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黒子のことを凄く信頼してるのも、どこか俺達に対して線を引いてるのもなんとなくわかってたけど別に悪い奴じゃないし仕事も真面目にやってくれてたからそこまで気にしないようにしてた。

「(そりゃ、人が怖くなってもおかしくないか)」

視線の先には背を丸め、タオルに顔を埋めているがいる。は先程天敵である紫原と黄瀬に遭遇してしまったのだ。

カントクに会うまでとても静かだったがの青白い顔と目に見えて震える姿を思い出すだけで胸が痛くなる。話を聞いて事情を少なからずわかっていたから余計に不憫で仕方なかった。


、黄瀬達に会ったっていってたけど何もされてないんだよな?」

2列に並んでいる席で1番遠くにいた降旗がを伺うように見ていると伊月先輩も心配そうに振り返り周りに聞こえにくい低い声で聞いてきた。
隣に座っていた福田もこちらを見ているのを視界に入れながら降旗は「一応は」と肩を竦めた。

は殆ど会話していないし黄瀬達ものことを嫌ってるようには見えなかった。だから何もされていないといえばされていないと思う。


けど、その話してた内容は聞いてるこっちが恐ろしかった。


降旗にとっても中学時代印象が薄い子は確かにぼんやりした記憶になっている。交流も話もしていなければ日々の生活で記憶が塗り潰されていくからそれはある意味仕方のないことだと思っていた。

けれどそれでも元クラスメイトを名前や顔すらも覚えてないとかありえるだろうか。



しかもはクラス内でイジメに遭っている。たとえ関与してなくても現場を見たり聞いたりするはずで何も知らない、なんてありえないはずなのに。

それなのにあいつらは何も知らない顔で平然と何もなかったかのように普通に話かけていた。それが降旗にとってうすら寒かった。

もう苛めるつもりがないと、普通に接してくれるのはいいことだと思う。でもにとって中学時代のイジメは多分解決していない。あいつらは実行した加害者ではないだろうけど、無関係でもないのだ。

それなのに「いつの間にかいなくなった」「転校した?」は心無い言葉に聞こえてしまうし、黄瀬なんか以前の問題だろう。
怒りたくても怒れない、むしろ恐怖で固まることしかできないを見ていたら胸が苦しくて悲しくなった。


「なんつーか、さ」
「ん?」

点数が入りリードした選手と目の前の観客席が湧き上がる。今は第3クオーターで残り1分を切った。走る選手達を眺めながら言葉を切り出すと隣に座っている福田がこちらに視線を寄越してくる。

「やっぱあいつらヒデーわ」

赤司を見た時、震え上がり身が竦む想いだったけどでもそれはちっぽけなことに思えてきて降旗は溜息を吐く。
無意識のイジメってあるんだな。と初めて知った。

視線を再びに戻せばカントクと黒子に挟まれた彼女はまだ俯いていて、時折後ろに座っている火神がを伺いながら黒子と何か話しているようだった。



「殴れるもんなら代わりに殴ってやればよかった」
「……それは無理じゃね?」

ぼそりと降旗が呟いた言葉に福田が黄瀬と紫原を思い浮かべるような顔をしてこちらに返してくる。それを聞いてムッとしたがその通りだと思った。赤司に見られてビビって逃げることも出来なかったしな。


「気持ちはわかるけどな」
「おいお前ら。いうのは勝手だがケンカはご法度だかんな」
「「ういっす」」

又聞きしていた河原も似たようなことを思ったのかの方を見て同意してくれたが、それを聞いていた伊月先輩が頭を冷やせ、と言わんばかりに睨んできたので降旗達は肩を竦め頭を垂れたのだった。




2019/07/29
フリなら気持ちを分かってくれる気がして。