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『次に会うのはまた敵としてだ』
そんな言葉を青峰から餞別代わりに貰った黒子君とは桃井さん達と別れ、会場へと向かっていた。

会場までの短い距離を黒子君の隣を歩きながらはふぅ、と息を吐く。足取りが思った以上に重い。
氷室さんや青峰、桃井さんと少し話しただけなのに全身の疲労が半端ない。まるで水泳の授業を終えた後みたいだ。

自分が思うよりもずっと神経を削ってるのかな、とバッグの取っ手部分を握りしめ下を向くと黒子君に声をかけられた。


さん。もう少しゆっくりの方がいいですか?」
「ううん。このくらいで大丈夫」

いつもよりもゆっくりの歩調なのにこれ以上ゆっくりは申し訳なさ過ぎて愛想笑いを浮かべ首を振ると彼は「でしたら」といって手を差し出してきた。


「え!い、いいよ。大丈夫。遅れたりしないから」
「いいじゃないですか。中学の時はいつも手を繋いでましたし」
「……いや、それは、その」
「それに手を繋いだ方が温かいですよ」

なんせ冬ですから。そういって黒子君は躊躇するの手を握り、前へと歩き出す。

中学の時もそうだった。
あの時も行き慣れた道がどうしても途中までしか歩けなくて引き返すということを何度も繰り返してきた。
そういう時に必ず黒子君が現れて、こうやって手を繋いで学校まで連れて行ってくれていた。



昨日のことは紫原君に遭遇したことしかみんなに言っていない。けど黒子君はわかったんだろう。がまた中学の時のトラウマに囚われて人の中に入ることが怖くなってしまったことを。

思い出すだけでも恥ずかしいのに今また同じことをくり返して、黒子君に迷惑をかけてる自分に恥ずかしいやら情けないやらで今にも泣きそうだった。


「でも、誰かに見られたらどうするの?」
「大丈夫ですよ。あの時だって誰にも見つからなかったじゃないですか」

ボクの影の薄さは伊達じゃないですよ。と自慢げにいう黒子君には泣きそうな顔でたまらず噴出した。確かに教室まで手を繋いでいても誰も気づかなかった。


「あ、」

会場に向かう人だかりが増え、それを視認したの身体が無意識に硬直し足がピタリと止まった。それに引っ張られるように黒子君の足も止まりの方を振り返る。

彼を見てはぎこちなく笑うと下を向き足に力を入れ動かそうとしてみる。
しかし足は石になってしまったかのように動かなかった。やっぱりダメなんだろうか。



さん」
「っ!」
「大丈夫です。焦らず、ゆっくり深呼吸をしてください」
「う、ん…」

往来の真ん中で立ち止まる達を不思議そうに見ながら通り過ぎる人達に嫌な汗が吹き出し動悸が激しくなっている。
どうしよう。どうしよう。とぐるぐると考えていると手をぎゅっと握りしめた黒子君の声が聞こえ、ハッと我に返った。

そうだ。ここには黒子君がいるんだ。
何度か深呼吸をして足を1歩踏み出してみる。震えるだけで動かない足に臆病め、と眉をひそめた。


「テツヤ君。先に行ってていいよ。後で追いかけるから」

果たして本当に会場に行く為に動くかわからないけど、とりあえず取り繕うように笑って見せれば、難しい顔をした黒子君がの足を見て「ダメです」と頭を振った。


さんを置いてはいけません」
「で、でも、試合の時間あるし」
「だとしてもさんを置いていくわけにはいきません」

一緒にいます。とはっきりと言葉にする黒子君には顔をしかめ「ううん。ダメだよ」と返した。

試合まで時間はまだあるけど、アップとか準備とか諸々やらなきゃいけないことがたくさんあって、しかも今日は負けられない陽泉との…紫原君との試合があるのだ。
黒子君が出られないなんてことになったら自分を許せなくなる。



「こんなところで悠長に構えて勝てるほど陽泉は弱くないんだよ。それにキセキの世代と戦うってことはテツヤ君にとってとても大事なことじゃない」
「わかっています」
「だったら、」
「だからこそ、さんに観てほしいんです」

とにかく黒子君を会場入りさせなくては…という気持ちと、周りの話し声や視線がこちらに向いてるような、笑われてるような気がして不安になってる気持ちとで、半ば混乱していると震える手を握りしめる黒子君がしっかりした声でを見つめた。


その声にはハッと息を呑む。

落ち着かない心臓と息に、呼吸すらままならなくなっていたと気づく。
動揺と緊張をない交ぜにした表情で黒子君を見上げると彼はいつもより硬い表情でを見つめ、そして口を開いた。


「以前、火神君やカントクにさんをバスケットに関わらせない方がいいんじゃないかといわれていて、ボクもそうした方がいいのかもしれない、と思った時もありました」
「え、」
「ですが、ボクにはどうしてもいえませんでした」

思ってもみない言葉には驚いたように目を見開いた。そんな話をしていたなんてこれっぽっちも知らなかった。
ひとつひとつ、言葉を区切るように大切に喋る黒子君には彼の言葉に耳を傾けた。



「ボクがバスケ部を辞めて途方に暮れていた時、荻原君のことを話した時、さんは何もいわず一緒にいてくれました……またバスケをすることを選んだ時もボクの背中を押してくれました。
ボクは、さんがいてくれたからバスケに戻れたんだと思っています。ボクに勇気をくれたのはさんなんです」

「……」

「ボクのしていることはとても酷いことだと思います。さんの優しさに甘えて、我儘をいって困らせて…最低なことをしていると思います。
それでボクが恨まれても仕方ないと…思ってます。
…でも、だからこそ最後までさんに見届けてほしいんです。ボクの1番近くで、みんなと日本一になる姿をさんに見ていてほしいんです」

「テツヤ君…」


さんはボクにとって大切な仲間で、大切な人なんです」


誰も欠けたくない。一緒にいてほしい。
真っ直ぐ見据えるガラス玉のような瞳は真剣そのもので、これから試合でもするくらい切羽詰まっていて、そして綺麗だった。

さっきまで思考を蝕んでいた雑念や周りの情報が悉く立ち消えて黒子君しか見えない。じわりと視界が歪む。


私はそんな大層なことはしていない。
自分で手一杯だったところに黒子君が部活を辞める事態になったものだから上手い言葉も優しさも思い浮かばず、どうしたらいいのかわからなくてただ見ているしかなかっただけだ。

話を聞いた時も後からあーだこーだ考えてみたけど結局上手く言葉にすることが出来なかった。



結果は全部黒子君のもので彼が自力て出した答えだ。私は何もしていない。
ただ、中学に入った頃のように彼がどこにいるか見つけて近くにいただけだ。バスケを辞めたくないといったから「続ければいい」といっただけだ。

それだけなのに彼はこんなにも私を包むような大きさで言葉をかけてくれる。


「もう、バカだなぁ、テツヤ君は」

できうる限り口許をつり上げ笑ってみせる。それ、重過ぎだから。と吹き出すのと一緒に瞬きすれば温かい水がぽたぽたと落ちた。


「これくらいで恨んでたら私なんかずっと恨まれっぱなしじゃん」

黒子君に今以上に迷惑かけてた自分の過去を振り返ればそんなこと思うわけないのに。


「辛いし、大変だけど、でもこれでいいんだよ」

「…さん」

「私も、誠凛が優勝するの見たい。テツヤ君が好きなバスケで日本一になる姿が見たい」

「……」


「だから大丈夫。テツヤ君と一緒にいるよ」



自分の中に燻る負の感情はずっと居残っているけれど、でもそれを押し退けてでも黒子君達と一緒にいたいと思うから。それだけは何があっても譲れないから。

情緒不安定でトラウマのせいでポンコツで涙腺も壊れっぱなしだけど、「マネージャー辞めたりしないから」と笑えば、黒子君は詰まるような、今にも泣きそうな顔をしたがすぐにフッと笑ってを抱きしめた。


「はい、」


その言葉が最大数を感じるほど嬉しそうで、もつられるように笑って彼の肩に寄りかかった。




2019/08/16
第三者「(何あれ。お互い大告白大会してない…?)」