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「よし!みんな準備できたわね」

施錠時間も近くなり泥のように寝ていた黒子君達も一応起きたので準備をしてリコ先輩の号令で会場外に出たのだが、ぞろぞろと歩いている背中を見ると疲れがとれたというよりは更に増したようにも見えた。

「真冬はまー不愉快」
「不愉快はお前だ」

まあ、固い床で寝たらそうなるよね。と思っていたが日向先輩のツッコミのキレはいつも通りキレッキレで木吉先輩も通常運転だったので多分家で寝れば大丈夫だろう。多分。
伊月先輩はちょっと寝込むかもしれないけど。


「ちょっとぉ!大事なこと忘れてなーい?」
「え?」
「祝勝会しようよ!」
「できるか!」

軽く落ち込む伊月先輩の背中を眺めていたら今度は小金井先輩が祝勝会したーいといいだし、日向先輩のツッコミはそちらに飛び火していた。
日向先輩フルスロットルでツッコミ入れてるけど家まで体力持つだろうか。心配だわ。

その日向先輩が2回戦3回戦の話をしだし、それを聞いたはハッとなって隣にいる黒子君を見やった。


「テツヤ君。後で説教だから」
「えっな、何でですか?」

ジト目で睨めば彼は目をぱちくりとさせ本当に動揺した素振りでを見てくる。不意打ちをしたつもりはなかったけどどうやら意図せず成功してしまったらしい。



「自分がどれだけ大事なチームメイトかわかってないみたいだから。後でリコ先輩交えて体力強化とミスディレクションに代わる技の話するからね」
「そっちですか…はい。わかりました」

一体何を想像したのかわからないが黒子君はすぐ冷静を取り戻し頷いた。この子、自分が今回どれだけ身を削っているのか本当にわかっているのだろうか。

心配だわ…と眉を寄せるとリコ先輩が祝勝会をOKしていた。
お祝いも回復も必要だということらしい。みんなで食べれば団結力も上がるというし、も断る理由はなかったので成り行きを伺っていると火神が自分の家を祝勝会の場所として提供してくれた。

それはとてもありがたいのだけど、見られたら困るものとかないのだろうか。

「広いの?」
「まぁまぁじゃね?」

1番近いという火神の家に決定し食材を買い込んだはスーパーを出て先輩達の後を追いかける。横に並んできた火神にそれとなく家のことを聞いてみたけど適当に返された。

とりあえずこの人数が全員入れるというだけで十分広い気がする。「火神君って実はお金持ち?」と冷やかすように聞けば「さぁ、どうだろうな?」とやっぱり適当に返された。



「と、ここっス」

火神のマンションに辿り着いた達はひとつの部屋の前で立ち止まる彼を物珍しそうに見つめた。
このマンションファミリータイプじゃねぇか?と先輩達のやや引いた話し声が聞こえてくる。確かに1人で住むにはなかなかな建物だ。



。悪ぃけど鍵出してくんね?」
「うん」

両手にビニール袋を持ってる火神はを呼ぶとバッグから鍵を取り出して開けてほしいとお願いしてきた。今日1番の功労者を荷物持ちに使うのは少々気が引けたけど奪われてしまったのでしょうがない。

「どの辺?」
「そこのちっせぇポケットに入ってる」
「あ、あった」

チャックを開け、鍵を取り出したは目の前のドアに鍵を刺し込み鍵を開けた。
ドアを開け、火神が先に入り電気をつける。するとそれなりに広い玄関とそれに繋がる廊下が見えた。なんかそこまで広くはない?のかな。

1人で住んでいるんだよね?と皆が思いながらも家に上がり火神の後に続くと小金井先輩が「ひれぇーっ!」と叫んでいた。やっぱり。


も遅れて奥の部屋に入ればその広さに目を見開いた。え、うちよりも広くない??と思ったのは内緒だ。キッチンとリビングが繋がってるせいで余計にそう思うのだろうけどこれで1人暮らしとかどうなの?

えええ、とドン引きしてる河原君達を尻目にはそっと端の方へ寄ると先輩達は動揺を隠せないまま火神の家事情を聞いていた。お母さんはいないのか??

、ちょっと手伝ってくれる?」
「あ、はい」

食材をキッチンに移動してエプロンをつけたリコ先輩に『用意周到だ』と感心しながらも髪をまとめ、キッチン周りを見回した。



炊飯器を見つけリコ先輩に聞くと「そうねぇ。これだけいるしたくさん炊いても大丈夫でしょ」ということでは初めて家庭用炊飯器でMAXの米を炊くことになった。

そういえば炊飯器って1人暮らし用なかったっけ?これどう見ても家族用では?と思いつつ米を研いでいるとまだ部屋で騒いでいる先輩達の声が聞こえた。

「火神君ってヤな奴だったんですね。ボクもう影辞めます」
「なんでだよ!!」

黒子君には影辞めます宣言されてて火神は大いに焦っていたけども先輩達もスルーした。さらば火神君。キミはヤな奴だよ。


「リコ先輩。お鍋手伝います…よ」

鍋を作ることは決まっていたので炊飯器をセットし、振り返るとリコ先輩の手には出来上がった鍋がありは固まった。あれ。いつの間に????

「夏のアレ、もう忘れたのか?!体力回復どころか死人が出」
「できたわよ〜」
「ヒェ!」

が固まるのと同じくらいに日向先輩達もリコ先輩の料理を思い出したようで、目に見えて狼狽しているところに最終勧告が下った。

テーブルの真ん中には大きな鍋があり、人数分の食器と箸が並べられその前に選手達がお通夜のような顔で座った。
死刑囚の最後の食事ですらこんな顔で食べる人はいないだろう、というくらいの表情には何とも言えない顔で眺めた。



「いやでも、がいるし…」

もしかしたら鍋も無事では、というひとかけらの希望でみんながこちらに視線を向けてきたがが手伝おうとした時には全ての工程を終わらせてしまっていたので何もできることはなく、無言で首を横に振ることしか出来なかった。あ、水戸部先輩が倒れた。


「黒子君。まずひと口食べてごらんよ」
「喋り方が超怪しいんですけど…」

リコ先輩特製ちゃんこ鍋を囲み、意を決して伊月先輩が挑もうとしたが悟りと悪い顔の間くらいの日向先輩が黒子君を指名した。
見た目は普通。でもリコ先輩の功績で誰もが固唾を飲み黒子君を伺っていると、彼が鍋から取り出したのはバナナだった。しかも皮つきだ。


「ダッテ、バナナ、オイシイ…」


日向先輩のキレのあるツッコミにリコ先輩も落ち込み気味ではあったがそれなりに自信があるらしい素振りで食べるように勧めてくる。
その自信はどこから来るの?と小金井先輩が戦々恐々としていたが鍋から苺を取り出した木吉先輩を見ても頭を押さえた。

ちゃんこ鍋はそういう鍋じゃないですリコ先輩!これじゃただの闇鍋です!!

そう頭の中でつっこんだが味はまあまあ、というか果物が入ったことでそれなりに美味しいということがわかり、みんな一斉に箸をつけた。

も流れで鍋を口にしたが確かに食べれないことはない。独特な味になってはいるけど。リコ先輩って実は料理の天才なのかな?そんなことを考えていたら丁度ご飯が炊きあがる音がした。



リコ先輩が第2陣の鍋を作って振舞っているのでもしかしたらいらないかもしれないけど、と思いながら席を立ちキッチンに入ると立ち眩みのような眩暈がしてそのまま記憶が途切れたのだった。




2019/08/02
伊月の駄洒落はこの回のが1番好きです。