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次に目を覚ましたのは黒子君が心配そうにを揺り動かしていた時だった。
「さん!大丈夫ですか?!」
「テツヤ、くん?」
まだぼんやりする頭を抱えながら身を起こすとリビングの方でもざわざわと話し声が聞こえた。
シンクを手摺代わりに立ち上がれば先輩達も頭を振ったり押さえたりして起きたところらしい。どういうこと?と黒子君を見れば「火神君がいうにはカントクの鍋が原因らしいです」と簡潔に教えてくれた。
黒子君の視線の先にはプロテインやサプリメントの缶や袋があり、それと果物鍋が何らかの化学反応を起こしてみんな倒れたのだという。
どうやらリコ先輩は新手の暗殺者だったらしい。
部屋の隅で1人落ち込むリコ先輩の哀愁漂う背中を見つめながら「生き返れてよかったね」と力なく笑った。
「みんな、帰ったらすぐ寝ろよ」
「死ぬかと思った…」
それぞれ帰り支度を始める中、は泡のついた食器を流しながら火神を呼んだ。みんなに後片付けを手伝ってもらっていたが炊飯器の存在を忘れていたのだ。
「ごめん。ご飯大量に炊いちゃったんだけどどうしたらいい?」
「ああ。別にそのままでかまわねぇぜ。どうせ食べるし」
「でもMAXまで炊いちゃったから少しは冷凍した方がいいかも。もしくはおにぎり作ってみんなに配るとか」
「あ、ならボク食べたいです」
「俺も貰っていいか?」
火神の胃袋を考えたら1、2回で食べきってしまうのかもしれないが一応思いついたことをいってみると、近くにいた黒子君や福田君が手を挙げたので火神は短く息を吐くと「俺も手伝うわ」と頭を掻いた。
「つーかよ。」
「ん?」
「口から血ぃ出てんぞ」
トイレに行きたい小金井先輩に返答した火神は再びこちらに向き直るとシンクと一体型になっている木枠に肘をつき手を伸ばした。
はまだ皿を洗っていて確認することは出来なかったが、彼の親指の腹が唇を掠りピリッとした感覚がしたので切れたのは間違いないのだろう。
倒れた時かな?と首を傾げればいきなり小金井先輩の悲鳴が聞こえ、驚いた火神が誤っての傷がある唇をぷにっと押した。
「さん。ちょっと」
転がるように戻ってきた小金井先輩のお陰で一気に部屋が騒がしくなったが、黒子君は気にせずを呼び向き合わせてくる。
両手を掴み、引っ張るようにしゃがみこむ黒子君にどうしたの?といいながら同じようにしゃがむと「アレックス?!」と火神が驚く声が聞こえた。しかし、しゃがんだ今はシンクが邪魔で向こう側が見えない。
一体何が起こってるの?と腰を浮かそうとしたら黒子君に引き留められた。
「あの、さん。動かないでくださいね」
緊張してるような表情で、でも目はとても真剣で、彼の言葉に従うようにじっとしていると黒子君は少し腰を浮かしこちらに顔を近づけた。
え?と思った時には鼻先がつくほどまで近くて視界がぼやけ、そしてビリっとした電気が走る。
「テツ…っ」
その痛みが唇だと分かった瞬間、の身体が燃えるように熱くなった。彼の名を呼ぼうとしたがそれも唇を塞がれ遮られてしまう。
それだけでも頭は混乱してるのにダイレクトに伝わる感触に力が抜けて尻餅をついた。
ウソ、ウソだ。ゆっくりと離れた黒子君の顔は真っ赤で潤んだ目でを見つめている。きっと自分も同じ顔をしてるだろう。
「唇からまた血が出てたので…」
「そ、そう…?」
「……」
「……」
「すみません。あの、ちょっと…というか、かなり、嫉妬…しました」
「…え、」
「火神君がさんのこと、名前で呼ぶと思ってなくて」
最初言い繕おうとしたようだが、視線を逸らした黒子君は赤い顔で胸の内を吐露した。混乱していたもキズが開いたからか。と納得しようとしたが黒子君の告白にそれ以上言葉が出なかった。
繋がれた手の温度が混じり合って一本に思えるくらい熱くてそして心臓が煩くて騒がしいはずのキッチンの向こう側がどこか遠くに聞こえた。
*
「ん〜Excellent!!は料理がうまいんだな!」
「アレックス!片っ端から食ってんじゃねぇよ!あとあんまに近づくんじゃねぇって!」
「大我は心配性だな。そんなホイホイとキスなんかしないよ」
「そういってさっきがっつりしやがったじゃねーか!」
「……お、おにぎりでよろしければ、どうぞ…」
力なくできたおにぎりを差し出せばアレックスさんは目を輝かせ新しいおにぎりを頬張った。この人も胃袋底なし沼の人だろうか。
今ので何個目だろ、と思いながら新しくご飯をよそった。
どうやらアレックスさんはキス魔らしい。先にリコ先輩が毒牙?にかかったがも同様に洗礼を受けた。
その前のことでぼうっとしていたから逃げる逃げない以前の問題で、しかも妙に色っぽいというか柔らかさというかよくわかんないけど衝撃が強すぎて黒子君とのキスが霞んでしまったのはいうまでもない。
チラリと視線をやれば福田君達と一緒に黙々とおにぎりを食べている黒子君がいる。されたこと自体は記憶に鮮明に残ってるけど感触は、なんか、アレックスさんのせいで思い出せない。
それはいいのか悪いのかわからないけど、でも黒子君を見ていたらやっぱり顔が熱くなって視線を逸らした。
「」
「はい?」
「Thanks.」
顎に指をかけられ、やや強引に顔をあげさせられたの頬に柔らかいものがぶつかる。それがアレックスさんの唇だとわかって、ぼっと更に顔が赤くなった。
「…So sweet!」
「だーかーら!に近づくなっていってんだろうが!!」
赤くなったを見てアレックスさんは嬉しそうにまた抱きしめようと手を広げたがそれは火神とシンクのお陰で助かった。は、早く帰らなければ私の身が持たないのでは、と思ったのはいうまでもない。
早く終わらせよう、とおにぎりを握っているとふと隣にいる火神の手が視界に入った。
大きな手だとおにぎりも大きいな、と皿に乗せるのをぼんやり見ながら考えていると、ご飯粒がついた親指を舌で舐めとったのを見てしまい、は硬直してしまった。
「あ?なんだよ。じっと見て」
「いや、なんでも、ない…」
「………あ、」
の視線に少し眉を寄せた火神だったが、自分の親指を見て何かを思い出したらしく、みるみるうちに顔が赤くなった。
もで同じような顔になっているだろう。というか頭が沸騰してるみたいで眩暈がしそうだった。
「おやぁ。どうしたんだ?2人共顔が真っ赤だぞ?」
ニヤつくアレックスさんには泣きそうになった。
色々あり過ぎて頭が混乱してるだけだ。流せばよかったのにしっかり見てしまったせいで火神にまで被害を出してる。巻き込み事故もいいところだ。
ああもう、と頭を抱えたい気持ちになっていると、の気持ちを代弁するかのように火神がアレックスさんに向かって「Shut up!」と叫んだのだった。
2019/08/02
火神ー!誕生日おめでとう!!