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「元気がありませんね」

クラスの人達が冬休みの予定で盛り上がっているのを少し離れたところで聞いていると、読んでいた小説から顔をあげた黒子君が伺うようにを覗き込んできた。
「何かありましたか?」という問いには持っていたバスケ雑誌を見つめながら少し唸った。


「こういうのっていわない方がいいと思うんだけど」
「何ですか?」
「火神君、本戦に間に合うのかなって…」

こういう不安は口にすると実現してしまいそうで怖い。しかも口にしてもっと心配になってしまった。

「大丈夫じゃないですか?火神君がウインターカップの日程を忘れるとは思えませんし」
「その為にアメリカに行ったしね……でも、なんというか、もしかしたらアメリカの方が楽しいのかなって」
「?」
「見送った時、あっちに帰るの、凄く楽しみにしてる感じだったんだよね」


黒子君がいう通りウインターカップを楽しみにしてる火神が忘れるとは思わないが、それでも何となく不安があって。
慣れ親しんだ場所で対等以上の体格と技術の中でバスケが出来るというのは火神にとって好ましい場所なのではないだろうか?と。

それに、あのバスケ大好きっ子はバスケのことになると他のこと忘れる傾向があるしね…とぼやけば「それは否定できません」と黒子君も同意してくれた。



「ボクもその延長でカントクに頭を潰されそうになりましたし…」
「…その表現怖いね」
「そのくらい痛かったです」

思い出すとあの痛みが蘇ってくるようです…と軽くトラウマになってる黒子君が頭を抱えている。そこまでか…と、良心が痛み「ごめんね」と謝れば、黒子君は不思議そうに首を傾げた。

「あ、いや………実は、火神君がアメリカに留学することになったの、私も1枚噛んでて」

申し訳なさそうに頭を垂れ、は黒子君に今回のあらましを告白した。告白したところで全て後の祭りなのだけど。ひと通り話し、彼の顔を伺い見れば少し困った顔でこちらを見返していた。


「話すタイミングはいくらでもあったのに、火神君酷いです」
「私も火神君も申請通るって半分くらい思ってなかったしね。でもちゃんと私からも言っておくべきだったよ」

ごめんね、と再び謝れば「さんは悪くありませんよ」と黒子君がフォローしてくれた。嬉しいけど、黒子君や般若出すほどのリコ先輩の怒りを見たら申し訳なくてやっぱり謝ってしまった。


「……さん。今日の帰り空いてますか?」


申し訳なさそうに懺悔するをじっと見ていた黒子君はふとそんなことを聞いてきた。
以前も部活後や休日にちょくちょく黒子君の練習に付き合っていただけに改めて誘われて何度か瞬きをする。



不思議に思ったが特に疑問に思わず肯定で返した。そこへ丁度チャイムが鳴り自分の席へ戻ろうと腰を浮かす。
先生が来るギリギリまでここを占拠してもこの席の主は困ったりはしない。それが少し物足りない気がして主がいない机を何となく見つめた。

さん」
「ん?」
「放課後デート。忘れないでくださいね」
「………へ???」

海外って携帯メール届くんだっけ?と考えたところで黒子君がぼそりと言い放つ。
彼の顔を見れば相変わらずのポーカーフェイスで感情は殆どわからないけど、言葉の威力が大き過ぎての頭が真っ白になったのはいうまでもない。



*



放課後、掃除を済ませたは急いで昇降口に向かうと下駄箱の傍で黒子君がぼんやり小説を読みながら立っていた。
これから一緒に帰るのだから当たり前といえば当たり前なのだが『本当にデートみたいだ』と思ってしまう。

親しみが一切ないワードにの体温が上がり、緊張して呼吸を一瞬忘れたが頭を振って靴を履き替えた。

「ごめん。お待たせ」
「大丈夫です。そんなに待ってませんから」

これもよくある会話だな。と思ったところでまた頭を振った。デートとは言われたけどデートではない。買い物に付き合うだけだ。
邪念を振り払うようにこれは買い物に同行するだけ、と頭の中で何度も唱えていると「では、行きましょうか」と黒子君が歩き出し慌てても後を追った。


黒子君の用事というのはバスケットボールを新しく買い足しに行くというものだった。そういえば前に外で練習するとボールの表面が削れて練習しにくいといっていた気がする。

スポーツ用品店で真新しいバスケットボールの手触りを確認してる黒子君を眺めながら「後でコートに行く?」と聞いたら彼は首を横に振った。


「今日はさんと話がしたいので、やめておきます」
「そ、そう…」

少々気づいたこともあったので、という黒子君はいつもの黒子君なのに落ち着かない。
ウインターカップの1回戦で桐皇学園と当たるって知ってるから悠長に構えてるわけではないだろうけど、どうしても引っ掛かる。

そう思ってしまうのは休み時間にいわれた『デート』というパワーワードのせいかもしれないな、と過りは溜息を吐いた。



会計を済ませた達は真っ直ぐマジバーガーに向かった。
ボールで出費してしまった黒子君とポテトをシェアしてだらだらと話していたのだけど、その光景がまさにデートに見えるかもな、と気づいてしまいはいよいよ顔をしかめた。

ダメだ、このままじゃ。ろくでもない妄想で私の思考回路がパンクする。


さん。どうかしましたか?」
「……あ、あのさ。物凄い変な話してもいい?」

意を決して話を切り出すと黒子君は不思議そうな顔をしながらも頷いてくれた。

それを見てはトレイを端に寄せると鞄からルーズリーフとペンを取り出し線を描いた。それがバスケットのコートになりゴールと選手を適当に…というかが思い浮かべた場所に白丸と黒丸を描く。

「インターハイの誠凛対桐皇戦のDVD見直して思ったんだけど、この時どうしてテツヤ君こっちに行ったの?」
「…それは、丁度青峰君の視線上にボールがあったのでそれをずらす為に移動しました」
「え、でも間に日向先輩達いたよね?」
「エンジンがかかった青峰君にとって大概の障害は"ただいるだけ"と同じです。それならば"障害"を目隠しにした方が得策だと思いました」
「そっか。うーん…ならさ、これは?」


新しい紙を取り出し今度は赤ペンで新しい丸を描き足す。それにも黒子君は丁寧に答えてくれた。そんなことを何度か繰り返し、ルーズリーフが8枚くらいになったところで黒子君が「あの、」と話を遮った。



「これをカントクに話したんですか?」
「え?ううん。私が勝手に見直した過去の試合だし、リコ先輩はもう知ってることだろうからこういう話はしてないよ」
「……」
「だけど、見ただけじゃわからないとこがあって……あ!ごめん!もしかして嫌だった?」
「そんなことないです。ですが驚きました」
「え?」
さん。バスケ、というかボクのことをここまで研究していたんですね」

ルーズリーフを広げ、まじまじと見つめながら感心する黒子君には思わず「へ?!」と素っ頓狂な声をあげた。
何で?と一気に赤くなった顔で彼を見返すと、黒子君は数枚の紙を見返しながら「全部ボク関連の話だったので」とのたまいは我に返った。そうだ。これ全部黒子君の話だ。


「あ……や、でもこういう話は本人しかわからないだろうし」
「そうですね」
「……」
「……」

私のバカ。ここで黙ったら話を逸らした意味がないじゃないか。
デートっぽくならないように、と思ったことが裏目に出た気がしては熱くなったパニック状態の頭をフル回転させた。

「ちょ、ちょっとコンプ魂に火がついたというかなんというか…前に!そう、前にNBAのゲーム見つけてやってみたんだけど、思ったより物足りなくてさ!」
「そうなんですか?」
「本人使ってるんだけど操作性とかがね…単調というかつまんないというか。これだったら生の試合の方が何倍も楽しかったな、と…」



生といってもプロではなく黒子君達の試合のことなのだが。
桐皇戦は苦しくて辛かったけど久しぶりに見直したらとてもいい試合だった。火神が抜けた後はやはり辛かったけどそれまでは"楽しい"と思える試合だった。

「景虎さんが桐皇学園がチームだっていったのなんとなくわかる。インターハイの後何度もDVD見直してるけど最後まで桐皇が崩れる兆しすら見えなかったもの」
「……」
「唯一隊列乱してるジャイアンを切り崩せたらいけるかも、と思ってノートにパターン書き出してたんだけど、解れた箇所が悉くフォローされてて本当に頭にきたよ」

アンタら超人か!と悔しそうに握りこぶしを作れば「ジャイアン…あ、青峰君ですか」と黒子君にいい直された。うん。そうです。


「…だからこそボク達も対等に戦う為に個々の能力の強化が必要なんですよね」
「だね」
「ボクもあと1つか2つ手数を増やしたいところです」
「景虎さんにいわれたシュート力とか?」
「そうですね……とはいっても、相変わらずの確率の低さですが」
「うーん。何でだろうね」

景虎さんに徹底的に習ってるから出来るようになってもおかしくないのに黒子君のシュート力は相変わらず低いままだ。勿論前よりは上手くなってるけど彼の目指すレベルには程遠い。



「うちにもハンディあるからそれで撮って確認しながらやってみる?」
「はい。すみませんがお願いしてもいいですか?」
「了解」
「あともうひとつ、お願いしてもいいでしょうか」

やっと頭も冷えてきて、内心『よし会話も普通に戻ったぞ』と安堵したところで時間を見た。

そろそろ帰らないと、と席を立つと同じように立ち上がった黒子君がを見やった。なんだろ?と首を傾げると青峰のパターンを書き出したノートはまだ残ってるか?と聞かれ表情が固まった。


「え、うん。あるにはあるけど…」
「それを見てみたい、といったらダメですか?」
「ええ?!見ても面白くないよ?字汚いし適当に色々書いてるから見づらいし」
「構いません。それにさんの字は読みやすいですよ」
「いやいやいや!本当に汚いから!」


自分ですら見直して『これなんて書いたんだっけ?』みたいな文字がそこらかしこに散らばっているのだ。他人が見たら絶対謎の暗号になっているに決まっている。

そんなものを黒子君に読ませるなんて恥ずかし過ぎるだろう。しかも桐皇との試合でこういう流れだったら勝てるのでは?みたいな妄想を書き散らかしてる。



ダメ。やっぱ無理!そう断ったら目で見てわかるほど黒子君の顔がしょんぼりしたものになってしまい良心が過剰に痛んだ。

「もしかしたら青峰君を攻略する糸口が見つかるかもしれないと思ったのですが…」
「うっ…で、でも、私なんかのノートでそんなことわかるわけが」
「以前貰ったノートも凄く役に立ちましたよ。新ドライブの参考になりましたし」
「え、ウソ?!」

後から思えば、常に色々考えている黒子君がの乱雑な収集データごときで新技の参考になるわけがないのだが、この時は『そうなのか』とうっかり嬉しくなってしまった。

そんなわけであっさり黒子君に乗せられたは合宿の日にそのノートを持って行く約束をしてしまったのである。




2019/07/26
乗せられやすいさん。