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ウインターカップ本戦、本日最後で最大の見ものである誠凛対桐皇戦が始まった。

初めての全国大会で前回敗北を味合わされた桐皇相手にどんなプレイが出来るかも心配ではあったが黒子君達の集中力は良い意味で動いていてリコ先輩と一緒にホッと胸を撫で下ろした。

先制点こそ先に取られたが選手達のテンションは下がらない。点を返すべく誠凛が動きだし、早々にパスが黒子君に渡った。
イグナイトパスのフォームを見て青峰が素早く対応したが肝心のボールは彼の手を弾き木吉先輩の元へ、そして速攻で火神がアリウープを決めた。

イグナイトパス・廻という改良技に目を見開く青峰がいる。その表情を見ては拳を作った。


「ああ!」

しかし、このまま波に乗ろうとした誠凛は悉く桐皇に阻まれる。淡々と点を決めてくる桐皇に逆にうすら寒さを感じた。
このまま点差をつけられるのでは?というところで火神にボールが行き、その場にいた全員に緊張が走る。

「火神と青峰の1on1?!」

小金井先輩の声にも息を呑む。アップ中の火神を見たけど調子は良さそうだったし気迫も十分に感じた。
だから青峰に後れをとるとも思わなかったけど数秒間何とも言えない空気を纏いながらの睨み合いは数分以上に感じた。

そして火神はフッと力を抜くように伊月先輩にパスを繋ぎ走って行く。傍目からは勝負から逃げたようにも見えただろうが達はホッと胸を撫で下ろした。



「同点!」
「ブザービーターで追いついた!!」

本日絶好調の日向先輩と桐皇の桜井良君と3ポイント点取り合戦になった第1クオーターは、日向先輩のギリギリのシュートが決まり同点まで追いついた。その結果には息を吐きながら拳の力を少し抜く。

ドリンクを手渡しながらリコ先輩達の話を聞いていると第2クオーターの序盤で黒子君が仕掛ける話をしていて顔をあげた。みんなの表情に不安はあったけどリコ先輩が背中を押す。

「リコ先輩。そろそろだから止めなかったんですか?」

第2クオーターが始まり選手達がコートに戻る。その背を見ながらはリコ先輩の横についた。視線をずらせば青峰がバッシュの具合を確認しながら身体を動かしている。
今日は最初から楽しみにしてるみたいだったしエンジンがかかるのも早いということか。


「そうね。青峰君がいなくても十分脅威だけど、彼が本気を出す前に少しでも点差をつけておきたい、て思ってるわ」

出来るかどうかはみんな次第だけどね。と同じようにリコ先輩も青峰を見ていて嫌そうに口許をつり上げる。リコ先輩も少し焦っているのかもしれない。でも点数が欲しいのは確かだ。
みんな、頑張って。そう願いつつ試合を見つめた。



しかしの願いは無慈悲にも跳ね除けられた。第2クオーター早々攻撃を仕掛けるはずだった黒子君の目の前に青峰が立ちはだかる。
それだけでも鳥肌が立ったのにバニシングドライブが破られた。しかもその破り方が異常だった。

「(目を閉じてテツヤ君の動きに反応するとか、ありえないでしょ)」

これが天才、これがキセキの世代だといわんばかりの光景だった。易々とボールを奪い、いとも簡単にダンクシュートを決める青峰には唇を噛んだ。規格外過ぎる。

「やめろ黒子っ」

審判席に走るリコ先輩を視界の端に捉えていたがはそれよりも黒子君に視線が釘付けになった。
ダメだ。取られる。伊月先輩からパスを貰っただけなのに瞬時にそう思った。

彼の表情はいつもポーカーフェイスでも冷静なそれでもなく、ただの高校生が悔し紛れにパスをしただけで、それを呆気なく青峰に盗られただけだった。
落ちたボールを拾い上げシュートを決められた黒子君の顔はショックと落胆に歪められていて目に見えて戦意を喪失しているのがわかった。

ダメだ。このままじゃ。そう思うのに自分はコートに入ることもかける言葉も思いつかなくてただ点差が開く光景を見ているしかなかった。


リコ先輩の機転でタイムアウトがとれ、そのブザー音を聞いたはやっと呼吸ができた気がした。生きた心地がしなかった。そう思うのは戻ってきた黒子君達も同様だろう。



「ひとまず黒子君は交代よ」

落ち込む黒子君の傍らにしゃがみこみ、彼を伺いながらリコ先輩の話に耳を傾ける。こういう時どういってあげれば正解なのかわからない。
元気づけるとしても自分の役目ではない気がして声が出ないのだ。

そのうち微かな声で「ちくしょう、」と震える声が聞こえは床に落ちた雫に胸が張り裂けそうだった。
落ちた雫は汗だったのかもしれない。でも心の底から絞り出した声は、ユニフォームを握りしめる拳は、悲痛に満ちていてまで泣きそうになる。

泣くべき相手は自分じゃないしそんな時でもないのに。お前が泣くなと自分を叱咤し、意を決して黒子君を見やれば視界にもう1人映った。

そのまま視線を上げると目が合い、をしっかり見て頷いた火神は黒子君の頭に手を乗せた。


「無駄なわけねーだろバカ。みんなは信じてるぜ…お前は必ず戻ってくるってな」
「……」
「その間に俺がアイツに教えてやるよ。無駄な努力なんざねーってな」

そう力強く言い放った火神は黒子君の頭から手を放すとを見て小さく「頼んだぞ」と言い残しコートへと戻って行った。


「テツヤ君、」
「……」
「私も信じてるよ」

火神の背をじっと見つめている黒子君のうっ血しそうな固い拳に手を置き彼を見た。ぎこちないかもしれないけど精一杯笑みを作り黒子君を見上げれば彼の顔がに向いた。
憔悴した表情に胸が痛むけどそれは気にしないことにした。



「ジャイアンに何をいわれようと私はテツヤ君を信じてる。テツヤ君が頑張ってたのを見てきたから、絶対に勝つって決めたから」
さん…」
「だからテツヤ君も火神君達を信じて」

戦うのは1人じゃないよ。圧倒的な現実を突きつけられたにもかかわらず、精神論で諭しても何の効果もないのかもしれない。でも苦労も責任も1人で負う必要はないのだ。
見つめ返すガラス玉のような瞳にもう一度頷くと試合が開始され達はコートに視線を向けた。


試合は火神と青峰の一騎打ちの場面が増えた。黒子君を下げてから火神の雰囲気が少し変わった気がする。
帰国してから既に纏う空気が変化していたけれど前よりもどこか安心感を感じていた。


「また火神と青峰の1on1だ!」


間違いなく青峰のテンションは全開でいつもなら誰も止められない独壇場になっていただろう。
しかし今はそれが出来ないでいた。対峙する火神は青峰を捉えたまま離れない。点を入れても取り返す。そんな状態が続いた。

変わり過ぎといえば変わり過ぎだ。前は疲労が溜まっていたとはいえ足がついていけなくなってたのに。アメリカでどんな修行したらこんなことになるのよ。

「火神!」

伊月先輩のパスに火神はすかさずシュート体勢に入る。ホームレスシュート?!と驚く先輩達を尻目に残り時間を確認して黒子君の手をぎゅっと握りしめた。
入れ!そう願ったが気迫で迫った青峰の妨害でボールはリングから弾かれネットを揺らさずコートに落ちていった。



「ああ…」

惜しい。あともうちょっとだったのに。そう思いながらも顔を上げ黒子君を見やれば、彼は固まったまま火神の方をじっと見つめていた。

「テツヤ君。インターバルだよ」
「!……はい」

握っていた手を軽く叩けば彼はハッと我に返りこちらに目を向ける。その瞳を見ては少し安心して彼の手を引き一緒に立ち上がった。



*



。黒子は?」

呼ばれた名前に少し驚き振り返ればそこには火神がいて、はガラス戸の向こうを見やった。
インターバルの休憩は10分だ。簡単なミーティングも終わりそれぞれ短い時間を使っているのだけど黒子君は1人外で涼んでいた。

「声かけてやんねーのかよ」
「さっきいうだけいったし、他は何いっても意味ない気がしてね」

私選手じゃないし、と肩を竦めれば火神は「そういうもんか?」とドアを開けて行こうとする。


「あ、待って。これお願い」
「…自分で渡せばいいじゃねーか」
「火神君だから意味があるんだよ」

持っていた黒子君のジャージを手渡せば彼は呆れた顔になったがそのまま受け取り「カントクが呼んでたぜ」とついでに言われたのでそのまま彼らに背を向け選手控室へと戻った。


「カントク。戻りました」

控室のドアを開ければリコ先輩が日向先輩達とフォーメーションの確認をしているところだった。もしかして変更でもあるのかな?と伺うと彼女は顔を上げ「黒子君は?」と聞いてきた。

「今は火神君と一緒です」
「そう……、」
「はい」
「黒子君、いけると思う?」

一斉に向けられる視線に背筋が伸びる。多分、これは確認だ。先程の話で黒子君は大丈夫だと明言している。それを信じて第3クオーターに戻す判断をしていたが、それでもやはり不安はあるのだろう。



じっと見つめるリコ先輩には大きく頷いた。青峰にこっぴどくやられて黒子君の心はボコボコにされたけど、火神やみんなのプレイを見てくすんだ目が元に戻ったのを確認していた。

不屈の精神とはよくいったものだと感心するくらい黒子君のメンタルは強い。


「みんなと一緒に勝つことと同じくらいテツヤ君にとって今日の試合は絶対に負けられないんです。だから、というとカラ元気にしか聞こえませんが、まだやれると思います」


それに今回はキセキの世代への殴り込み第一歩だ。負ければインターハイ予選以上の打撃が返ってくる。そうならない為にも今回の試合は絶対に負けられないのだ。

「戦えるテツヤ君を外さないでください」とお願いすればリコ先輩は短く息を吐き「そのつもりよ」と口許をつり上げに返した。




2019/07/31