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4日目。誠凛は森園北との試合があったがはそちらには出ず、陽泉対原田西との試合を録画していた。

本当はリコ先輩の友達が録画してくれる予定だったのだけど体調不良で穴があいた為が代わりに来たのだ。
リコ先輩達に散々心配されたけど(リバースしないか)、なんとか最後まで無事観戦できた。それはきっとこの人のお陰だろう。


「いやあ、やっぱ生で見る試合はいいよな!気迫がこっちにまで伝わってくる!」
「そうですね」

脱色した金髪とは違う、独特で綺麗な柔らかい金色の髪を揺らし、眼鏡の奥で碧色の瞳を嬉しそうに細めるアレックスさんは少女のようにはしゃいで「あー私もバスケがしたいな!」と隣を歩いている。

特に待ち合わせはしていなかったのだが、陽泉の録画をする為にカメラの準備をして席に座ったら丁度アレックスさんがやって来たのだ。
席も空いていたし流れで一緒に観戦していたのだけど彼女と話をしながら見たお陰で勉強になったし精神的な打撃も少なかった。

まあ、勿論洗礼も受けたけど。


はこれから帰ってミーティングか?」
「はい。出入口で待ってるとメールが来たんで私もそっちに向かおうかと」

こちらを覗き込んでくるアレックスさんに愛想よく返すと前方に見覚えのあるジャージが目に入りピタリと足を止めた。

薄紫と白の柔らかな色合いとは真逆のいかつく大柄な集団がゆっくりとこちらに歩いてくる。数人しかいないはずなのに空間を占拠してる部分が大きい。
何人か天井に手を伸ばせばついてしまうんじゃないだろうか、と思うくらいの背の高さには無意識に後ろに足を引いた。



「アレックス!」

その中の1人がアレックスさんに気づき、彼女も嬉しそうに駆け寄った。あ、白Tシャツの氷室さんだ。とすぐにわかり、そしてしまった、と思った。逃げるタイミングを失った。

視界の中にはもりもりとスナックを食べている紫トトロがいる。には気づいてないようなので更に彼の死角になるようアレックスさんと氷室さんを盾にした。

アレックスさんはやはり教え子に会えたのが嬉しいみたいで、さっきよりも声がウキウキとして、勿論彼女の愛情表現であるキスを強請ったが氷室さんは華麗にいなしていた。
しかも氷室さんは思わせぶりな言葉で微笑み、仲間にいったん離れる旨を伝えている。なんだろ、1つしか違わないはずなのに氷室さんが大人に見える。


「それじゃあ、少し辰也と話してくるから。また後でな」
「あ、はい」

流石火神のお兄さんだ、とよくわからないまま納得していると振り返ったアレックスさんがに手を振り、その隣を歩く氷室さんが軽く会釈したのでそれを返し去っていく2人を見送った。

なんだろう。この大人でスマートな空気感。
本当に高校2年生なのかな??と2人が去っていった方向を見ていると陽泉側が騒がしくなりビクッと肩が揺れた。ああ、氷室さんってやっぱりモテるんだ。



「それよりお菓子買ってきていーい?」


ある意味火神とは正反対な雰囲気だな、と考えていると紫トトロの言葉がひゅっと頭に入ってきて身体が強張る。そしてよせばいいのに眉を寄せ不満そうな顔を見たはバッグのチャックを素早く開けた。

「あ、」

ガサ、というお菓子独特の音で紫原君の視線がこっちに向いた。そして掲げたお菓子に一目散に歩み寄り「これ、新商品のやつだ」という声に「どうぞ」と差し出す。


「え〜いいの?」

声は伺うように近くで聞こえたが、は下を向いたまま大きく頷いた。本当は後で火神に渡そうと思っていたのだがそんなことは今のの頭の中にはない。
受け取ってもらえたことに内心ホッと息を吐いた。


そう、この一連の流れがの悪癖である。紫原君が本当の不機嫌になる前にお菓子を素早く渡す。それが中学時代が身につけたいらないスキルだった。

「ちょっ!敦!!何知らない女子にお菓子貰ってんだよ!」
「なんじゃ!お前校外にもモテるのか?!羨ましいぞ!」
「しれっとアピールするなアル」
「え〜?別に知らなくないし〜この人俺の神様だから、知ってる人だし」
「「「はあ?」」」

はあ??ぎょっとして顔をあげれば陽泉の人達も驚いた顔で紫原君を見ていた。そりゃそうだ。
何をいってるのこの人、と恐々と見上げると「前に話したでしょ。お菓子くれる神様」といってが献上したお菓子の封を開けていた。



ちょっと待って。前に話したってどういうこと??何それ、と血の気が引いていくのを感じていると陽泉側の人達が「ああ!」と相槌を打ったので更に困惑した。

「お前が紫原がいっとった"神様"か!思っていたよりもちっこいの」
「当たり前だろ。お前並にでかい女とか逆こえーっつーの!」
「顎が割れてる女も嫌アル」
「ひどっ!」
「お菓子がなくなるといつでもどこでもパッと出してくる女子がいるって聞いた時は魔法使いかよ、て思ったけど生で見ると確かに神懸ってるな」

お前ら待ち合わせも打ち合わせもなかったんだろ?と目つきの悪い金髪の先輩が紫原君に聞いている。
待ち合わせなんかしようものなら事前にここを通らないようにしてましたよ!内心そうつっこんだが声になることはなかった。


というか、みんなでかーい!でかいよ!森の中にいるみたいだよ!紫原君が近くにいるだけで卒倒案件なのに彼並に大きな人達に囲まれる気持ちはまさに人間対蟻の気分だ。吐く以前にブラックアウトしそう。

しかもさっきからアジアだけど日本じゃない顔の人が無言でジロジロと見下ろしてくるの本気で怖いんですけど!

内心悲鳴を上げながら顔面蒼白になっていると「どう?神様凄いでしょ〜?」と何故か紫原君がドヤ顔をしていた。
キミは何で神様なんてつけたの?何の基準で神様認定しちゃったの?というか、どんな話を広めちゃったの??



「はいはい。ふざけるのもそこまでだ」
「荒木監督、」

グルグルするお腹と戦いながら震え上がっていると人だかりを割るように1人の女性がやって来た。どうやら陽泉の監督さんらしい。
そういえば試合中竹刀持って座ってたような、と青白い顔で成り行きを見守っていると彼女はチラリとこちらを見て「すぐにホテルに戻るぞ」と踵を返した。

颯爽と歩いていく荒木監督に他の陽泉の人達もぞろぞろとついて行く。

「それじゃあの。ちっこい神様。また今度な」
「たまたま会ったのに敦が菓子奪っちまったみたいで悪かったな」
「えー奪ってないし」
「じゃあ今度、神様にお返ししてやれよ」


やたらと定着感のある呼び方には血の気が引いた顔で内心「お返しなんていらないです、全くもっていらないです」と思ったがやはり声にはならなかった。

今度どころか明日また会うことになるのかと思うと胃がキリキリして仕方がない。

にこやかに「じゃあな神様」と手を振っていく陽泉の人達を何とも言えない顔で見送っていると最後になった紫原君がを見ていてピシリと身を固くした。
お菓子はもうバッグの中に入ってないから差し出すことはできない。


ぼんやり見下ろしてくる紫原君にハラハラとした気持ちで見上げると彼は片方の手をヌッとに差し出し、はバッグを掴んでいる取っ手を強く握りしめた。
捻り潰すよ、という言葉が頭の中に木霊する。死ぬかな。私死ぬのかな?と彼の手をじっと見つめているとピタリと止まり「あ、そっか」といって袋を持っていた方の手での頭を撫でた。



「お菓子、ありがとね」

大きく2回頭を撫でた紫原君は「これ、結構イケるよ」と感想を述べ立ち去っていく。
その背を見ながら『ああ、やっぱり中学の頃と違うや』と思った。




2019/08/11
神様。