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遠巻きにしてた人の流れも普通に戻り、は壁に背を預け行きかう人を眺めながらもう1度息を吐いた。

手足が震えててまだ動けそうにない。

思い出したくなくて記憶が飛んでるけど彼女達もを苛めてた実行犯の人達だ。忘れてくれてればよかったのに彼女達の記憶にしっかり残っていたらしい。嫌な話だ。


「(どうしよう。大丈夫かな)」


考えるのは試合をする黒子君達の邪魔をしないかどうかだ。彼女達がまだ黄瀬君を追いかけていたことに驚いたが黄瀬君と同じ学校に入ったような話をしていた気もする。

ということは彼女達以外にも元クラスメイト達がこの会場にいるのかもしれない。どうしよう。私は最後まで集中して応援できるのだろうか。



「まだこんなところにいたのかい?」

視線を下げ爪先を見つめたまま悶々と考えているとそんな声が聞こえ顔を上げた。そこには先程去っていった赤司君が立っていて驚き目を見開いた。

「赤司君、キズあるよ…」

いつの間に来たんだろう、と思ったがそれよりも彼の顔に赤い線があって頬に触れようとしたらはらりと落ちた。キズではないらしい。


「ああ、さっき前髪を切ったんだ」
「前髪…?そう、なんだ」

何故?散髪でもしてきたの?自分で?と首を傾げながら前髪を見ると確かに短くなっていた。ちょっと曲がってるけど。

「ああいう輩は簡単に性格は変わらない」
「……」
「考える時間を割くだけ無駄だ」


お前の為にもならない。脈絡もなく話し出した赤司君にはすぐ先程までいた彼女達のことをいっているのだとわかった。

多分赤司君のいうとおりだろう。逆はあったがが彼女達に嫌がらせをしていたわけでもなく、卒業して接触を断ったのにも関わらず記憶を掘り返し同じことを繰り返そうとするくらいだ。
何も変わってない彼女達にどうこういったところで何も伝わらないだろう。



「そう、だね。ありがとう赤司君」

かといってこの植え付けられた恐怖感は早々に拭えないのだけど。ぎこちなく微笑むに赤司君は少し目を細めたが「親戚に自殺者が出ても困るからね」と歯に着せぬものいいに顔が引きつった。

「やっぱり知ってたんだ」
「テツヤがいる誠凛の部員は全て把握している。ただ、その同姓同名があの披露宴にいるとは思ってなかったがね」
「はは、」

それは私も同じだ。なんとなく少し緩んだ緊張に力なく笑うと赤司君が「じゃあ、またね」と歩き出す。その彼をは引き留めた。

「髪、後で整えた方がいいかも。ちょっと曲がってる」
「ああ。そうするよ」

視線だけこちらに寄越した赤司君はそういって行きかう人の流れに消えていった。


赤司君を見送ったは深呼吸をすると寄りかかっていた壁から身を起こした。そろそろ戻らないと、と動こうとしたところでまた声をかけられた。
振り返ればそこに黒子君や火神、それに降旗君もいた。本当は火神がいることに驚くべきだったんだけどでも彼ら以外にも見知った人がいてはまた硬直した。

「え、?どうしてここに?」
さん。どうかしましたか?」

赤司君が出て行った方から歩いてきたのは誠凛とキセキの世代だった。そこで赤司君は彼らと会っていたんだと思った。けどそれは思っただけで、視線は別の方へと釘付けになる。

そのの表情を見て察した黒子君は不思議がる降旗君を通り抜けこちらに駆け寄ってくる。それに続くように火神達もに近づいた。



っち、黒子っちを迎えに来たんスか?」

黒子君に手を握られその熱さに表情を硬くすると彼も似たような顔でを見つめた。けれどそれは近くまで来た黄瀬君で遮られ「うん、そんなところ」と愛想笑いで返した。

立ち止まった黄瀬君の後ろには緑間君が視線だけこちらに向け通り過ぎ、その後ろを不機嫌そうな青峰が一瞥もなく通り過ぎて行った。

それ自体は別にいい。
不機嫌青峰と話せる気はしないしこれから試合があるのに仲良くするのも変だろう。それよりもゆったり歩きながら通り過ぎていく紫の髪の人が気になっては黒子君の手をぎゅっと握りしめた。


「あ、そうだ。っち!試合まで時間あるっスよね?俺達とゲームしないっスか?」
「何でここまで来てゲームすんだよ。お前ら自覚足んねーんじゃねぇのか?」
「仕方ないっしょ。森山先輩がっち連れてこいって聞かないんスもん」
「…もんじゃねーし」


「……?」


黄瀬君と火神の会話を頭の上で聞きながら気配は彼に集中していた。一瞬、こちらを見た気がしたけどそのまま通り過ぎていこうとした時だった。彼の呟きが聞こえドキリとする。

「あれ?どうしたっスか?紫原っち」という黄瀬君の声に振り向けばすぐ近くに紫原君の顔があって身体が硬直した。



「もしかして、さん?」

の視線に合うくらい身を屈め、眠そうな、やる気のなさそうな視線でじっと見つめてくる紫原君に血の気が引いた。怖い。どうしよう。何で名前を知ってるの?それしか頭で考えられなかった。

「ええ?!紫原っちが普通に"さん"呼びとか超レアじゃないっスか?!」
「紫原君。何でさんの名前を知っているんですか?」
「えー?…だって同じクラスだったし」

クラスメイトの名前だし知ってるの当たり前じゃん?と黒子君の問いに返していては目の前が真っ暗になりそうだった。
嘘。紫原君も覚えてるなんて。私またあの時の地獄を味あわなきゃいけないの?そればかりが思考を占めて吐き気がした。


「え!そうだったんスか?」
「…黄瀬ちんて、興味ない人覚えないよね…」
「む、紫原っちにいわれたくないっス」

驚く黄瀬君に紫原君は呆れた顔で返したがこちらに視線を戻してきたので見てわかるほど肩が跳ねた。

さんのこと忘れるわけないじゃーん。お菓子なくなるといつも俺にお菓子くれた神様みたいな人だったし」
「……」
「けど、いつの間にかいなくなったよね……転校したの?」
「てん、こう…」

後ろで火神がそんなことを呟いた。顔を見れば引きつった顔をしているのだろうけど今のにそんな余裕はない。



「あれ?でもその後も見たような…どうだったっけ?」

ゆっくりとこちらに手を伸ばす紫原君には硬直したまま内心死を覚悟した。このまま頭を潰されるかもしれない、そう思った。


「菓子触った手で触れんなよ」

前に出ようとした黒子君よりも先に火神の手が紫原君の手をはねのける。手を叩かれた紫原君はムッと顔で表情を曇らせたが反対の手での頭に手を置いた。

「お、おい!」
「こっちならいいでしょ」

声を荒げる火神に紫原君はムッとしたまま返し、そしてを見てきた。


さん、ちょっと小さくなった?」


潰されるかもしれない、という恐怖はの思い込みだったらしい。少し重いくらいの手がやんわりとの頭を撫でてくる。首を傾げ伺う彼からはあの時の恐ろしい視線も雰囲気もなかった。

っちが小さくなったんじゃなくて紫原っちがデカくなっただけじゃないっスか?」
「え〜そうなの?」

紫原君の疑問は黄瀬君が答えてくれたが、最後はどうでもよくなったようで「ふーん。まあいいや」との頭に置いていた手を放した。
その反応に黄瀬君は呆れたが紫原君はいつものどうでもいい態度で背を向け、そしてこちらに少しだけ振り返った。



さん。またお菓子頂戴ね〜」

そういって紫原君は手を振るとゆったりと歩き会場内へと入っていったのだった。



*



「ちょっと!どこに行ってたの?!…って火神君?!」

陣取っていた観客席に戻るとの姿に気づいたリコ先輩達が立ち上がりこちらに駆け寄ってきた。そして火神の姿を見つけリコ先輩は眉をつり上げたが目の前にいるの顔を見て目を見開いた。

「り…リコ先輩〜っ」
「え?ちょっとどうしたの?!あんた達何したわけ?!」
「いや!俺達は何もしてねぇ!…ですよ!」
「そうです!俺達じゃなくて」
「スミマセン。紫原君と黄瀬君に会ってしまいました」
「はあ?!」

リコ先輩の顔を見たら安堵したのかは我慢していた涙が堰を切ったように溢れ出した。ぐずぐずに泣くにリコ先輩は慌てて抱きしめてくれたが涙が止まる気配はなかった。

とりあえず震えて崩れ落ちそうになりながらもなんとか席に座りリコ先輩に背を撫でられながらタオルに涙を吸わせていると第1試合が開始された。

歓声が聞こえ顔を上げるとダイレクトに熱気と声援が伝わってくる。あと2、3時間もすればアップに入って桐皇との試合になる。
それまでにはちゃんと気持ちを切り替えなければ、そう思いまたタオルに顔を埋めたのだった。




2019/07/29
やっと紫原とも会合。