きじゃないってこと、思い出せ自分)」
にだって好みはある。少なくとも高身長で目つきが悪くて自分勝手な青峰は範疇じゃない。悪い奴じゃないとは思ってるけどいい奴とも思っていないのだ。
それに、ついでに思い出したが、今のところ青峰に名前を1度も呼ばれていない。呼ぶようなタイミングはあったようななかったような感じだけど、多分彼はまだ私の名前を知らない。
「(恋愛以前の問題だったか…)」
思い出してガックリと肩を落とした。何でこんなことになってしまったんだろう。どうせなら普通の恋愛がしたかった。…いや、黒子君の時はちゃんと片思い出来てたと思うけど。どこで道を間違ったかな。
まあ青峰は恋愛以前の話だったんだけど。ていうか、アイツこそ彼女作れば良くない?ファンとかジャイアン好きな子いるよね??あれ、やっぱ私に手を出す必要なくない?
考えれば考える程、ただ青峰に振り回され、感情をかき乱されただけのように思えてきて、そんな自分が情けなくてムカついて無性に叫びたい気持ちになった。
「ジャイアンの、バーーーーーカ!」
それがそのまま声になり、誰もいない廊下で思いきり叫んでみたが、ふと若松さんの大声を思い出し、慌てて周りを確認してそそくさと自分が使っていた部屋へと急いだのだった。
2019/07/25
本能と理性に振り回される。