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お腹を空かせた青峰に肉まんとおにぎり数個、あと飲み物を与えてさっさと家に帰したは黒子君のことも家に帰すつもりだったのだけど、何故かまだ一緒に行動していた。
時間が空いたのと元々他の試合を録画したいと思っていたので早めに会場入りしたのだが三脚を立て録画してる間も黒子君は隣の席でぐっすり眠っていた。
やたらと大きな音でドリブルする洛山の選手がプレイしてるというのに起きないとかどんだけ肝が据わっているのだろう。
疲れてるなら家で寝ればいいのに、と思ったが彼の寝顔は思うよりも胸に来て、ネガオカワイイ、と片言のように思ってしまった。
「(…というか、赤司君は出ないつもりか…)」
インターハイもそうだけど試合での彼の出番は少ない。
大事な時に出てくるから決定打としては最高なのだけど、最初から出ていたらと思うとゾッとするものもある。
一応ネットのライブ配信とテレビで確認したけど赤司君は本当に決勝戦で出てこなかった。
青峰はしょうがないにしてもケガもない赤司君が出ないとかどういうこと?と思ったのはいうまでもない。
しかもあの紫原君をも交渉で出ないように仕向けるとか赤司君の権限はどういうことになっているんだろう、とも思った。
そんな前情報を聞きながらも決勝戦は桐皇同様キセキの世代が出てこなくても十分見応えと強さがわかる試合だった。今目の前で行われている試合も含めても彼らは強い。
けれども全国にのし上がった学校が相手とはいえあっさりついた勝敗を見て、やっぱりキセキの世代が出てこないと赤司君のプレイはわからないか、と溜息を吐いた。
「(まだ寝てる…)」
できれば黒子君情報だけじゃなくて映像で見ておきたかったんだけどな、とカメラを停止にして振り返ると黒子君はまだすよすよと眠っていた。
いつもの居眠りはうつ伏せになって寝てるからこうやってまじまじと顔を見ることはなかったんだよね。
寝顔を見ていると起こすのが可哀想に思えたが別の学校の試合で観客も入れ替わり始めたのでは仕方なく彼の肩をゆすった。
「テツヤ君。試合終わったよ」
「……寝てました?」
「寝てました」
それはもうぐっすりと。と悪戯っぽく笑えば彼は頭を掻き「赤司君を観たかったんですが…」と欠伸交じりに呟いた。
「セーフ、かな。残念ながら赤司君出てこなかったよ」
「出なかったんですか?」
「うん。数分も出なかった」
出るとしたら秀徳と当たった時かもね、と間の試合を飛ばして答えると、黒子君は少し沈黙した後「そうかもしれませんね」と表情が読み取れない顔でそう零した。
「赤司君って実際、どのくらい強いの?」
観客席を離れた達は人気が少ない壁際に寄り添い先程の洛山を見返していた。
ハンディカメラをが持ち、黒子君が覗き込んでいる状態なのだがくっついてる腕と距離に案の定ドキドキしてしまい、誤魔化すように聞いてみると彼の視線がこちらに向いたような気がした。
「中学の時試合観に行ってたから強いっていうのはわかってるけど、でも同じキセキの世代と戦っても強いの?」
「…強いです。他のキセキの世代と違って体格やパフォーマンスではわかりにくいかもしれませんが戦ってみればすぐにわかるはずです」
観るだけでもきっとすぐわかりますよ。そういって黒子君は画面に視線を戻した。なにがどう、というよりも観た方が早いのか。
中学の時既に帝光の中心として動いていたけど派手なパフォーマンスは他の4人に取られていたからあまり覚えていないのが正直なところだ。
それだけ司令塔としてスムーズにこなしていたのだろうけどわかるのは凄さくらいで怖さにまでは至っていない。
やっぱりちゃんと試合観ておきたいな、と考えていると隣から「青峰君のことなんですが」といきなり切り出され、思わず肩が揺れた。
彼と別れてから今まで青峰の名前が出なかったから油断してた。
「驚かせてスミマセンでした。悪戯というには度が過ぎていますが、多分彼も悪気はなかったんだと思います」
「あ、あー…うん。はい。そ、だね」
思い出す限り悪戯の度は本当に越してたけど悪気がなかったというのも違う気がした。あれは悪意の塊だったように思う。
何をもってあんなことしてくれてるのか…というか、あの勘違いをどう否定すべきか。
いったところでわかってくれるのかな?と唸ると名前を呼ばれ、黒子君を見やった。
「青峰君に何か、されました?」
「え?!な、何って?……何も、」
ないけど、といおうとしたがガラス玉のような瞳に見つめられて嘘をつける気がしなかった。むしろバレそうな気がして視線を逸らし言い淀むと、答える前に「スミマセン」と黒子君が謝った。
「ボクももう少し早く戻っていればさんを守れたんですが…」
「う、ううん!そんなこと!ジャイアンの行動が意味不明なのはある意味いつものことだから!全然気にしてないよ」
好きでもないのにキスするとか、勝手に好きだと思い込んでるとか展開がついて行けなくて大混乱だけど、今後はなるべく2人きりの時は近づかない方向で警戒すればなんとかなるだろうし、と思いつつカラ元気で笑えば黒子君はしゅん、としたまま俯いてしまった。
私のバカ。言葉の選択誤ったのか。
「さんが青峰君のことをジャイアン、と呼んだ時に気づくべきでした…それなりに人となりを知ってる人にしかあだ名なんてつけないのに」
「あーいや、その、」
よくわかってらっしゃる。紫原君のことを"野生の紫トトロ"と陰で呼んでいるのも知っていそうだな。と考えていると黒子君が心底困った顔でこちらに向いた。
「困りました」
「え、」
「火神君どころか青峰君にも嫉妬してしまいそうです」
「へ?」
「ボクが1番さんのことを知っていると思っていたのに。ボクの知らないさんを知っているのかと思うと悔しいです」
思わず、ハンディカメラを落としそうになった。この子は何を言い出すのだろう。面と向かって不満そうな顔で真っすぐ投げられた言葉に首まで真っ赤になった。あなたは私の心臓を止めるつもりか。
「いや、私も、テツヤ君のこと全部知ってるわけじゃないし……私が知ってる人の中で1番わかってるのはテツヤ君だけど…」
自分も何を言っているのだろうか。
しどろもどろに青峰とは中学の時数回会ったくらいで、高校に入ってからもバスケの繋がりでたまたま会ったくらいの情報しかないから…だからたいしたことないよ。と答えた。
その数回が思ったよりも色濃い気がしたけど。でも、それくらいで他はほとんど何も知らないのは本当なので今は放って置こうと思った。自分の精神の為にも。
「後にも先にも私のことちゃんと知ってくれてるのテツヤ君だけだから」
恐らくこれからも黒子君ほど自分のことを気にかけてくれる人はいないだろう、と思い上がりにも近いことをいえば彼は少し黙り込み、「そんなことありませんよ」とやんわり否定した。
「さんのことを理解してくれる人はこれからもっと増えると思います。さんの人柄に惹かれる人だってきっと…ですが、そういってもらえるとやっぱり嬉しいです」
「……」
「最初に人間観察したのも、ずっと見てきたのもさんだったので」
それを誰かに奪われるのは、負けるのは悔しいです。黒子君はそう呟き前を向いた。
新手の告白か何かではないか?と思ってしまっても許してほしい。
ずるい。ずるいよ。そんなこといわれたら別に他の人に理解されなくたっていいや、なんて思っちゃうじゃないか。どんだけ人を堕とすことに長けてるの?
ああもうこの子は、と熱すぎる頬を押さえながら「…私も、テツヤ君の実験体1号になれて光栄だよ」と力なく返したのだった。
2019/08/10
新手の告白というかむしろ。