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中学の頃の彼はいつもつまらなそうで眠そうで、でもお菓子がなくなると途端にイラついて周りを不安にさせた。
暴れることは殆どなかったけど身体が大きいせいか貧乏揺すりも教科書類を仕舞う時も出す時も全てが他の人より音が大きく荒々しくていつか被害が出るんじゃないかと隣の席にいた時はずっと気が気でなかった。
それでも救いがあったとすれば何があったとしても紫原君はお菓子を渡すと途端に静かになり機嫌も普通に戻った。
だからは彼の機嫌を降下させないよう細心の注意を払ってお菓子を献上する係を進んで手に入れたのだ。
「(お礼、いわれたの初めてかも)」
学校生活を平和に送る為、自分の身を守る為に買って出た係だけど思い出せる限り彼からお礼をいわれた記憶はなかった。
単に怖くて思い出せないだけかもしれないけど、でも彼のお礼の言葉はとても新鮮での心に響いた気がした。
「…あの人、神様だって」
「ふふ。神様にみえないんだけど」
聞こえてきた声に胃の辺りがぎゅっと締め付けられる。ああ、懐かしいなこれ。周りが全部自分のことを見て笑ってるように聞こえる。
神様なんて名前、どうして付けたんだろうか。どう考えてもバカにしてるとしか思えないし、いっそイジメにすら思える。
現に通りすがりの見知らぬ女の子達がクスクス笑ってるのが見えて胃液が咽元までせり上がる気がした。
覚えられてただけでも途方に暮れたのに、更にとんでもないあだ名をつけられてしまった。
明日の試合、辛いし行きたくないな。
このままどこかに逃げちゃいたいな。
「お?ちゃんじゃん」
蘇ってきた昔の記憶がを蝕み、いるはずのない元クラスメイトが近くにいる気がして足が竦んで歩けなくなったはぼんやりと自分の爪先を見つめ立っていると自分の名前を呼ぶ声に肩をビクッと跳ねさせた。
恐る恐る顔を上げればオレンジのジャージが目に入った。
息を呑み、ゆっくり顔を上げると高尾君がを覗き込んでいた。
「どったの?誠凛も試合終わっただろ?」
ここで待ち合わせ?と聞く高尾君には首を横に振った。そうだ。リコ先輩達が待ってるんだ。行かなきゃ、と足を踏み出そうとしたがまるでそこに縫い付けられたみたいに動かなくての顔が強張った。
「どこで待ち合わせしてんの?」
「…っ」
「ん?」
「……」
の表情で察したのか、優しく諭すように聞いてくる高尾君に何とか答えようとしたが何故か口を開いても声が出なかった。あれ?と思いながらも口を動かしたが肝心の声は一向に出てこない。
それがなんだか異常で怖くなって高尾君を見ながら彼がぐにゃりと歪んだ。泣きそうだ。
「すんませーん!ちょっと用事できたんで俺と真ちゃんでちゃん送ってきまーす」
「はあ?」
互いの顔がよく見えたせいか高尾君はパッと振り返ると、大坪さん達に声をかけの肩をやや強引に掴んで歩き出した。
後ろでは「高尾おま!後で轢くぞテメー!」とか「女子にもっと優しくしてやれよー」など聞こえたが高尾君は全部笑いながら「へーい」と返しただけだった。
「おい高尾。何故俺も入っているのだよ!」
「そういいながらもついて来てんじゃん。流石真ちゃん」
「流石、じゃないのだよ!」
「ま、いいからいいから。真ちゃんはそっちな」
ちゃんの隣。高尾君に歩く場所を指定されて緑間君はムッとしたようだったがそれには特に文句は言わず「そんな歩き方ではそのうち転ぶぞ」と足をもつれさせながら歩いているを指摘してきた。
「だって、急がねぇと誠凛の奴ら探しに出ちまうだろ?その前に届けてやらないとさ」
「その待ち合わせ場所を知っているのか?」
「ぜーんぜん」
ま、出入口とかそういう感じじゃね?と笑う高尾君に反対隣にいる緑間君は盛大な溜息を吐いた。その溜息にすら何となく反応してしまうと掴まれてる肩の手が少し強まった。
「だーいじょうぶだって。真ちゃんも俺も敵じゃねぇから」
「……」
大丈夫、大丈夫。と笑う高尾君に堪えてた涙がぽろりと零れて、慌てて目を隠すように袖で拭ったのだった。
2019/08/11
マイヒーローズ。