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なんなのあの人…?!あの桐皇がそう簡単に主導権を寄越してくれるとは思ってなかったけどまさか黒子君に桐皇の主将である今吉さんがつくとは思わなかった。
そんな人選と黒子君封じは間違いなく桃井さんの仕業で出し抜かれたことにリコ先輩は悔しそうに爪を噛む。

どうにかしようとそれぞれもがいてるが誠凛の動きは完璧に封じられた状態になってしまった。

そしてインターバルを挟んだことで青峰の雰囲気がガラリと変わる。
ガラリというと語弊があるかもしれないが元々飛びぬけていたスペックの精度が上がりレベルの差をまざまざと突きつけられる光景になっていた。

どんどん差が開く点差には指を組み合わせ選手達を見つめる。ミスディレクションが切れた黒子君に頑張れ、頑張って、それしか願えなかった。


「次じゃない…今勝つんだ!」

黒子君が決意を固め言葉にする。それに呼応するかのようにみんなの気持ちがひとつになった気がした。その表れのように伊月先輩が黒子君の動きに反応し、今吉さんをすり抜けシュートを決めた。

「やった!点が入ったぞ!」

湧き上がる誠凛に驚く桐皇学園。その後も点を決めは難しい顔で試合を見つめた。大きく肩を上下させる呼吸に、リコ先輩が危惧した未来を捨てる行為に目を閉じたくなる。



。目を閉じるんじゃないわよ」
「!」
「勝つって決めてるなら黒子君から、みんなから目を放しちゃダメよ」

悔しいくらいスペックの高い今吉さんにどうしようもない気持ちになっているとリコ先輩に背を叩かれた。そこでブザーが鳴り慌てて立ち上がる。

泣いても笑っても次で最終クオーターだ。
大きく深呼吸をしたは両頬を思いきり叩くと気持ちを切り替え戻ってくる選手をマネージャーとして待ち構えた。

気迫は十分。
黒子君の捨て身の戦法で点差は縮められたかと思われた。このまま最終クオーターで挽回してくれればとベンチ組は誰もが思っただろう。

けれど、それは青峰がさせなかった。彼はそのままシュートをするどころかリングから遠ざかり、木吉先輩のファールを狙ってバスケットカウントを使い3点をもぎ取った。
10点差に戻された誠凛側には落胆と溜息が聞こえた。やはり本気の青峰には勝てないのだろうか。


「トリプルチーム?!」

点差が縮まらない中、黒子君達は青峰を止める為に3人でガードに入った。しかし、青峰はいとも簡単にすり抜けシュートに入る。
規格外のジャンプに度肝を抜かれたがそれ以上にシュートを外したことにみんなが驚いた。

あの青峰がシュートを外すなんて。それだけで桐皇側を動揺させるには十分な話だ。
そこからじわじわと誠凛が点差を縮め始めベンチ組の声援にも力が入る。



「凄い…」

は素直な気持ちを声に漏らした。ギリギリの心境で、自分の技も体力もガス欠ギリギリでそんな勝負に出るなんて。黒子君もまたキセキの世代の1人なんだなと思って鳥肌が立った。

3点差まで点数が縮まった誠凛は一気に追い上げムードに変わる。観客席も桐皇一色だったが誠凛の応援の声が大きくなりだした時だった。

今吉さんからパスを貰った青峰が目にも止まらぬ速さでシュートを決めてしまった。
審判が点を入れ、掲示板の数字が変わった時初めて皆が反応したくらい、青峰の行動は早過ぎた。


一体何が起こったんだ?といわんばかりの会場で青峰は1人呼吸を整える。その姿に今まで以上に寒気がした。ヤバい。その言葉だけが頭の中で響く。

理由は後からわかった。青峰の本気はまた更に上があったらしい。上げられるはずのないギアをまた上げてしまう青峰にの顔が引きつった。こんなのチート過ぎでしょ。

無敵か!と妨害していたはずの火神と伊月先輩を反応すらさせない動きですり抜けダンクシュートを決める青峰に冷や汗が流れる。
残り5分。点差は7点。気持ちだけが焦る。「俺達も声出すぞ!」という声にも一緒になって声を張り上げた。


黒子君の捨て身でボールを繋ぎなんとかシュートを決めるが点差はなかなか縮まらず、青峰と一騎打ちを申し出た火神の制限時間2分は思うよりも短く感じた。
ただただ時間を浪費していく流れに火神自身も苛立ちを感じているだろう。



けれど精度は上がってる気がするんだ。少しずつ、少しずつ青峰に近づいてる気がして。それはただのの妄想なのかもしれないけどそうあってほしいと願った。

「お願い、火神君…っ」

そう口にした瞬間、抜かれた火神君が青峰に追いつきボールを弾いた。雰囲気が変わった青峰に追いつくことすらできなくなっていた火神が初めて反応できた。
ボールはラインの外に流れ、振り返った青峰は嬉しそうに笑ったのが見える。

火神は辿り着いたのだ。青峰の高みと同じ土俵に。そこからの動きは壮絶だった。次元が違う動きとやりとりに他の選手が全く手が出せない状況になっていた。

そうなっているが誰も文句をいえなかった。いえる状況でもなかったけど、それ以上に火神と青峰の攻防が激しく圧倒的で魅了された。


息つく暇もないくらい素早い動きに視線が釘付けになる。
止まらない、止められない、止まらないでほしい。

そんな気持ちが錯綜して2人の動きを見ていたがほんの一瞬何かがズレたのか、火神が青峰を抜きシュートを決めた。そのシュートを見た観客席は敵も味方も関係ないくらい湧き上がる。
その声は割れんばかりに響いて地震かと思ったくらいだ。

桐皇ボールになりまた火神と青峰の1on1になったが、青峰は火神を抜けずに止められまた誠凛に点が入った。



「1点差だ!」
「でも残り30秒…!」
「行ける!絶対に行ける!!」

も時間を確認して青峰を見る。尻餅をついたようだけどケガはしてないようだ。あの青峰が尻餅なんて、と思ったけどもしかして足に来ているんだろうか。
だからと手を抜けるはずもないけど、と思っていたらまたあっさりと彼に点を入れられ息を呑む。これだから規格外は嫌なんだ。

ここで日向先輩に入れてもらっても延長戦になるだけ。もしそうなれば誠凛に勝ち目はない。延長の分までの体力はもうないのだ。お願い。どうか。神様に祈るように願った。


「決めてくれ!火神!」


黒子君の効果が完璧に消え、日向先輩がアシストに入った火神にパスをする。その連携をやはりというか青峰が止めてきた。リングの前に立ちはだかる青峰の手はいつも以上に大きく長く見えた。

ダメか、そう思ってしまった瞬間火神はフッと左手の動きを変えるとそのまま木吉先輩にパスを流した。
この土壇場で、この勝負所で、火神は青峰との勝負よりもチームとしての勝敗を、夏からずっと練習してきた左手の克服をも全部ここで昇華してきたのだ。

そして木吉先輩も火神に応えるように若松さんの反則を誘いシュートを決めてきた。先輩、このギリギリで肝座り過ぎですよ。



『わああああ!』

それでもこの終わり間際の激戦に燃え上がらないわけはなくも一緒になって立ち上がった。
1回きりのフリースロー。これを入れれば同点。けれどもそれはせずにリバウンドで取り返しシュートを決める。日向先輩達が話している姿を見ながらリコ先輩はそういった。


フリースローラインに木吉先輩が立つ。前にも似た気持ちであの姿を見た気がする。けれど今回は不思議と怖さはなかった。

リングを跳ねたボールを火神が受け取る。それを決めれば誠凛の勝ちだ。そう思ったがやはりそこですんなりと通してくれるわけもなく火神のダンクは青峰に邪魔され、そのまま反対側のコートまで飛んで行った。

ヤバい、と心臓がぎゅっと縮む思いをしながら視線を走らせる。その動きと同じくらいの速さで桐皇も走るが彼らの前に何故か黒子君が走っていた。

黒子君はわかっていたのだ。2人が対決すればどうなるかを。その上で彼が考える最善策を選択をしただけなのだ。後先考えない彼に呆れていいのか賛辞していいのかわからない。けれど。


「火神君!!」
『行けぇ!火神ぃ!!!』

イグナイトパスで打ち返したボールは真っ直ぐリングに向かう。そのボールを青峰の手よりも先に火神が受け取り、そしてリングに叩きつけた。
張り上げた声と共にボールが落ち、審判の試合終了のホイッスルが鳴った。



!!!」

喜ぶ先輩達を茫然と見ていたら視界が揺れ、視線を動かすとリコ先輩がを抱きしめていた。そこで勝ったんだという事実が身体の中に染み渡り鼻がツンと痛くなった。

「リコ先輩ぃ〜!!」

喜ぶ彼女を見たら張り詰めていたの気持ちが緩んでそのまま涙になった。勝った、勝てた。これ以上ない達成感だった。




2019/07/31