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「誠凛の皆さーん。お宅のマネージャーが迷子になってたんで連れてきました〜」

森園北との試合も終わり、と待ち合わせをした会場の出入口で待っていると何故か秀徳の高尾と緑間に挟まれてが帰ってきた。

いくら待っても来ない、連絡すらとれないにカントクが心配したが、はろくに答えられず高尾に背中を叩かれやっと「スミマセン、」と今にも消え入りそうな声で謝っていた。


その態度に黒子が何か感じ取ったようで俺の家に向かう道のりはぴったり離れず隣を歩いていた。
火神の家に辿り着き、今は録画した陽泉対山之内の試合を観ている。みんな紫原や辰也の動きに注目していたが後ろのテーブルで1人ぽつんと座っているのことも気になっていた。

「(だから、やめとけっていったんだ)」

今日は丁度陽泉の試合を録画してくれるカントクの友達が来れなくなったとかで代わりにが向かったのだが1人で行くなんて無謀だと思っていた。

は黄瀬も紫原も克服したいといっていたが、そう簡単に克服できるものでもないだろうということは火神ですらなんとなくわかっている。
黄瀬とは何度か会ってるから徐々に話せるようになってきてるみたいだが紫原はまだ会い始めたばかりだ。

話しかけられただけで号泣するような彼女に1人で観戦させるとかどう考えても吐くだろ、と安易に想像できたくらいには火神も心配していた。


だからやめてとけといったのだが「これも慣れる為だから」とかいって引かず、行ってしまった姿を思い出す。そしたら案の定震えて帰ってくるし。



しかも今回は高尾に肩を抱かれながら帰ってきたのでなんとなくムカムカしてならない。
青白い顔で今にも倒れそうなを支えていたといえばそうかもしれないが絵面としてはとても面白くなかったのはいうまでもない。

チラリと振り返ればマグカップを両手に持ちその中身を見ているがいる。ぼんやりしてる表情に何か声をかけたい気持ちになったが歓声があがったことで視線を前に戻した。


「…マジか」
「これ、地方大会とかじゃ、ないんだよな…?」

ウインターカップだよな?と先輩達の声に火神も眉を潜める。やっぱガタイがいいとインサイドがより強化される感じだ。けれどそれだけじゃなくて辰也達オフェンスもかなり動きがいい。

元々自分よりも場に馴染むのがうまかった辰也だ。チームの連携もかなり上手くいっているんだろう。


「じゃあ次は今日の試合ね」

カントクが次の試合を流し出すとみんな静かに画面に向いた。火神も集中するように画面を見つめると後ろでカタン!とカップが倒れる音がした。


驚き振り返るとがマグカップを倒し中身がテーブルに広がっているのが目に入る。だがそれを気にしながらもは慌てた顔で「あ、あの!」と声をあげた。

「声、あの、け、けし」
「え?声?」

わたわたとテーブルと画面を交互に見ながら狼狽えるはカントクの言葉に頬を染めて「声を」と何度も繰り返している。
声?とそこにいた全員が首を傾げるとそこで事件が起こった。



『おー!じゃないか!』
『アレックスさん?!』

アレックス?!と驚き画面を見ればカメラの端にアレックスが見え、ぎょっとした。どうやら辰也の試合を観に来たらしい。ごそごそと動く音にの驚きようがわかる。

それだけならまだ良かったのだが彼女の性癖というか過剰な愛情表現を思い出し、まさか…と思っていたら『あの、ちょ、っ』というの声が聞こえ手で顔を覆った。アレックス!!!


『…こんなに真っ赤にして、はCuteだな』
『あの、アレックスさん。人が見てますから…っ』

たっぷり数秒の沈黙の後、うっとりしたアレックスの声にその場にいた全員が顔を赤くしたが画面向こうの彼女達は、というか自分の師匠はさらに拍車がかかり、これまた嬉しそうに『…So sweet』とか囁くようにいってを困らせた。

『ちょ、待っ…んん、』


狼狽するが映ってなくてもわかってしまい、そして身体の芯がぼっと熱くなるようななんとも形容しがたい声が聞こえ火神はざわざわとして手で口を覆った。顔あっつ。

俺達は何を見せられてるんだ…と一同が思い、火神は火神で湧き上がる感情に自分自身戸惑っていると画面から雑音ごと消えた。

一斉に視線をやればカントクが赤い顔と荒い息でカメラとコードを握りしめている。どうやら強制停止させたらしい。というか、先日のアレも思い出させてしまったかもしれない。



「火神くーん」
「…う、ウス」
「このままだとウチのマネージャーが知らない世界に連れてかれそうだから……あの人マジ止めて」
「…きつくいっとくっス」

気まずい空気の中、主将が火神を呼び、なんともいえない赤い顔で訴えてきたので神妙な面持ちで頷いた。


今度は音声ナシで映像を見始めたのだが、さっきのの声が脳裏にこびりついて全然集中できそうになかった。

チラリと肩越しから伺えばはまだテーブルを拭けないまま両手で顔を覆っている。
耳まで真っ赤にしている彼女が可愛いというか、可哀想というか、とても複雑な気持ちで見てしまい、やっぱり何も声をかけられなかった。




2019/08/12
思春期火神君。